カラオケ 二

 カラオケに入ると、僕と姫宮はまず受付に向かった。


 僕がカラオケに行ったのは遠い昔の事なので、受付でどうしたら良いかが分からない。


 僕は姫宮がカラオケの機種や時間等を店員と話しながら決めていく様を、邪魔にならない様、隣で見ていた。


 やがて、受付が終わったのか、店員から部屋番号や退室時間が書かれた紙を貰うと、姫宮がこちらを振り返った。


「よし、じゃあ、行こうか!」


 そう言ってまず向かった先はドリンクバー。


「歌うと喉が渇くからね」


 そう言いながら、姫宮はメロンソーダ、そして僕は烏龍茶をそれぞれ注ぐと店員に貰った紙に書いてある番号の部屋へと向かった。


 姫宮が先に扉を開けて部屋の中に入り、僕も後に続いて入ろうと足を一歩踏み出した瞬間、僕は部屋の中を見て思わず立ち止まってしまった。


 扉の左隣にテレビがあり、それに向かい合う形でソファー、そしてテレビとソファーの間にテーブルが置かれている。


 僕が立ち止まった理由はソファーにあった。


 ソファーはとても小さく、二人で座ったら肩が触れ合ってしまうだろうと思う程だった。


 僕が動揺しているのと反対に何も気にしていない様子でソファーに座った姫宮は不思議そうな顔でこちらを見ると、「瀬戸君、どうしたの? 座らないの?」と言いながら、自分の隣をポンポンと叩いた。


