服を買いに行こう

 そして、テストが終わり、その答案も全て返却された週の土曜日。


 僕は指定されたショピングモールの前で姫宮が来るのを待っていた。


「瀬戸君、お待たせ」


 声のした方を向くと、そこには白シャツに黒いワンピースという大人っぽさを感じる服装ながらもそれを見事に着こなしている姫宮が居た。


「……僕も今来た所だから大丈夫だよ。 ……その、今日の服装似合っているね」


 姫宮は僕の言葉に嬉しそうな表情を浮かべると、口を開いた。


「ありがとう。瀬戸君の服装もとても似合っているよ」


「……そうかな」


 僕の服は家にあった黒色のシャツとジーンズを適当に着ただけで、姫宮に褒められるものでは無い。


 そう思って言った僕の言葉に姫宮は力強く頷くと、口を開いた。


「うん、瀬戸君は顔立ちがはっきりとしているから、派手な色よりもそういうネイビーや黒とかの落ち着いた色の方が似合うと思うよ」


「……そうなんだ」


 その姫宮のしっかりとした評価に僕はそう呟く事しか出来なかった。


 しかし、今のやり取りを通して、姫宮と一緒に服を選べば、より僕に似合う服を見つける事が出来るのでは無いか、と僕は強く思った。


「よし、そうしたら早速お店に行こう!」


 姫宮はそう言いながら元気良く片手を挙げる。


 そうして歩き出しながら、僕は口を開いた。


「そういえば、姫宮さん、また学年一位だったね」


「そうだね。今回は瀬戸君に借りたライトノベルをモチベーションにしていつもより集中出来た気がするから、瀬戸君のお陰だね」


 僕の言葉に姫宮は笑顔を浮かべてそう言った。


「いやいや、ほぼ姫宮さんの努力の結果だと思うよ?」


 僕が苦笑いをしながら言葉を返すと、姫宮が口を開いた。


「そういう瀬戸君はテストの結果はどうだったの? テスト前は数学が厳しいかもって言って居たよね?」


「姫宮さんのお陰で久々に数学で良い点が取れたんだ。他の教科もそこそこの点数が取れたから、張り出されはしなかったけど今回の点数は中々良かったよ」


 僕が言うと、姫宮は嬉しそうな表情を浮かべた。


「お、すごいね! 少しでも力になれて良かった!」


 そんな話をしていると、ある店の前で姫宮が立ち止まった。


「まずはここのお店から見てみよう!」


 そう言って、僕と姫宮が足を向けたのはレディースとメンズの両方の服を取り揃えているお店だった。


「姫宮さんはいつもここで服を買っているの?」


「うん、ここで買う事も多いよ。値段もそこまで高くない物が多いからお勧めなんだ」


 姫宮にそう言われた僕が試しに近くにあった服を手に取って値札を見てみると、確かに想像していたより安い値段だった。


「結構高そうだなと思ったけどそんな事無いんだね」


「でしょ? ここで瀬戸君のズボンを探そうと思って」


 姫宮はそう言うと店の奥に進んで行った。


 僕は姫宮に付いていくと、そこには様々な種類のズボンが並べられていた。


「瀬戸君はシルエットが細いから細身のズボンが良いと思うんだ」


 姫宮が僕の足を見ながら言うのでつられて僕も自分の足を見てみたが、この足が細いのかどうなのかよく分からない。


 それでも、「身体にピタッと合った服が良いって事?」と、尋ねると、姫宮は頷いて口を開いた。


「そうだね。まぁ、ダボっとした服も良いとは思うけど、瀬戸君にはその細いスタイルが分かる服が良いと思う」


 僕は、「成程」と言いながら、次から服を買う時は細身の服を探してみよう、と思った。


 僕がそう考えていると、姫宮があるズボンを手にしてこちらにやって来た。


「瀬戸君、このベージュのチノパンとかどうかな? これなら瀬戸君が今着ているネイビーのシャツとか、後、黒とかの落ち着いた感じの色とも似合うと思うんだ」


