寄り道をしよう 二
靴を履いて、正門から出ると、僕は何処かに寄るという話になったものの、何処に行こうか、と思った。
友人と寄り道をした経験がほとんど無い僕が悩んでいると、姫宮が、「こっちこっち」と言いながら、僕に手招きをして歩き始めた。
そんな様子を見て、どうやら姫宮には心当たりがあるようだ、と思い、安心すると、僕は姫宮の隣に立って、並んで歩き始めた。
「姫宮さん、どんな店に行くの?」
「えっとね、この前見つけたんだけど、とてもお洒落なの。学校から近いんだよ」
そのまま真っ直ぐ進んで行くと、僕と姫宮は角を曲がった。
すると、姫宮は、「あそこだよ」と、言いながら指を差した。
僕が姫宮が指差した場所を見ると、そこには看板があった。
しかし、外観を見ると、値札が貼られた観葉植物や雑貨が店前にあり、僕にはそこがどうしても飲食店では無くて雑貨屋にしか見えなかった。
だが、周辺にはここの他に看板が掛かっている場所が見当たらなかったので、どうやら姫宮が示している場所はここで間違いないようだ、と思った僕は不安な気持ちになりながらも姫宮の後に続いて店に入った。
その瞬間に僕の中の疑問が解決した。
入ってすぐの場所には様々な雑貨が置かれているが、奥の方にカフェスペースが併設されているのだ。
僕が一人納得をしていると、店員がやって来て、僕と姫宮を席に案内をしてくれた。
「ここはパッと見ると雑貨屋さんみたいに見えるから、私もここの奥がカフェスペースになっているって知らなかったけど、この前たまたまこのお店に入った時に気が付いたんだ」
「ここには良く来るの?」
元が雑貨屋だからか、カフェスペースにも様々な雑貨が置いてある。
僕がそれらを見ながら尋ねると、姫宮は頷きながら口を開いた。
「うん、近いし良く来るよ。私、実はカフェ巡りが趣味なんだ。だから、ここを見つけた時は穴場を見つけたって、嬉しかったな〜」
僕はその趣味は姫宮らしいな、と思いながら、「それは確かにテンションが上がるかもね」と、相槌を打った。
僕の言葉に嬉しそうに頷くと、姫宮はテーブルに置いてあったメニュー表に視線を移した。
「ここのお店は基本的にどれも美味しいけど、ワッフルが美味しくてお勧めだよ」
「ワッフルか。随分食べていないから久しぶりに食べてみたいな」
そう言うと、僕はどんな種類があるのか、メニュー表に目を向けたのだった。
メニュー表を見ると、ワッフルはプレーンだけではなく、
メニュー表には写真が載っていて、姫宮の言う通りで、どれもこれも美味しそうだった。
「色々な種類のワッフルがあるんだね。ここのお店では初めて食べるから、プレーンのワッフルにしようかな」
姫宮は僕の言葉に、「良いと思うよ」と言うと、メニュー表のページを
「後は飲み物だね。やっぱり、カフェではコーヒーっていうイメージが強いかもしれないけど、ここのお店だと、レモネードがお勧めだよ。容器がお洒落なんだ」
姫宮はそう言いながらメニュー表の写真を指差した。
そこには、レモネードが写っていて、ガラス瓶の蓋の中央にストローを刺しており、姫宮が教えてくれた通りで、僕はお洒落に感じた。
「それじゃあ、僕はレモネードにしようかな。姫宮さんは何にするか決まった?」
その問いに姫宮は、「うん、決まったよ」と、頷いたので、店員を呼んで、僕はレモネードとワッフルのプレーンを、姫宮はレモネードとワッフルに林檎と生クリームが乗っている物を注文した。
注文をし終えると、僕と姫宮は店内にある雑貨に目を向けた。
僕は店内を見回しながら、何か話題になる物を探していると、面白い形の椅子を見つけた。
「椅子もそれぞれ違うデザインなんだね。あ、あれなんか少し
僕がその椅子を指差しながら向かいに座る姫宮に言うと、姫宮は僕の指差している椅子を見てから少し首を傾げた。
「えー、そうかな。どちらかと言うと、あれは格好良いというより可愛いと私は思うけどな」
姫宮はそう言うと、壁に掛けられた時計を指差した。
「私はこの中で格好良い物といったらあの時計だと思うな」
