勉強会 三

 その後は、それぞれ勉強を進め、ふと壁に掛けられた時計を見ると時間が大分経っていた。


 どうやら、気不味い雰囲気をなるべく感じない様に問題を解く事に意識を向けていた為か、かなりの時間集中をして勉強に取り組めた様だ。


 視線だけ上げて姫宮の様子を見てみると、姫宮も集中して問題を解き進めている様だった。


 そんな集中をしている姫宮に声を掛ける事は躊躇われたが、今声を掛けないとライトノベルについて話す時間が取れなくなってしまうだろう。


 そう思った僕は意を決して、「姫宮さん」と、声を掛けた。


「ん?」


 姫宮はそう言葉を発すると、視線を上げて僕の方を見た。


「瀬戸君、どうかした? 何か分からない所でもあった?」


「いや、姫宮さんがさっき教えてくれたお陰で今回の範囲の問題は大分解けるようになったよ。ありがとう」


 僕はそう言うと、時計を指差した。


「勉強を始めて結構時間が経ったから、ここら辺で一旦お終いにしようかな、と思って声を掛けたんだ」


「あっ、本当だ。集中していたから気が付かなかったけど、こんなに時間が経っていたんだね」


 姫宮はそう言うと、「うーん」と言って、身体を伸ばした。


「そうしたら、瀬戸君の持っているライトノベルを見させてもらおうかな」


 姫宮はそう言いながら立ち上がると、本棚の方に向かい本を見始めた。


「あっ、これ面白そう」


「確かに、『キミユメ』と似たようなところも多いから、姫宮さんも気に入ると思うよ」


 そうやって話していると、段々と辺りが薄暗くなってきた。


「まだまだ話したいけど、暗くなってきたからそろそろ帰ろうかな」


 姫宮は窓の外を見ると、そう呟いた。


「そうしたら、何か持っていく?」


「良いの? そうしたら、さっき瀬戸君が、『キミユメ』に似ているって言っていた、これにしようかな」


 僕は、「分かった」と言うと、部屋の隅から紙袋を取り出して、姫宮が言ったタイトルの本をその中に入れた。


「そうしたら、家まで送って行くよ」


「えっ、良いの?」


 僕の言葉に姫宮は驚いた表情を浮かべた。


「勿論、辺りが暗くなってきて危ないからね」


 姫宮は僕の言葉に嬉しそうな表情を浮かべると、「ありがとう」と、呟いた。


 僕と姫宮は駅まで向かうと姫宮の家の最寄り駅まで電車に乗った。


 駅から出て、姫宮の家へ向かう道を並んで歩きながら、僕は今日の放課後から思っていた事を姫宮に伝えようと口を開いた。


「ねぇ、姫宮さん」


 姫宮はこちらを見ると、「どうしたの?」と、呟いた。


「この前カラオケの時に、『僕が服を買う時には声を掛けてね』って、姫宮さん言ってたけど、その、お願いしても良い?」


 僕の突然のお願いに姫宮は戸惑った様な表情を浮かべた。


「別に全然大丈夫だし、私も瀬戸君の服を選んでみたいって言ったから、そのお願いは嬉しいけど…… 突然どうしたの?」


「その、なんとなくお洒落に目覚めたと言うか、もうそろそろ服装にも気を遣った方が良い年齢になってきたのかな、と思って」


 口ではそうは言ったが、他の理由が僕にはあった。


 今日の放課後、姫宮に声を掛けた時の出来事がきっかけだった。


 あの時、改めて周りから見て僕と姫宮は、友達ではなくて同じ委員会に所属しているだけの関係だと思われていると感じた。


 でも、周りの生徒の視点に立ってみれば、教室内で交わす言葉といえば当番関連だけだったのでそう見えて当然だろう、と僕は思う。


 そして、今日の出来事を踏まえて、周りから姫宮と友達だと思われる様になりたいという欲求が僕の中で生まれた。


 それなら教室に居る時でも姫宮に話し掛ければ良いという事は分かってはいたが、それを実行する勇気は僕にはまだ足らなかった。


 そこで、もしかしたら見当違いな努力の仕方かもしれないが、僕はまずは自分に自信を付けたい、と思った。


 自分に自信が持てれば、周りからどう見られているのかを気にする事無く、堂々と姫宮の隣に立てると感じた。


 しかし、まさか姫宮にそう説明する訳にもいかない。


 そう思った僕は、当たり障りの無い理由を姫宮に伝えた。


 姫宮は、「ふーん?」と言って、始めは不思議そうな顔をしていたが、すぐに笑みを浮かべると、「そうだね、色々な服を選ぶのは楽しいし、行こう! 瀬戸君、格好良い顔をしているし、なんでも似合うと思うな!」と、明るい口調で言った。


 突然褒められた僕は、「えっ? そんな事、言われた事無いよ?」と、戸惑いながらも言葉を返した。


「えっー? 皆、瀬戸君の顔をよく見た事が無いだけだけだと思うな」


 姫宮はそう言いながら、僕の顔をジッと見つめてくる。


「ま、まぁ、行くのはテストが終わってからになると思うけど」


 恥ずかしくなって、顔が熱くなってきた僕は視線を逸らすと、そう言って誤魔化した。


「そうだね。テスト終わったら打ち上げ込みで洋服を買いに行こうか」


 そう話している内に、気が付けば前回、姫宮を送った公園の目の前まで来ていた。


「瀬戸君、今日も送ってくれてありがとう。洋服を買いに行くの楽しみにしているから、お互いにテストを頑張ろうね!」


 姫宮は、そう言いながら手を振った。


 僕は、「うん、頑張ろう」と言うと、姫宮が居なくなるまで手を振り返すのだった。

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