 この部屋に座る場所は他には無い。


 まさか、ずっと立っている訳にもいかないので、僕は覚悟を動揺を必死で抑え込みながら扉を閉めると、姫宮の隣に腰を下ろした。


 そうすると、僕の予想通り、僕の肩が姫宮の肩に触れた。


 肩とはいえ、姫宮の体温を近くに感じる事に加え、ほのかに香る良い匂いが、いとも簡単に僕の気持ちを乱していく。


 僕は心の中で平常心、平常心と唱えながら、動揺が姫宮に伝わらない様に必死で耐えようとした。


 しばらくそうして気持ちを落ち着かせようとしていると、先程までいつもの調子で話していた姫宮が静かな事に気が付いた。


 気になって隣を見てみると、姫宮の顔が強張っていた。


 その様子を見て心配になった僕は、「姫宮さん、大丈夫?」と、声を掛けた。


 すると、姫宮は僕の言葉に気まずそうに笑うと、口を開いた。


「さっきは平気な感じを出していたけど、これだけ近いと緊張するね」


 そこから、何をする訳でもなく、しばらく二人でソワソワしていた。


 テレビの音だけが流れる、何とも言えない気まずい雰囲気の中、どうしたものか、と僕は思った。


 すると、姫宮が、「じ、時間が勿体ないし、早速歌おうか」と言うと、テーブルに置いてある機器を手に取った。


 変な雰囲気が脱するチャンスだ。


 そう思った僕は、緊張しながらも声を上げてくれた姫宮に心の中で感謝をしながら、姫宮が作ってくれたこの流れに乗っかる為に口を開いた。


「最初は何を歌うの? やっぱり、『キミユメ』の歌?」


 姫宮は僕の言葉に頷くと、「オープニング曲を歌おうかな」と、笑顔で言った。


「そうしたら、僕は、『キミユメ』のエンディング曲を歌おうかな」


『キミユメ』のオープニング曲が爽やかで疾走感溢れるアップテンポな曲調なのに対して、エンディング曲はゆったりとしたバラード調な曲となっている。


 僕は速いテンポの曲だと口が追い付かず、上手く歌詞をつむぐ事が出来ない事が多々あった。


 反対にバラード曲は基本的にテンポがゆっくりなので、焦る事なく歌う事が出来た記憶があった。


 バラード曲の方がアップテンポの曲よりも音程を外すと目立つ印象があるが、そこは姫宮に笑いを提供する事が出来る、と開き直るしかないだろう。


 姫宮が、「分かった」と言って、機器を操作すると、テレビの画面が代わり、『キミユメ』のオープニング曲のイントロが流れた。


 さらに、テレビに、『キミユメ』のオープニングの映像が映し出された。


 曲だけでもテンションが上がるのに、それに加えて映像も映し出された事で、僕はさらに気分が高揚するのを感じた。


「よーし、一曲目、元気良く歌うよ!」


 姫宮もテンションが上がってきた様で、マイクを手に取ると、勢い良く片手を上げて、ノリノリの様子だ。


 そんな姫宮を見て、楽しくなってきた僕は、「おー!」と言って、姫宮に拍手を送ると、姫宮の口が歌詞を紡ぎ出した。


 流石と言うべきか、音程が外れる事も遅れる事もない、聞いていて惚れ惚れする程に姫宮の歌声は素晴らしかった。


 歌が進む内に、テンションがさらに上がった僕と姫宮は気が付けば身体を左右に動かしていた。


 その事で先程より僕と姫宮の肩が触れ合う回数が増えたが、互いにそんな事が気にならないくらい盛り上がったのだった。


 やがて、一曲目が終わると、姫宮は、「はぁー、楽しかった」と言った後、メロンソーダを一口飲んだ。


 僕は拍手をしながら、「姫宮さん、歌、すごい上手だね」と言うと、姫宮は恥ずかしそうに後頭部に片手を添えると、「えへへ、そんな事ないよ」と、誤魔化すように笑った。


 そんなやり取りをしていると、姫宮が、「あ、瀬戸君、次の曲が始まるよ」と、声を上げた。


 姫宮の声を聞いて、テレビに視線を向けると、曲名が表示されてイントロが流れ始めた。


 僕は久し振りに人前で歌うとあって、緊張感が襲ってきたが、姫宮の、「頑張れ〜」という、声援に押され、歌う為に口を動かした。


 やはり、歌っている途中で大きく音程を外す場面が多々あった。


 その度に反応が気になり、姫宮の方をチラッと見たが、僕が音程を外した事などまるで気にもしていない様子で楽しそうにリズムに合わせて、身体を左右に揺らしていた。


 そんな姫宮の様子を見て安心するとともに、姫宮が言った、『カラオケはね、上手いとか下手とかではないよ。楽しいからカラオケなんだよ!』という言葉を思い出し、最後まで楽しみながら歌った。


 そして、歌い終わると姫宮は、「瀬戸君、上手〜」と言いながら、拍手を送ってくれた。


 姫宮の真っ直ぐな褒め言葉に僕は嬉しくなって、「ありがとう」と、呟いた。


 そこからも僕と姫宮は交互に歌い、『キミユメ』関連ではない曲も歌った。


 初めは、姫宮はこの曲を知っているだろうか、と不安になったが、テレビに曲名が表示されると、すぐに姫宮が、「あっ、この曲知ってる!」と、反応をしてくれたお陰で僕は安心して歌う事が出来た。


 それからさらに互いに何曲か歌い、まだまだ歌おう、と姫宮と話している時だった。


 部屋に設置してある電話が鳴り響き、姫宮が、「えっ、もう終わりの時間?」と驚きながら受話器に手を伸ばした。


「もしもし。……はい。……はい、それでお願いします」


 受話器を置くと姫宮は、「後、十分だって。あっという間だね」と、僕に向かって言った。


「本当だね。まだ全然時間が経っていないように感じたよ」


 名残惜しい気持ちから出た言葉に、姫宮はニヤリと笑った。


「瀬戸君、そうしたらまた来ようね」


 その姫宮からの誘いの言葉を聞いた僕は、再び二人でカラオケボックスで歌っている姿を想像して心が踊った。


「うん、その、姫宮さんさえ良ければまた来よう」


 僕の言葉に姫宮は、「うん、勿論。約束だよ!」と、嬉しそうに微笑んだのだった。


☆☆☆

新作を投稿しました!


タイトルは「道で泣いていた女子に声を掛けたらデートに行く事になった。」です。


https://kakuyomu.jp/works/16818093089358620535/episodes/16818093089360062914


こちらもカクヨムコンテスト 10に参加致しますので応援の程よろしくお願いします!

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