姫宮が指差した時計を見て、正直、格好良いというより可愛いと僕は感じた。
その時、僕が可愛いと不必要な事を言って、姫宮の気分を害するより、その気持ちを隠して姫宮の格好良いという意見に同意しよう、とふと思った。
そこまで、考えてすぐに、いやいや、どれだけ姫宮に遠慮をしているのだ、と僕は思った。
今まで話してきて、例え、僕が姫宮の意見に同意しなくても、姫宮は不機嫌になる事なんか無い、と分かっていたはずだ。
それなのに、気が付くと姫宮相手でも自然と今みたいなマイナス思考に
まだ、心の奥底では姫宮に対して一線を引いているのだろうか、と僕は思った。
目の前で楽しそうにしている姫宮を見て、それは失礼なのではないか、と僕は思うと、先程のマイナス思考を頭の中から追い出した。
「僕はあの時計こそ可愛いと思うよ」
「えー、そうかな。まぁ、感性は人それぞれだけど、なんか納得いかないな〜」
僕の言葉に姫宮は腕を組みながらそう言った。
それから姫宮は視線を僕に合わせると、「ふふっ」と、笑い声を漏らした。
僕は急に笑みを浮かべた姫宮を見て、今の会話の中で何か面白い事でもあったのだろうか、と不思議に思った。
「でも、瀬戸君が格好良いって言った椅子を可愛いって言ったと思ったら、時計では私達の感想が綺麗に入れ替わって、なんだか面白いね」
「確かに、逆になんだったら僕と姫宮さんの意見が一致するんだろうね?」
僕も姫宮につられて笑みを浮かべながら言うと姫宮は、「確かに気になるかも。いつか色々探してみよう」と、楽しそうに言った。
そんな姫宮を見て、別に相手と同じ意見でなくても姫宮とだったらこんな風に笑い合う事が出来る。
僕はそう思うと、姫宮とのこのやり取りをとても愛おしく感じた。
僕がそう思って温かい気持ちになっていると、僕と姫宮が注文した物が運ばれて来た。
僕が、「すごい、美味しそうだね」と、言いながら、早速手を合わせて食べようとすると、「ちょっと待って!」と言いながら、僕を手で制した。
何かあったのだろうか、と思い、僕が顔を上げると、姫宮は、「食べる前に写真を撮らないと」と言って、スマートフォンを掲げて僕に見せた。
普段からあまり写真を撮る習慣が無かった僕は、「分かった」と、頷きながら理解を示した。
姫宮は僕の動きを見て満足そうに頷くと、スマートフォンを構えて写真を撮り始めた。
姫宮は真正面からだけではなく、様々な角度からシャッターを切っていて、その様を見た僕はまるで写真家のようだ、と僕は思った。
やがて、姫宮は満足したのか、スマートフォンを仕舞うと、「お待たせ、食べようか?」と言って、手を合わせた。
僕も姫宮に倣って手を合わせると、二人で、「いただきます」と言って、食事を開始した。
僕はまずワッフルを一口食べた。
口の中に入れた瞬間に甘さが広がってきた。
「このワッフル、甘くて美味しいね」
姫宮は僕の言葉に嬉しそうに笑みを浮かべると、「でしょ? レモネードも飲んでみて?」と言って、レモネードを手で示した。
僕は姫宮の言葉に従って、容器を手に取ると、レモネードを口に含んだ。
その瞬間に、レモンのすっきりとしたさわやかな酸味と、砂糖やはちみつのほどよい甘さが口の中に広がった。
「レモネード、とても飲みやすくて美味しいね」
「気に入ってくれて良かった。じゃあ、私も食べようかな」
姫宮はそう言うと、林檎と生クリームをワッフルの上に乗せて、落とさないように口元まで運ぶと、それを食べた。
僕が器用に食べるな、と感心していると、姫宮は側で見ていても分かる程、幸せそうな顔をして、「美味しい」と、呟いた。
プレーンのワッフルも美味しかったが、姫宮のとても美味しそうな表情を見ると、林檎と生クリームが乗っているワッフルもとても美味しそうに見えた。
その後は、自然と僕が姫宮に貸したライトノベルの話に移っていった。
「やっぱり、主人公が自分も頑張ろうって思って、諦めていた夢に一直線になるのはすごく格好良かったなぁ」
「分かる! すごく熱い展開だよね」
端的に言えば、話は大いに盛り上がった。
