寄り道をしよう 三

 やがて、ワッフルを食べ終えて、気持ちを落ち着かせてから店から出ると、外は既に暗くなっていた。


「もう大分暗いね。早く帰らないと」


 その言葉を聞いて、姫宮を一人で帰らせるのは心配だと思った僕は、もしかしたら迷惑かもしれないと思いながらも、「家まで送っていくよ」と、提案した。


 姫宮は驚いた顔をしながら、「良いの?」と、呟いた。


 僕は頷いてから、「この暗い中、女子を一人で帰らせる訳には行かないから」と、何格好付けているんだ、と自分で思いながらも姫宮に言った。


 姫宮は、「紳士だね」と、微笑むと、「じゃあお願いしようかな」と、嬉しそうに言った。


「じゃあ、行こうか」と、声を掛けると、僕と姫宮は駅に向かって歩き始めたのだった。


「姫宮さんはどの電車に乗るの?」


 駅に着き、改札を通ったところで、僕は姫宮に尋ねた。


 姫宮が、「こっちだよ」と言って、指差した案内板には一番線と表記されていた。


「僕と同じ方向だね」


「私は二駅先だけど、瀬戸君は?」


「僕は姫宮さんが降りる駅の次だよ」


「良かった。駅を通り過ぎたりしないんだね」


 姫宮はそう言うと、安心した様子で息を吐いた。


 どうやら、姫宮を送った後の僕を心配してくれていたようだ。


 そう感じて、温かい気持ちになっていると、アナウンスが聞こえて来て、電車がホームに入って来た。


 車内に入り、僕と姫宮は並んで腰を下ろした。

 やがて、発車を知らせるメロディが鳴って、電車が走り出すと、姫宮はゆっくりと口を開いた。


「瀬戸君、今日はありがとう。とても楽しかったよ。瀬戸君はどうだった?」


「ライトノベルの話が出来る人が今まで居なかったから、姫宮さんと話す事が出来て、僕も楽しかったよ」


 僕の言葉に姫宮は嬉しそうな表情を浮かべた。


「分かる! 私も周りにライトノベルの事を話せる友達が居なかったから、瀬戸君が、『キミユメ』が好きだって分かった時は、『キミユメ』について話せるかもって、テンションが上がったなぁ」


 その話を聞いて、この前の矢嶋と話している時に姫宮がライトノベルを読んでいる事を隠そうとしていた事を思い出した。


 僕の場合はそもそも友達がいないから、ライトノベルについて語り合う事が出来ないが、姫宮の周りには僕と違って沢山の友人がいる。


 今はライトノベルやアニメ等の文化もかなり受け入れられている。

 それに、姫宮とよく話をしている矢嶋は少ししか関わっていない僕でも面倒見が良い優しい性格なのだな、と感じた。

 だから、特に引いたりしないと思うし、もしかしたら興味を持ってくれて読んでくれたりするかもしれない。


 僕はそう思ったが、隣に座って楽しそうな表情を浮かべている姫宮を見て、今その事を言って、楽しい気持ちに水を差すのは野暮だな、と感じた僕はその考えを一旦引っ込めた。


 どこかのタイミングで姫宮に今の考えを伝えてみよう。

 例え、それで、僕以外の人とライトノベルの事を話せる様になって、僕と話す機会が減ったとしても少し寂しい気がするが、姫宮にとってはそれが良いのではないか、と思った。


 大分後ろ向きな考えだと自分でも分かっている。しかし、姫宮の社交性なら、すぐに周りに語り合える人達が集まってくる事だろう。

 それに、姫宮ももしかしたらそちらの方が今よりもっと楽しい気持ちになるのではないだろうか。


 そんな風に考えていると、電車はやがて、姫宮の降りる駅に着いた。


 電車を降りて、改札を抜けると、姫宮は、「瀬戸君、こっちだよ」と、手招きをすると、住宅街の方に向かって歩き始めた。


「それにしても、誰かに送ってもらうなんて随分と久し振りだから、いつも一人で歩いている道を瀬戸君と一緒に歩いているとなんだか不思議に思えてくるよ」


 僕はその言葉を聞いて正直意外だ、と思った。


 姫宮は学校一の有名人だ。

 お近づきになりたい男子なんて山程いるだろうし、遊びにも沢山誘われる事だろう。


 男子からしたら女子を家まで送る事は、頼れる男というものを演出する事が出来るし、なにより女子と二人きりになる事が出来る機会の様に思える。

 となると、姫宮に、「家まで送って行こうか?」と、声掛ける男子も多いはずだ。


 そう思いながらも、まさか言葉にする事は出来ないので、僕は、「…‥そうなんだ」と呟いて、相槌を打った。


 僕が言うと、姫宮は、僕の顔を見て、目を細めると、「ふーん」と、呟いた。


 何かしてしまっただろうか、と、思っていると、姫宮に、「瀬戸君、今頭の中で、『男子に沢山声を掛けられていると思ったのに意外だな』、って、考えていたでしょう?」と、僕が考えていた事とほぼ同じような事を指摘され、僕は驚いた。


