姫宮さんと聖地巡礼 六

 そうしてしばらく時間が経った頃、流石に限界がきたのか姫宮のお腹が空腹を知らせる音を出した。


 姫宮はその音に顔を赤く染めると、「……どうやらお腹が空いたみたい」と、恥ずかしそうに呟いた。


 そんな姫宮を弄る趣味は僕には無かったので、「僕もお腹が空いてきたから、そろそろ下に降りようか」と、微笑みながら言った。


 そして、僕達は上がってくる時に利用したエレベーターに再び乗り込んで下に降りた。


 庭園から出てしばらく歩くと、僕と姫宮は長く探し続けていた物をようやく見つけた。


「瀬戸君、あの店の看板にしらすって書いてあるよ!」


 姫宮の言葉に、「本当だ。ようやく見つけられたね」と言葉を返すと、僕は看板の隣に貼ってあった張り紙に目を向けた。


「姫宮さん、生しらすが今日入荷をしているって書いてあるよ」


 僕の言葉に姫宮は顔を綻ばせると、「やった! じゃあ、無くならない内にお店に入って注文をしよう!」と言って、足早に店内に入って行った。


 僕もその後に続いて店に入り、席に案内をしてもらうと、姫宮は、「瀬戸君は何を食べる?」と、尋ねてきた。


 僕が、「やっぱり生しらす丼にしようかな」と言葉を返すと、姫宮は頷いてから店員さんの方に視線を向けてから指をピースの形にすると、「すみません。生しらす丼を二つお願いします」と、注文をしてくれた。


 注文の確認を済ませた店員さんが去ると僕が、「姫宮さん、注文をしてくれてありがとう」と言うと、姫宮は、「無くなっちゃうのが嫌だったし、お腹も空いていたから急いで注文をしただけだよ」と、恥ずかしそうにそう呟いた。


 その後、僕と姫宮が生しらす丼はどんな味なのか、という話題で盛り上がっていると、「お待たせ致しました」と言って、店員さんが注文をした生しらす丼を運んで来てくれた。


「ありがとうございます」


 僕と姫宮はそう言って店員さんからそれぞれ生しらす丼を受け取った。


 そして、「美味しそう!」と言いながら写真を撮っている姫宮が終わるのを待ってから、僕達は両手を合わせて、「いただきます」と言ってから、食事を開始した。


 生しらす丼を一口食べると姫宮は、「ん〜、美味しい!」と言って、顔を綻ばせた。


 僕は姫宮の言葉に頷くと、「釜揚げにしらすと全然違うね」と、言葉を返した。


「そうだね。両方美味しいけど、変わるものなんだね」


 お腹が空いていたのもあってか、その後はお互いにあまり会話をする事も無いまま夢中で生しらす丼を食べ進めた。


 やがて、互いに食べ終えた事を確認すると、僕は、「姫宮さん、この後はどうする?」と、尋ねた。


「まだ疲れていないし、折角ここまで来たからもっと奥の方にも行ってみようか」


 その言葉に僕は頷くと、「分かった。それならそろそろここを出ようか」と言って、会計を済ませると僕達は店を出た。


 そうして、しばらく先に進むと、別れ道になっていて片方の道には鳴らすと恋愛が叶うと言われている鐘があると、案内が出ていた。


 姫宮と鳴らす事が出来たら、と一瞬思ったが、慌ててその気持ちを打ち消すと、僕は鐘がある方とは別の道を指差し、「姫宮さん、こっちの道を行こうか」と、姫宮に声を掛けた。


