寄り道をしよう 一

 そしてその翌日の火曜日、今日は図書室の当番がある日だ。


 姫宮はあの小説を読んでどう思ったのだろうか。

 でも、昨日のあの様子を見ると、恐らく楽しみながら読んでくれているはずだ。


 僕は朝からその様な事を考えていて、授業中も集中をする事が出来ずに、そわそわしながら日中を過ごした。


 そして迎えた放課後。

 帰りのホームルームが終わり、今回も僕の方から姫宮に声を掛けようか、と考えながら帰りの支度を進めている時だった。


「瀬戸君! 図書室に一緒に行こう?」


 僕は突然呼ばれたその声に少し驚きながら慌てて声のした方を向いた。


 すると、そこには既に帰りの支度を終えた様子で、ニコニコと笑みを浮かべた姫宮が立っていた。


「姫宮さん、帰りの支度、もう終わったの? 速いね」


「うん。だって早く感想を瀬戸君に伝えたいと思っていたから。 ……瀬戸君は準備は終わった?」


 姫宮はそう言いながらチラッと僕の手元を見た。

 これは、あんに速く支度を終えるようにと急かしているな、と僕は感じ取った。


 そしてさらに、「香織はテンションが高くなると周りが見えなくなる」という、昨日の矢嶋の言葉を僕は思い出した。


 テンションが上がった姫宮は昨日僕も散々経験したので、このまま教室に残っていたら、また、姫宮は昨日の様なテンションになる事だろう。


 そう思った僕は、「……ちょっと待ってて。すぐ終わるから」と、姫宮に言うと、慌てて支度を終えた。


「お待たせ。じゃあ、図書室に行こうか」


 僕が立ち上がりながらそう言うと、姫宮は、嬉しそうな表情で、「うん!」と、言って歩き出した。


「香織、それに瀬戸も今から当番? 頑張ってね」


 僕が姫宮を追って歩き出そうとした時に矢嶋が僕と姫宮に片手を横に振りながら声を掛けてきた。


 僕は矢嶋の言葉にどう返したものか、と考えていると、姫宮は矢嶋に手を振り返しながら、「うん、行ってくるね」と、軽い調子で言葉を返していた。


 次は自分の番だ、僕も矢嶋に何か反応を返さなければいけない。

 僕は、ただ言葉を返すだけでは素っ気無いかもしれない、と思ったが、そもそも何も言葉が浮かんで来ない。


 速く何か反応をしなければ、矢嶋に何をしているのだろう、と思われてしまうだろう。


 そう思った僕はかなり恥ずかしいが最後の手段として、姫宮の真似をする事にした。


 僕は顔を真っ赤にさせながら片手を横に振って、「……い、行ってくる」と、小さく呟いた。


 これはやる前に思っていたよりかなり恥ずかしいぞ、と感じた僕は矢嶋の反応を見る事が出来ないと思い、足早に廊下に出た。


「瀬戸君、凛花と仲良さそうだったね」


 姫宮は僕に続いて廊下に出てくると嬉しそうな表情でそう言った。


 僕自身はそうは思う事が出来なかったので、姫宮がどこを見てそう思ったのかと僕は首を傾げた。


 しかし、すぐに、姫宮は、先程、僕が矢嶋に手を振り返した場面を見て、僕と矢嶋が仲が良さそうだと感じたのだろう、と僕は思った。


「矢嶋さんが僕に気を使ってくれているから、そう見えるかもしれないね」


 僕は廊下を歩きながら、隣に並んでいた姫宮に遠回しにやんわりと否定をすると、姫宮は不思議そうに首を傾げた。


「確かに、凛花は気を使ってくれる事が多いとは思うけど、誰にもそうしている訳じゃないよ。ああ、見えて意外と選り好みしているよ?」


 すると、姫宮は、「凛花には内緒だよ」と言って、悪戯いたずらっぽい笑みを浮かべた。


 僕はその言葉を聞いて、姫宮との間で秘密を共有出来た事で、さらに友情が深まった気がして、嬉しい気持ちになった。