姫宮がここが良かったというシーンは、全て僕も感動したり、面白かった箇所ばかりで、好みが似ている人と好きな作品について語り合う事がこんなにも楽しい事なのか、と僕は改めて感じる事が出来た。
「そういえば、この作品もアニメ化しているよ」
「そうみたいだね。勿論、アニメもチェックしようと思っているよ!」
そんな事を話しながら僕はふと壁に掛けられた時計に目を向けた。
すると僕は店に入ってから大分時間が経っている事に気が付いた。
テーブルの上を見ると、互いに話に夢中になってしまった為、ワッフルやレモネードが残っていた。
「姫宮さん、もう結構良い時間だから、ワッフルとレモネードを食べたり、飲んだりしようか」
僕の言葉を聞いて、姫宮は壁に掛けられた時計を見ると驚いた表情を浮かべた。
「えっ、もうこんな時間なの!? 楽し過ぎて全然気が付かなかった!」
そうして、僕と姫宮は再びワッフルとレモネードに手を付け始めた。
僕はワッフルを口に入れて、やはり甘くて美味しい、と思うと、姫宮の方に視線を向けた。
プレーンのワッフルでも十分満足なのだが、こうも美味しいと姫宮が食べている林檎と生クリームのワッフルがどんな味がするのかが気になってしまう。
そう思い、姫宮が食べているワッフルを見ていた為、その視線に気が付いた姫宮が顔を上げると、「瀬戸君、どうかした?」と、不思議そうな表情を浮かべた。
そして、僕の視線がワッフルの方に注がれている事に気が付くと、姫宮は、「ああ」と、声を上げた。
「もしかして、私の食べているワッフルの味も気になる? こっちも美味しいから食べてみる?」
姫宮はそう言うとフォークにワッフルを乗せて、さらにその上に器用に生クリームと林檎を乗せると、「はい、どうぞ」と言って、こちらに差し出してきた。
その突然の出来事に僕は、「えっ? いや、でも」と、動揺してしまって意味のある言葉を発する事が出来なかった。
中々ワッフルを食べようとしない僕に
このまま食べたら間接キスになるのではないか、と僕は思ったが、姫宮には気にした様子が見られない。
姫宮の厚意を無駄にする事は出来ない、と思った僕は意を決して姫宮が差し出したワッフルを口に含んだ。
すると、すぐに姫宮が、「どう?」と、聞いてきたが、恥ずかし過ぎて、なんとなく甘いという事以外、味が分からなかった。
「……こっちも甘くて美味しいね」
僕がなんとか言葉を返すと、姫宮は満足そうに頷いてから、「でしょう?」と、上機嫌に言った。
そうして、姫宮はまたフォークにワッフルと生クリーム、そして林檎を乗せて、「まだあるから食べる?」と言って、再び僕に向かって差し出してきた。
これ以上はどうにかなってしまう。
そう思った僕は、「いや、もう大丈夫だよ」と言いながら、慌てて首を横に振った。
その僕の様子に何かがおかしい、と思ったのか、姫宮はジッと僕の顔を見ると、「瀬戸君、顔が赤いけど大丈夫? 体調悪い?」と、心配そうな表情で尋ねてきた。
その姫宮の心配そうな表情を見て、さらに動揺した僕は、とにかく姫宮をこれ以上、心配させる事は出来ないと思い、焦って、「いや、体調が悪い訳じゃなくて、間接キスが……」と、口走ってしまった。
姫宮は、僕の言葉にキョトンとした顔をすると、手に持ったフォークを見ながら、「……間接キス?」と、静かに呟いた。
その瞬間、姫宮は顔を真っ赤にさせると、「えっ、いや、あれ!?」と、大きな声を上げて、慌てて始めた。
姫宮のその慌てようから、どうやら気が付いてなかった様だ、と思った僕は、「ひ、姫宮さん、取り敢えず落ち着いて!」と、声を掛けた。
時間を掛けて気分を落ち着かせると、姫宮は申し訳なさそうな表情で、「うう、恥ずかしい。ごめん、瀬戸君」と、呟いた。
僕が、「全然気にしていないよ」と、言葉を返してからは、二人で顔を真っ赤にさせながら、それぞれ自分のワッフルを食べ進めたのだった。
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