 すると、姫宮は僕の言葉に少し黙ると、「……私、鐘の方に行きたいな」と、小さな声で呟いた。


 その言葉に、「僕と?」と、無意識に言葉を返そうとしたが、寸前でその返しは野暮だろう、と思い、なんとか言わずに踏み止まった。


 しかし、そうなると、なんと言ったら良いか分からなくなってしまった僕は、結局小さく頷き返すと、その気不味さを誤魔化す為に辺りを見回した。


 すると、少し先にある店の看板に、『南京錠、売ってます』と、書いてあるのを見つけた。


 何故、南京錠をこんな場所で売っているのだろう。


 そう疑問に思い、良く見てみると、どうやら鐘を鳴らす前に南京錠を付けるらしい。


 それならば、鐘がある場所に行く前に南京錠を調達しなければならない。


 そう思った僕は姫宮に鐘を鳴らす為には南京錠が必要だという事を伝えた。


「それなら、先に南京錠を買いに行こう!」


 姫宮のその一言で僕達は店に向かった。


 店に入ると、中には食事を楽しんでいる人の姿があり、どうやら飲食店になっている様だ。


「あっ、瀬戸君、南京錠があったよ」


 声を上げた姫宮の視線を辿ると、テーブルの上に星やリス等の様々な飾りが付いた南京錠がいくつか置いてあるのを見つけた。


 てっきり無機質な南京錠がいくつか置いてあるだけだと思っていた僕はそのカラフルな色合いに驚いたが、どうやらそれだけでは無く、近くにペンが置いてあり、それを使って飾りや南京錠に名前を書いたりして良いとの事だった。


 しかし、取り敢えずはどの南京錠にするかを選ばなければならない。


「まさか飾り付きとは思わなかったけど、姫宮さん、何か欲しい物はある?」


 僕の言葉に姫宮は、「私も飾りが付いているとは思わなくてびっくりしたよ」と言って、苦笑いをすると、「こんなにも種類があると迷っちゃうね」と、真剣な様子で悩み始めた。


 僕がしばらくそんな様子を見守っていると、姫宮が、「よし、これにしようかな」と言って、星の形をした飾りが付いた南京錠を手に取った。


「良いと思うよ」


 そう僕が言うと、姫宮は急に大人しくなって、「……その瀬戸君」と、小さな声で呟いた。


 姫宮のその変化になんとなく次の言葉を予想する事が出来た僕も、「……どうしたの?」と、小さな声で言葉を返した。


 すると、姫宮は、「えっと、その……」と少し言葉を濁らせてから、上目遣いで僕の事を見ると、「……お互いの名前を星の飾りの所に書かない?」と、呟いた。


 予想していた通りとは言え、実際に言われると、嬉しさや緊張、そして、男である僕が先に言い出すべきだったのではないか、と色々な気持ちがごちゃ混ぜになった。


 しかし、とにかく今は姫宮の問いに答えないとならない。


 ここは、しっかり言葉にしないといけない。


 そう思った僕は唾を呑み込むと、「……僕も書きたいと思ってた。だから、書こう」と少し緊張を感じながらも、姫宮に自分の気持ちを伝える事が出来た。


 その言葉に姫宮は笑みを浮かべると、「うん! 書こう!」と、嬉しそうな声を上げた。


 そして、僕と姫宮は互いの名前をそれぞれ書くと、会計を済ませてから店を出た。


 そこから、鐘の場所まで僕と姫宮は手を繋ぎながらも互いに無言だったが、気不味い空気ではなく、その空気感に僕は居心地の良さを感じた。


 歩いている途中で姫宮の様子が気になり、チラッと隣を見ると、姫宮は微笑んでいて、僕と同じ気持ちになっているのかもしれない、と思うと、さらに嬉しくなった。


 そうして歩いていると、やがて鐘が見えてきた。


 さらに近づいてみると、鐘の周囲には沢山の南京錠が付けられていた。


「沢山の南京錠があるね」


「そうだね。多くの人がここにお願いに来たんだね」


 僕の言葉に姫宮は静かに答えると僕の方を見て、「……私達も付けようか」と、笑みを浮かべながらそう言った。


 僕は、「……そうだね」と答えると、緊張しながらもなんとか南京錠を鐘の近くにある柵に取り付けた。


「瀬戸君、付けてくれてありがとう」


 その言葉に僕は、「うん」と言って言葉を返すと、姫宮は、「それじゃあ、次は鐘を鳴らそう!」と言って、僕の手を引っ張った。


 そうして、鐘の前に来たは良いが、どの様に鳴らすのが正解なのだろう。


「瀬戸君、一緒に鳴らそう!」


 僕がその様に悩んでいると、姫宮がそう言って、僕達は鈴紐を一緒に持った。


「よし、じゃあ、鳴らすよ!」


 その言葉に僕が頷いたのを確認すると姫宮は、「せーの」と掛け声をして、僕達は一緒に鐘を鳴らしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る