はい、みなさんが校長先生の話を聞くまでループ10巡かかりました

ちびまるフォイ

話を聞かせるという暴力

「みなさん、これから新学期が始まるかと思いますがーー」


校長先生の話がはじまった。

ここからは貧血との耐久レースが始まる。


(早く終わらないかな……)


時計の針を見つめては、時間が早く進むことを祈る。

何分か経過し、生徒のいくばくかが貧血で運ばれる頃。

やっと校長先生の話にひと区切りがつく。


「であるからして、みなさんも今一度自分を見つめ直し

 人の話を聞いて新学期を過ごしてください」


やっと終わった!と安心したときだった。

閉じていた校長の口がふたたび開かれる。


「みなさん、これから新学期が始まるかと思いますがーー」



「え!?」


ふたたび同じ話が再開される。

時計を見ると時間が巻き戻っている。


戻っていないのは貧血で倒れた人と、自分の足の疲れだけ。


「みなさんには人の話をよく聞く人になってもらいたいので、

 校長先生が納得できるまで時間をループする魔法をかけました」


「いや鬼か!!」


校長先生は自分の話の中で種明かしをしていた。

1巡目はろくに聞いていなかったので、ループの黒幕を知ったのは二巡目となった。


「みんな、校長先生の話をちゃんと聞こう。

 さもないとこの体育館で立ちっぱなしの地獄から

 永久に解放されないぞ」


「ちゃんと聞くにしてもつまらなすぎるんだよ」


「別に内容を理解しなくてもいい。

 ちゃんと聞いてるっぽくすれば聞いてる風に見えるはずだ」


「よし! がんばろう!!」


クラスメートは一致団結し、この煉獄地獄からの解放を目指す。

校長先生は壊れたテープレコーダーのように同じ話を続けていた。


「えーー、校長先生が若い頃は、それはそれは貧しくてーー」


誰ひとり興味のない自分語りの内容だが、

体育館の軟禁がかかっているとなるとワケがちがう。


全員が赤べこのように首をぶんぶん上下にふる。

うなづいたり、ときにメモをとったり、人によっては涙を浮かべたり。


さも心に届いていますよと、良い聴衆になりきって話を聞く。


「これなら校長先生も大満足だろう!」


やがて校長先生の話も締めの言葉に到達。


「であるからして、みなさんも今一度自分を見つめ直し

 人の話を聞いて新学期を過ごしてください」


2巡目が終了する。



「みなさん、これから新学期が始まるかと思いますがーー」



そして3巡目が始まった。


「なんでだよ! 今ちゃんと聞いてただろう!!」


校長先生はなおも話を続ける。


「えーー、みなさんの聞くスタイルがなんかわざとらしく

 かえって聞いていない感じだったので、もう一度話しますが……」


「演技力を求めるのかよ!」


校長先生はまだ話したりなかったようで、ふたたび話し始める。

そこで今度は気持ちよく話してもらうために相槌をいれることに。


「ということで、人の話というのは

 ひるがえって自分にも活かせる点が多いのです」


\ たしかに!! /


「校長先生の若い頃はただがむしゃらにーー」


\ よっ!大統領! /


「みなさんは多くの情報に囲まれていますがーー」


\ からの~~? /



「であるからして、みなさんも今一度自分を見つめ直し

 人の話を聞いて新学期を過ごしてください」


3巡目が終了し、すぐさま4巡目に突入する。


「えーー。みなさんの相槌がなんか大学生の飲み会みたいで

 冷やかされているような気持ちになったため

 もう一度、ちゃんと話をします」


ならば、と今度は全員がぴしりと黙ることにした。

校長先生からいちミリも目をそらさない。

耳を常に校長先生の話しを聞くだけにする。


体育館はいつにない緊張感と静寂に包まれ、

校長先生の話だけがただ反響する。


「であるからして、みなさんも今一度自分を見つめ直し

 人の話を聞いて新学期を過ごしてください」


締めの言葉が終わる。


これならーー。




「えーー。みなさんが静かすぎて、逆に集中してないんじゃないか。

 ただ黙ることに集中して話に身が入ってない気がしたので

 あらためて校長先生が人の話を聞く大事さを話します」


5巡目に突入。


すでに足はボロボロで頭はフラフラ。

体力がなくなればなくなるほど傾聴なんてできやしない。


「どうする……このままじゃ一生話を聞かされるぞ」


「仮にループから解放されても、校長の話が脳裏に残りそう」


「でもどうすればいいんだ。黙ってもダメ。

 ちゃんと聞いてもダメ。どうしようもないじゃないか


体力も限界でみんなアイデアは出し尽くした。

どうすれば校長先生の話を真面目に聞けるのか。


誰もが答えに詰まったとき、ひとりが意見を出した。


「思ったんだけど、場から変えたほうがいいんじゃないか?」


「は? どういうこと?」

「わかるようにいってくれよ」


「今は校長がステージにあがってしゃべってるだけ。

 体育館は明るいし、ほかの生徒の顔を見えるじゃないか」


「それがなんだってんだよ」


「退屈な校長の話しよりも、他クラスの美人に目が奪われないか?

 校長の話を聞きながらも時計の秒針を見たりしてないか?」


「それは……たしかに……」


「だから、この体育館を校長の話しか聞けない空間にするんだよ。

 そうすれば校長先生だって納得してくれるはずだ」


「「 なるほど!!! 」」


もはや個人の努力だけで校長の話を止めることは不可能。

そこで全員が協力して体育館の飾りつけをはじめた。


体育館の2階からさんさんと降り注ぐ朝日は暗幕で隠される。

照明をしぼって、校長先生のスポットライトを集中させる。

スピーカーを増設し、立体音響で校長の話を反響させる。


まるで劇場のようになった体育館。

そこに響くのは校長先生の話だけ。


これにはさすがの校長先生も納得。


何巡目かも忘れた頃、校長先生は結びの言葉へとたどり着く。



「えーー。みなさん、人の話を聞く大事さをわかってくれたようですね。

 こうして先生の話を聞ける環境にまで整えてくれた。

 

 校長先生の話を真面目に聞いてくれるようになって嬉しいです。

 

 これからもみなさんは今一度自分を見つめ直し

 人の話を聞いて新学期を過ごしてください」



終わった。

ついに話を聞いたと認められた。


ループの終焉にやっとこさ到達した。





「みなさん、これから新学期が始まるかと思いますがーー」



そして、ふたたび何巡目かが始まった。



「えーー、みなさんが心から話を聞いてくれたのはわかりました」



校長先生は話を続ける。

絶望の一言が告げられた。



「でも校長先生的に、ちょっとうまく話せられず

 納得できないのでもう一度話させてもらいます」



ショックのあまり半数以上が貧血で倒れたとき、

ループの脱出方法は最も原始的な解決策へと帰着した。



「もうアイツ、ぶん殴って退場させようぜ」



反対する人はもちろん誰もいなかった。

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