 僕は言いつくろおうとしたが、「あ、いや、その」と、焦ってしまい、上手い言葉が出て来なかった。


 すると、姫宮は、「凛花とその他の友達にもよく同じ様な事を言われるから、今、瀬戸君が思っていた事がすぐに分かったよ」と、得意げな顔で言った。


 先程の焦った態度は姫宮の指摘を肯定した様なものだと思った僕は、今更、言い訳をしても無意味だと考え、「ご、ごめん」と、素直に謝った。


 姫宮は、そんな僕の態度に、首を横に振りながら、「いやいや、責めてはないから、瀬戸君が謝る必要は無いよ」と、焦って言うと、気不味そうに頬を掻きながら、「なんか、そういうの、苦手なんだよね」と、呟いた。


「男子と二人きりになる事が?」


「うん、純粋な気持ちで心配してくれて、『送って行こうか』って、言ってくれる人が多いんだけど、中には、その、下心を持っている人がいて、強引に手を繋がれそうになった事があったの。その時に、こういう人もいるんだ、危機感が足りていなかったなって反省をして、そこから基本断るようにしてるんだ」


「そんな事があったんだね」


 僕は姫宮にそんな酷い事をした男子に怒りを抱いた。


 そして、ふと、それなら今のこの状況は大丈夫なのだろうか、と僕は心配になった。


 その気持ちが表情に出ていたのだろう。

 姫宮は首を横に振ると、「……瀬戸君は別だよ」と、小さく呟いた。


「瀬戸君が本心から私の事を心配して、提案をしてくれたのがすごく伝わってきたから…… その気持ちが、嬉しかった」


 それ程、感謝をされる様な事をしたとは思っていなかった僕は、姫宮の言葉をなんだかくすぐったく感じた。


 僕はその気持ちを隠す為に頬を掻きながら、「……別に姫宮さんにそこまで言ってもらえる程、立派な事はしていないよ」と、誤魔化す様に言葉を口にした。


 そんな僕を見て姫宮はくすりと笑うと、「瀬戸君は優しいね」と、呟いた。


 それから、たわいも無い話をしながら歩き、公園に差し掛かった時だった。


 姫宮はそこで、足を止めると、「私の家はすぐそこだから、ここまでで大丈夫だよ。瀬戸君、送ってくれてありがとう!」と、ペコリと頭を下げながら言った。


「そんなお礼を言われる様な事はしていないよ。それに今日、姫宮さんと話す事が出来て、僕こそお礼を言わないと。ありがとう、姫宮さん」


 そう言うと、姫宮に倣《なら》ってペコリと頭を下げた。


 それから、僕が顔を上げると、ほぼ同じタイミングで姫宮も顔を上げたのが視界に入った。


 そして、姫宮は僕と目が合うと、「ふふっ」と、笑い声を上げた。


「こんな所で二人で頭を下げていると、なんだかシュールだね」


「確かにそうだね」


 そう言ってから、楽しいそうに笑う姫宮に引っ張られて、僕も笑い声を上げた。


 ひとしきり笑うと、姫宮は僕の方を見ながら口を開いた。


「私も今日、瀬戸君と沢山話せて楽しかったよ。今度はアニメも家で見てくるから、それについても話そうね!」


 姫宮はそう言うと、「またね!」と、手を振りながら公園の角を曲がって行った。


 僕は気恥ずかしく思いながらも、小さく手を振り返して、姫宮の背中が見えなくなるまで見送った。


 そして、さっきまで隣に姫宮が居た事が嘘だと思ってしまう様な静寂が僕を包んだ。


 しかし、周りの静けさとは反対に心が温かくなっているのを僕は感じた。


 こんなに満たされた気持ちになるのは久々の様に感じる。


 そう思いながら、僕は来た道を駅に向かって引き返すのだった。


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