姫宮さんと聖地巡礼 一
「やっぱり、休日だから人が一杯いるね」
目的地に着き、電車から降りると、僕は人の多さに圧倒された。
ここは、『キミユメ』の聖地としてだけではなく観光地としても有名で、観光客の中には外国人の姿もチラホラ見えた。
「そうだね、逸れないように気を付けないと……」
姫宮が辺りを見回しながらそう言うと、途端に、「あっ」と声を上げると、改札口を指差した。
「あそこ、ヒロインと出会った場所だよね」
姫宮はそう言って、通行の邪魔にならない場所まで来ると、スマートフォンを取り出すと、それを掲げた。
「瀬戸君、写真を撮ろう!」
そう言うと、姫宮は僕の方に身体を寄せて来た。
肩が触れたり、良い匂いがしたりして僕が慌てている間に、姫宮の、「撮るよー!」との声が聞こえた瞬間、シャターが切られた音が聞こえた。
動揺していたせいで、どんな顔で写真に写っているか分からない僕は不安な気持ちになりながら、「姫宮さん、僕変な顔で写っているかも」と、写真を確認している姫宮に声を掛けた。
すると姫宮は、「そんな事ないよ」と言って、スマートフォンの画面を僕に見せてきた。
写真を見てみると、僕の表情は焦っていておかしく見える。
「……やっぱり、変な顔で写ってる」
僕が呟くと、姫宮はもう一度写真を見てから首を傾げた。
「え〜 そうかな。可愛いと思うけど」
男なのに可愛いと言われて、なんとも言えない気持ちになりはしたが、褒められないよりはマシだろう、と強引に思い込む事にした。
「それなら、まぁ、良いか」
そう呟くと、僕と姫宮は最初の目的地である水族館に向かう事にした。
多くの人が水族館に向かうらしく、人の流れに沿って歩いていると、海が見えてきた。
「わぁ、瀬戸君、海だよ! 綺麗だね」
興奮した様子でいる姫宮の言う通り、日の光を受けて海が輝いていて、とても綺麗だと、僕も感じた。
「水族館を出たら浜辺に降りてもっと近くで海を見てみようか」
僕の提案に姫宮は、「うん、そうしよう」と、元気良く頷いた。
やがて、水族館に着くと僕は二人分のチケットを購入した。
水族館の中に入り、奥に進むと一面ガラスの水槽が目に入った。
「大きい水槽だね」
「本当だね、まるで海の中に入ったみたいに感じるよ」
幻想的な雰囲気に圧倒された僕がそう呟くと、姫宮から言葉が返ってこず、代わりに隣から強い視線を感じた。
隣を見ると、驚いた表情で僕の顔をまじまじと見詰めている姫宮と目が合った。
「…‥そんなに驚いてどうかしたの?」
何かおかしな事を言ってしまったのだろうか。
その様な不安な気持ちになりながら僕は姫宮に尋ねた。
「あ、いや、瀬戸君って勝手に現実的な人だと思っていたから、そんな詩的な事も言うんだと思って……」
姫宮の言葉を聞いて先程の自分の発言を思い返してみると、確かに普段の自分だとあまり言わないような言葉を口にしていたかもしれない。
「……その、さっき言った事は忘れてくれると助かる」
段々と恥ずかしい気持ちになってきた僕は姫宮に弱々しくお願いをした。
「そんなに恥ずかしがる事は無いと思うけど、分かった。もう、綺麗さっぱり忘れたよ」
そう言って姫宮が苦笑いをしていると、目の前を大きなエイが悠々と泳ぎながら横切っていった。
「わー、すごいね。顔みたいで可愛いね」
そう言うと、姫宮はスマートフォンを取り出した。
「ねえねえ、瀬戸君。エイの顔みたいに見えるお腹のところの真似をしながら写真を撮ろうよ」
その様な顔をして写真に写ったら、また変な顔をして写真になってしまうだろう。
「また変な顔で写りたくないよ」
僕が不満そうに言うと、姫宮はゆっくりと首を横に振った。
「だから、さっきのは全然変じゃ無かったよ。それに今から撮る写真もあえて変な顔をするの。楽しかった思い出を残す為にね」
その言葉を聞いて、姫宮の楽しかった思い出になるのなら変な顔くらいはするか、と自分自身を納得させると、僕は、「……そうだね。そうしたら、頑張って変な顔をするかな」と呟いた。
