姫宮の気持ち 一

「アニメも最高だった〜」


 姫宮とカフェに行った日から三日経った金曜日。

 先程まで居た利用者が出て行き、図書室に誰も居なくなった途端、姫宮が待ってました、と、言わんばかりに僕に声を掛けてきた。


 利用者が居る時もソワソワしていたので、相当話をしたかったのだろう、と思い、姫宮のその様子に思わず笑みを浮かべながら、「アニメもまた小説と違った良さがあるよね」と、言葉を返した。


 僕の言葉に姫宮は嬉しそうに頷くと、「動きがあるとやっぱりまた違う風に感じるよね。あっ、後曲も良かったなぁ」と、矢継ぎ早に言葉を口にした。


 僕は、大分テンションが上がっているな、と微笑ましい気持ちになりながら、「あれは名曲だよね」と、頷きながら言った。


「ね、良いシーンであの曲が流れると、『きた!』って思って、気持ちが盛り上がるんだよね」


 そんな風に二人で話をしながら盛り上がっていると、扉の開く音が聞こえた。


 僕と姫宮はすぐに口を閉じると、扉の方に視線を向けた。


「あれっ? 凛花?」


 姫宮の姿を探していたのか、キョロキョロと辺りを見回していた矢嶋はその声に反応して、姫宮を見つけると、「あ、居た」と言いながら、僕達の居るカウンターまでやって来た。


「凛花が図書室に来るなんて珍しいね」


「そうだね。香織が居なかったら来なかったかも。今日は香織と瀬戸がちゃんと当番しているのかを見に来たんだ」


 それまで、自分にはあまり関係が無いと思い、二人のやり取りをぼーっと聞いていた僕は、矢嶋に自分の名前を呼ばれて、矢嶋の中では僕も会話に参加をしている認識だったのか、と思い、慌てて視線を矢嶋に向けた。


 この場合、矢嶋に対してどの様な反応をするのが正解なのだろう、と頭の中で必死になって次の言葉を探していると、隣に座っていた姫宮が呆れた表情を浮かべながら口を開いた。


「見に来たんじゃなくて、遊びに来たんじゃないの? そういえば、昼休みに凛花、『今日は暇だー』って言ってたよね?」


 姫宮の指摘に矢嶋は、「あー」と言って気不味そうな表情を浮かべると、「そうとも言うかもね」と、呟いた。


 そして、両手を合わせると、矢嶋は、「お願い! 少しの時間でも良いからここに居させて?」と、勢い良く言った。


「私は別に良いけど……」


 姫宮はそう言って、書庫の扉を見てから、僕に視線を移した。


 その動きで何を伝えたいかを理解した僕は姫宮に頷いてから、矢嶋に向き直った。


「……まぁ、今利用者も居ないし忙しくなるまでなら大丈夫だと思うよ。後、書庫には司書さんが居るから静かにね」


 山岡さんは、「別に居ても良い」とは、言うと思うが、僕は念の為、山岡さんに聞こえないように小声で矢嶋に伝えた。


 矢嶋は小さく頷くと、僕にならったのか小さな声で、「分かった」と、呟いた。


「そういえば、折角、図書室に来たんだし、読むかどうか分からないけど、何か本を借りてみようかな」


「良いと思うよ。どんな本を読みたいとかあるの?」


 姫宮が微笑みながら尋ねると、矢嶋は渋い顔をした。


「うーん、今までまったくと言って良い程、本を読んでこなかったから、全然分からないんだよね」


 そう言いながら、腕を組んで考え込んでいると、矢嶋は突然、「あっ」と、言って声を上げた。


「そうだ。この前、香織が教室でハイテンションになっていた時に言っていた本。あれを借りようかな。それって今、図書室にある?」


 矢嶋が言っているのは恐らく、僕が姫宮に貸したライトノベルの事だろう。

 それを伝えてるのは、僕的には大丈夫であるが、以前、姫宮は自分がライトノベルを読んでいる事を周りに知られたくない様な素振りを見せていたので、姫宮の気持ち次第になるだろう。


 僕はそう思って、様子を確認しようと、姫宮を見た。


 すると、動揺した様子の姫宮と目があった。

 何も言わなくても姫宮の目が、「どうしよう」と、訴えかけているのが、僕でも分かった。


 そんな姫宮を見た矢嶋が不思議そうに首を傾げた。


 僕はマズイ、と思うと、矢嶋が口を開くより先に言葉を発した。


「あ、あるよ。今、持ってくるね」


 そう言って、立ち上がろうとすると、不安そうな表情でこちらを見ている姫宮に気が付いた。


 僕は矢嶋にバレない様に小さく頷くと、図書室に無数にある本棚の内の一つに向かった。


 確か、この辺にあったはず、と思いながら、本の背表紙を見てタイトルを確認していると、その本棚の下の方に僕の探していたタイトルを見つけた。


 僕はその本を手に取り、カウンターまで戻ると、矢嶋に、「どうぞ」と、本を差し出した。


「『緑の休み時間』ってタイトルなんだ。聞いた事ないなぁ」


 矢嶋がタイトルを読み上げた時、僕が差し出した本がライトベルではないと分かったのか安心した様な表情を浮かべる姫宮が視界に入った。


「結構古い本だからね。でも、読みやすいし、とても面白いと思うよ」


 矢嶋は少し驚いた表情を浮かべると、ニヤリと笑った。


「もしかして瀬戸も好きな物になると香織と同じで熱く語るタイプ? だから、似た者同士で二人は仲が良いんだ?」


 矢嶋の指摘に、矢島の目には僕が熱く語っている風に見えていたのか、と思い恥ずかしくなった。


「熱く語れるようなものがあるのは良い事だと思うけど?」


 姫宮が少し不貞腐ふてくされた様子で言うと、矢嶋は首を横に振った。


「一言も悪いとは言っていないよ。ただ二人が仲の良い理由が分かったって言っただけ」


 矢嶋のその言葉に、姫宮はなおも不満そうな顔で、「そうかな、なんか揶揄からかわれている気がするんだよなぁ」と、呟いた。


 八島が、「だから、違うってば」と、軽い調子で

 言葉を返すと、図書室の扉を開ける音が聞こえた。

 扉の方を見ると、数人の利用者が入ってくるのが視界に入った。


「あっ、結構入って来たね。そろそろ帰るわ」


 矢嶋がそう言ったので、僕は手早く貸し出し業務を済ませると、返却日を伝えた。


 矢嶋は頷きながら本を受け取って鞄しまうと、「じゃあ、当番の仕事、頑張ってね」と言いながら、図書室から出て行った。


 そして、その後、僕と姫宮はしばらくの間、貸し出しや返却の業務に追われたのだった。

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