第3話 魔王

 惑星ミストには魔王がいる。

 それはある日、宇宙そらから降ってきた。

 この惑星ほしの生き物の中ではキノコに似ている。

 ただし、高層ビルのような巨大なキノコだ。

 しかも、胞子で他の生き物を操ることができた。

 今は暗黒大陸と呼ばれているジャジャ大陸のほぼ中央に隕石と共に落ちてきて、そこに根付き成長した。

 隕石が作ったクレーターの中で胞子を撒き散らしながら立っている。

 周りには魔王の子供達がビル郡のように並んでいる。

 遠くから見ると街みたいだ。

 だが、それが見える位置には人は居ない。

 ジャジャ大陸にあった国は全て魔王に滅ぼされたからだ。

 惑星ミストに来たばかりの魔王は、自分が生きやすい環境を作ろうとした。

 最も邪魔だったのは多すぎる水の存在だった。

 魔王が産まれた星は水が少なかった、水分は魔王の活動を鈍らせる。

 まずは、地面に溜まった水を大陸の外に移動させることにした。

 隕石によってできたクレーターは人間達が立ち入り禁止にしたが、時々研究者と呼ばれる者がやって来た。

 手始めにそれを操り情報を得た。

 立ち入り禁止区域は胞子が届く範囲より、少しだけ狭くするようにした。

 人間を操り、ため池と呼ばれる物を壊し水を全て川へと流す。

 その人間は他の人間に捕まったが、別の個体を使い湖の水を川へと流すため工事を始めた。

 前回の経験から必要な人数を割り出し、洪水を防ぐ為の公共事業として作業を進めた。

 他の者が気づいた時には湖は空になっていた。

 操っていた人間達は酷使して廃棄せざるを得なくなったが、まだまだたくさん居るから問題無い。


 やり過ぎて人間が居なくならないよう調整しながら、事を進める。

 水が弱点だと気づいた者もいたが、魔王はもう大きく強くなっていた。

 順調かと思われた矢先、異変が起きた。

 

 人間の中に奇妙な力を持った者が現れた。

 ジャジャ大陸から遠い、小さな島国の王族の女だった。

 魔王は微量の胞子を惑星全体に広げて情報を集めていたが、その女の周りでは胞子が壊れて死んでしまう。

 その力は浄化結界と呼ばれ、女は聖女と崇められた。

 最初はその女だけであったその能力の持ち主も、女から伝播するように増えていった。

 惑星ミストは魔王と人間の領域に分かれた。

 魔王を中心とした胞子煙る闇半球、人間達が住む浄化結界に覆われた光半球。

 魔王の支配から逃れる為、人々はジャジャ大陸を去り光半球へと移り住んだ。

 両者の力が拮抗したまま長い時が流れた。

 



 ブロッサムは図書室で調べものをしていた。

 この世界は、前世で読んだ多くの異世界物と違ってある程度文明が発達している。

 庶民でも字が読めるし、十五歳までは皆学校に通う。


 地球よりちょっとだけ陸地が少なく海が多い、だがそこは大きな問題ではない。

 この惑星で最も大きな大陸が宇宙から来た魔王に支配され、残った他の陸地に人間がひしめき合っている。


 水を嫌う魔王が自分の周りに雨を降らせないようにしているらしく、その反動か人間側の土地に大雨が降りやすい。

 魔王のいるジャジャ大陸は以前はこの世界で最も豊かだったというから、そこを捨てねばならなかった当時の人々はさぞ悔しかっただろう。


 魔王が来る以前は空を飛ぶ乗り物や、遠くの人に一瞬で手紙を届ける方法があったという。

 お伽話だと思っている人も多いが、前世を覚えているブロッサムはこう考える。


――この世界には、かつて地球並みの文明があったのだ。


 魔王によって衰退し、無くなってしまったそれらの片鱗はあちこちにある。

 馬車は前世の自動車並の乗り心地だし、ゴムチューブ入りのタイヤ、水洗トイレ、上下水道、モーター付きの船、地上での移動で馬を使うのはエネルギーの節約だろう、物資は鉄道だし。

 整然と張り巡らされた道路、交通ルール、自転車。

 食べ物や衣服のデザインは種類が多く、幾つもの文化が混ざっているように見える。

 ブロッサムの普段着は西洋風のドレスだが、聖女達は日本の巫女みたいな衣装を着る。

 そして、当たり前のように信じられている地動説。


 ブロッサムは想像する、惑星ミストの全体像を。

 完璧な球の星の表面、広い海とその上に顔を出す幾つもの陸地、その半分は灰色の胞子が渦巻き、もう半分は光る結界に覆われている。

 その結界がほんの少し大きくなる、結界に触れた胞子が浄化されて消えていく。


(こんな想像をしても、わたくしの浄化結界が大きくなる訳じゃないのですけどね。)


 ブロッサムは笑って図書室を出るために立ち上がる

 その途端に目眩を感じて蹲った。


「ブロッサム様!どうなさいました!?」


 側で控えていたアクアが駆け寄って問いかける。

 ブロッサムは辛うじて要求を口にできた。


「……エ、エチケット袋……早く……」


 猛烈な吐き気がブロッサムを襲っていた。 


(やばいやばい!出る!!)


 咄嗟にハンカチで口を覆うも、エチケット袋を受け取ろうと動いたら限界が来た。


「ブロッサム様、しっかりなさって!!」


 洗濯と掃除の手間を増やしてしまった。

 メイドさん達ごめんなさい。



 その頃、魔王は異変を察知していた。

 十五年前いきなり現れ少しずつ拡大してきた巨大な結界が、また大きくなったのだ。

 

 ――何者だ、最初の聖女と同じくらいの力を感じる。


 結界の中に胞子は入れない。

 だから、生き物に寄生させて入る。

 時間が経てば胞子は消え普通の生き物に戻るが、その間に見聞きした情報は得ることができる。

 だが、聖騎士が邪魔をする。

 彼奴等は胞子に寄生された生き物を見つけ殺すことに特化している。

 寄生させる胞子を増やせば浄化までの時間を稼げるが、聖騎士に見つかり易くなる。

 特に十五年前からは、胞子の浄化速度が上がり上手くいかなくなった。


 ――まあ良い。所詮聖女も人間、百年もすれば居なくなる。

 

 魔王は、また通常の活動へと集中した。

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