「そうそう、その調子だよ」
僕は姫宮の言葉を聞きながら、真似をする参考にする為に、エイのお腹に再び視線を向けた。
今まで真似をしようという気持ちで見た事が無かったので考えもしなかったが、エイのお腹の顔に見えるような部分の表情を表現する事が中々難しいのではないかと僕は思った。
口の部分は口をきつく結べば、写真にそれっぽく写る事が出来るだろう。
しかし、問題は目だ。
この何の感情も感じる事が出来ない目の部分をどう表現すれば良いのだろうか。
「……瀬戸君? おーい、瀬戸君」
最悪、死んだ様な目をすれば大丈夫だろうか。
そう考えていると、突然、肩に何か触れられた様な感触を感じ、僕は慌てて横を向いた。
僕と目が合うと、姫宮は呆れた様な表情を浮かべながら口を開いた。
「やっと気が付いた。私が何度も声を掛けても、瀬戸くん、全然反応しないんだもん」
そう言われて僕は、どうやら姫宮の声が聞こえない程集中をして変顔をする為にどうしたら良いかを考えていた様だ。
なんという変な場面で凄まじい程の集中力を発揮しているのだろう、と恥ずかしくなった。
「そんなに真剣にエイの事を見て、どんな顔をするかを考えていたの?」
「……そうだね。エイのお腹の目に見える部分をどうしようかなって悩んでた」
僕が言いづらそうに呟くと、姫宮は、「成程」と言って、小さく頷いた。
「そこまで、真剣に悩まなくても、したい顔をすれば良いんだよ」
すると、姫宮は、「ほら、こんな感じで」と言うと、口をきつく結んで、目を大きく開けた様な表情を浮かべた。
恐らく、エイの顔真似をしたのだろうが、変だと思ってした表情も姫宮がすると不思議と可愛らしく見える。
改めて、姫宮は美人なのだな、と感じていると、そんな僕の様子を見て、姫宮は嬉しそうに口を開いた。
「どんな顔をするか、決まった?」
どうやら姫宮は、僕の事を見て、どんな顔をするかを思い付いたと考えた様だ。
正直、どういう表情をすれば良いかをまだ悩んでいた。
しかし、姫宮の、『したい顔をすれば良い』という言葉を聞いて、その時に思った気持ちを表情に出す事も良い思い出になるだろう、と感じた。
僕は、「大丈夫だよ」と言って、頷き掛けると、姫宮が掲げたスマートフォンを見上げた。
「それじゃあ、次にエイが来たら私が合図をするからね」
僕が、姫宮の掲げたスマートフォンを見上げながら、「分かった」と呟くと、早速、エイがやって来て、お腹を見せてくれた。
「よし、撮るよ」
姫宮の声に反応をして、僕はその瞬間に思った表情を浮かべた。
そして、「撮れたよ」という声が聞こえ、隣を見ると、姫宮が早速スマートフォンを操作して、写真の確認をしている様だった。
スマートフォンを見ていた姫宮が突然、「うん、良いね」と声を上げた。
そして、僕の方を見ると、「とても良い写真が撮れたよ」と嬉しそうに言いながら、僕に向けてスマートフォンの画面を見せてくれた。
そこに写っていた写真では、姫宮が先程見せてくれたのと同じ表情を浮かべていて、その隣ではそんな姫宮に似た様な表情を浮かべた僕が立っていた。
「…‥私の顔を真似した?」
写真を見ていると、姫宮が笑みを浮かべながら僕に尋ねてきた。
なんとなく指摘された事を恥ずかしく思いながらも、「……姫宮さんの顔を直前に見たからね」と呟いた。
そして、その写真を改めて見ていると、そこに写っている自分が恥ずかしそうにはしているが、一番始めに撮った写真より楽しそうな顔をしている様な気がした。
「……姫宮さん、その写真を後で送ってくれる?」
姫宮は僕の言葉に嬉しそうに頷くと、「後で他の写真と一緒に送っておくね」と言ってから、次の水槽に向かって歩き出した。
「瀬戸君、次は亀だって! 大きいのも小さいのもいるよ!」
僕はそう言って楽しそうにはしゃいでる姫宮を微笑ましく思いながら姫宮に向かって足を踏み出したのだった。
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