 僕は、「そんな事は矢嶋さんに絶対に言えないね」と、笑みを浮かべながら言った。


 すると、姫宮は、「凛花は怒ると怖いからなー」と、げんなりとした顔で呟いた。


 それから、僕と姫宮は自然と視線が合うと二人で笑い声を上げた。


「でも、瀬戸君だったら優しいし、私ともすぐに仲良くなれたから凛花ともすぐに仲良くなれると思うよ?」


「でも、最初に声を掛けてくれたのは、姫宮さんだし、姫宮さんの方が優しいと思うよ」


 僕が言葉を返すと、姫宮は、「そういうところが瀬戸君の優しさだと思うよ」と言って、微笑んだ。


 僕はその言葉に恥ずかしくなり、顔が熱くなるのを感じて、しどろもどろになりながら、「あ、ありがとう」と、言葉を返す事が精一杯だった。


 図書室に入ると、これまでと同様に山岡さんは書庫に行き、僕と姫宮はカウンターで利用者対応や貸し出し作業を行った。


 よりによって、今日は利用者が多い。

 僕は早く姫宮から貸したライトノベルの感想を聞きたい、という気持ちを抑えながら、当番の仕事に取り組んだ。


 やがて、利用者の波が途切れた時には図書室の閉室時間が迫っていた。


「疲れた〜 こう言ったら悪いけど、こんなに沢山の人が図書室に来る事があるんだね」


 室内にいる最後の利用者が出ていくと、姫宮は疲れた様子で声を上げながらカウンターに突っ伏した。


「なんだか分からないけれど、たまにこういう日があるんだよね。でも、よりによって今日か……」


 僕は椅子の背もたれに体重を預けながら、姫宮のこえに応えた。


 姫宮は壁に掛けられた時計を見ると、「うー、今日、瀬戸君とお話がしたかったのに、もうすぐ図書室が閉まる時間になっちゃうよ〜」と、残念そうな表情を浮かべながら呟いた。


 姫宮の様子を見ながら僕も姫宮と同じ気持ちになっていると、扉の開く音が聞こえた。


 見ると、山岡さんが、「お疲れ様。今日は利用者が多くて大変だったわね。そろそろ図書室を閉めましょう」と言った。


 姫宮と話したいが、ここに居座る訳にもいかない。

 僕と姫宮は荷物をまとめると、「お疲れ様です」と、山岡さんに声を掛けてから図書室を出た。


 廊下に出て、僕は、まさかここで話す訳にもいかないし、また次回の当番の時まで持ち越しだろうか、と思った。


 その時、姫宮の様子が気になったので、僕は姫宮の方に視線を向けた。


 すると姫宮は、悩ましげな表情で、「うーん」と、腕を組みながら何かを考えているようだった。


 僕と視線が合うと姫宮は、「瀬戸君」と、呟いた。


「その、どうしても今日、瀬戸君と貸してくれた本についてお話をしたいの。だから、もしこの後時間があったら、何処かに寄って行かない?」


 放課後に何処かに行かないか、と誘われるのは随分と久し振りの事だったので、僕はすぐに言葉を返す事が出来なかった。


 少し気恥ずかしさもあるが、姫宮と一緒に何処かの店に入って、語り合っている光景を想像して、それは楽しそうだぞ、と考えた僕は、思わず頬が緩むのを感じた。


「……うん、行こう」


 気が付けば僕は自然とそう呟いていた。


 僕の言葉に姫宮は明るい表情になると、「本当? やった!」と言って、嬉しそうな表情を浮かべた。


「それじゃあ、行こう! 何処に寄っていこうかな〜」


 姫宮が楽しそうに言いながら歩き出したので、僕はその後に着いていく為に足を踏み出した。


 その時、自分の足取りが随分軽くなっている様に感じて、僕も浮き足たっているな、と思いながら、姫宮の隣に並んで歩き出したのだった。


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