「……取り敢えず、試着してみようかな」


 服の色の組み合わせが分からず、姫宮が言ってくれた事を上手くイメージする事が出来なかった僕は取り敢えず試着して見ればなんとなく分かるのではないか、と考えた。


 姫宮は僕の提案に頷くと、近くに居た店員に声を掛けてくれた。


 店員の案内で試着室に入ると、僕はズボンを履き替えてカーテンを開けた。


「……どうかな?」


 少し恥ずかしさを感じながらもそう尋ねると、姫宮は満足そうに頷いた。


「うん! スッキリして良い感じだと思う!」


 その姫宮の言葉に嬉しくなった僕は、「そうしたら、このズボンを買おうかな」と、呟いた。


「まだ、他にもズボンはあるけど、見なくて平気?」


「うん、姫宮さんが良い感じって言ってくれたし、僕も気に入ったからこのズボンにしようと思う」


 少し不安そうな姫宮に僕がそう言うと、姫宮は安心した様に頷いた。


「それなら大丈夫だね。そうしたら、お会計をして貰おうか」


 会計を済ませて店の外に出ると、姫宮が、「うーん」と言って、背伸びをした。


「早速一つは買ったけど、まだまだお店を見るからね!」


 姫宮は楽しそうに言うと、次の店に向けて歩き始めた。


 姫宮とのズボンを選ぶ際のやり取りで洋服を選ぶ事が少し楽しく感じる様になっていた僕は、姫宮の隣に並ぶと、「よろしく」と、声を掛けたのだった。


 その後も様々な店に行き、シャツやカーディガンを始めとした色々な服を見たり、試着をしたりした。


 中には購入しても良いのではないか、と思う服もいくつか見つけたが、姫宮の、「トップスは色々見てから決めた方が良い」という助言に従って、目星をつけるだけに留めた。


 多くの店舗を回りお昼時になると、姫宮が口を開いた。


「瀬戸君、沢山の洋服を見たし、一旦お昼休憩にしようか?」


 お腹が空いてきていた僕は姫宮の提案に頷くと、二人でフードコートへと向かった。


 土曜日という事もあってフードコートはとても混雑していた。


 それでもなんとか席を確保する事が出来ると、僕と姫宮はそれぞれのお昼ご飯を購入する為に一旦別行動をする事になった。


 そして、それぞれが無事にお昼ご飯を購入する事が出来、席で食べている途中で姫宮が口を開いた。


「瀬戸君、色々見て回ったけど、何か気になる洋服は見つかった?」


「うん、いくつかあったけど、一番良いな、と思ったのは最後に行った店にあったネイビーのシャツかな」


 僕の言葉を聞いて姫宮は、「おお!」と、声を上げた。


「確かに、あのシャツは私も良いと思った! 色合いも落ち着いているし、細身の洋服だから瀬戸君の体型にも良く合うと思うよ」


 姫宮の言葉で自分の選択に自信を持つ事が出来た僕は、「そうしたら、昼ご飯を食べ終えたら、その洋服を買いに行っても良い?」と、尋ねた。


 姫宮は、「勿論だよ」と言って、頷くと笑みを浮かべた。


「瀬戸君が服を選ぶ時に楽しそうで良かった」


「……姫宮さんが一緒に選んでくれたからだよ」


「……それなら、良かった」


 すると、姫宮は安心した様に息を吐いた。


 どうやら、姫宮は僕が洋服選びを楽しんでいるのかを心配していてくれたらしい。


「……姫宮さん」


「ん? どうしたの、瀬戸君」


「その、今日は一緒に服を選んでくれてありがとう」


「私も楽しかったからお礼なんて良いのに…… でも、嬉しい。こちらこそありがとう」


 姫宮はそう言うと、嬉しそうな表情を僕に向けてくれたのだった。


 その後、昼食を食べ終えた僕と姫宮は、先程話をしていた店舗に再び足を運んで、ネイビーのシャツを購入した。


 店舗から出ると姫宮が僕が買った洋服の袋をジッと見ている事に気が付いた。


 どうかしたのだろうか、と不思議に思った僕は、「どうかした?」と、姫宮に尋ねた。


 僕の言葉に姫宮は、はっとして顔を上げると、恥ずかしそうにしながら口を開いた。


「いや、瀬戸君が洋服を買っているところを見ていたら、私も洋服が欲しくなっちゃって……」


「僕は洋服を買う事が出来たし、そうしたら次は姫宮さんの洋服を見に行く?」


 僕の言葉に姫宮は驚いた表情を浮かべると、「良いの?」と、呟いた。


「勿論だよ。僕の洋服を選んでくれたし、まだ時間は沢山あるから、色々な店を見て回ろう」


 僕が感謝の気持ちを込めながら言葉を返すと姫宮は、「瀬戸君、ありがとう」と、嬉しそうに言った。


 そんな姫宮を見ているとこちらまで嬉しくなってきた僕は、「そうしたら、まずはどのお店から洋服を見ていく?」と、明るい口調で声を掛けた。


「それなら、ここの近くに気になるお店があったから、まずはそこに行っても良い?」


 楽しそうな口調で話す姫宮に僕は頷き返すと、二人でそのお店に足を向けたのだった。


「こっちの洋服も良いけど、あっちの洋服も捨て難いな。うーん、悩む」


 そして、いくつかの店舗を回った後、姫宮はある店の二つの洋服を見ながら何か悩んでいる様子だった。


「姫宮さん、どうかしたの?」


 姫宮は僕の声に反応して、こちらを振り返ると口を開いた。


「どっちかの洋服を買おうと思っているんだけど、両方とも可愛いくて悩んでいるの」


 姫宮はそう言うとそれぞれの手に持った洋服を僕に見せてきた。


「瀬戸君はどっちの洋服が良いと思う?」


 そう言われて良く見てみると、姫宮がそれぞれの手に持っている洋服は二つともワンピースで、片方が黒色、もう一方がネイビーだった。


「うーん、そうだなぁ」


 正直、洋服の知識がほとんどない僕がアドバイスをしても意味がないとは思う。


 しかし、姫宮は真剣に悩んでいる様子だったので、分からないなりに僕も考えてみようと思った。


 再度、洋服に目を向けると、両方とも落ち着いた色合いで姫宮に良く似合っていると思った。


 しかし、どちらかと言うと黒色だと少し暗すぎるだろうか。


 そう感じた僕は姫宮に、「その、僕はそっちのワンピースが良いと思うよ」と言いながら、ネイビーのワンピースを指差した。


 姫宮は僕の指差したネイビーのワンピースを見て、「成程」と、呟いた。


 そして、姫宮は顔をこちらに向けると、「そうしたら、この洋服にしようかな」と言った。


「えっ、そんな感じで決めて良いの?」


 まさか、自分の意見でこんなにも簡単に決断をするとは思っていなかった僕は、慌てて姫宮に尋ねた。


 すると、姫宮は僕の言葉にあっさりと頷く。


「折角、一緒に来たから瀬戸君に洋服を選んでもらおうと思って」


 そうして、姫宮は続けて、「それに、この色合いだったら瀬戸君の買った洋服と同じ様な感じだから、ペアルックみたいに見えるね」と言うと、悪戯っぽく笑みを浮かべた。


 姫宮の言葉を聞いてその事に気が付いた僕は、「いや、その、別にそんなつもりは無かったけど……」と、恥ずかしくなりながらも慌てて姫宮に告げた。


 そんな僕の言葉に対して、引き続き悪戯っぽい笑みで、「本当かな〜」と言っていた姫宮だが、ひとしきり僕の事を揶揄うと、「でも、選んでくれて嬉しい。瀬戸君、ありがとうね」と、微笑みながら呟いた。


 その姫宮の笑顔を見て、僕は分からないなりに姫宮にネイビーのワンピースの方が良いと伝える事が出来て良かった、と心からそう思うのだった。

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