共通の趣味
委員会の集まりがあった次の日の放課後。
早速、本日が当番なので、図書室に向かおうと席を立ったところで、僕は昨日の事を思い出した。
そういえば、昨日は図書委員会の集まりに向かう為に、教室から出ようとした時に、「一緒に行こう」と、姫宮に声を掛けられたのだった。
今日も昨日と同じ様に姫宮と一緒に図書室に向かった方が良いのだろうか。
そう思った僕は様子を窺う為に姫宮の方に視線を向けた。
すると、丁度そのタイミングで姫宮が顔を上げた。
姫宮は僕の視線に気が付くと、「瀬戸君、今日、当番だよね」言うと、周りに居た友達に、「またね」と告げてから僕の元にやって来た。
どうやら今後も当番の日は一緒に図書室に向かう事になりそうだ。
「それじゃあ、行こうか」
姫宮の言葉に僕は、「うん」と言って、頷くと、姫宮と一緒に図書室に足を向けた。
図書室に入ると、カウンターで作業をしていた山岡さんが僕達が入って来た事に気が付いたのか、顔を上げた。
「ああ、瀬戸君、姫宮さん、こんにちは。今日からよろしくね」
その言葉に僕と姫宮は、「よろしくお願いします」と、言葉を返すと、山岡さんは微笑みながら頷いた。
「そうしたら、瀬戸君、今利用者が居ないから姫宮さんに仕事の内容を一通り教えてあげてくれる? 私は隣の書庫で作業をしているから何かあったら呼んでね」
山岡さんはそう言うと、僕が言葉を返す前に数冊の本を持って書庫へと行ってしまった。
山岡さんは時々強引な所があるんだよな、と僕が思っていると、隣から姫宮の視線を感じた。
これから利用者が来るまでの間、学校中で有名な姫宮と二人きりで過ごす事になる。
その事に少し緊張しながら、隣を見ると、姫宮はニコリと笑って口を開いた。
「色々教えて下さいね。瀬戸先輩!」
「……昨日もやってたけど、姫宮さんはそれが好きなの?」
突然の姫宮の行動に、なんとか動揺を抑え込みながら僕は呟いた。
「……ちょっとは面白いかな、と思って。ごめん、全然面白く無かったね……」
僕の言葉に気不味そうな表情を浮かべると、姫宮は小さな声でそう呟いた。
その姫宮の落ち込んだ様子を見て、もしかして、姫宮は場を盛り上げようとしてくれたのではないだろうか。
そう思った僕は、姫宮の気遣いを雑に扱ってしまった事に申し訳なく思い、どうにかしようと、慌てて口を開いた。
「……い、色々教えるよ! こ、後輩?」
焦っていたとはいえ、何を言っているんだ、と思いながら、反応をみる為に僕は恐る恐る姫宮の方に視線を向けた。
「瀬戸君はもっと大人しい人だと思っていたけど、そんな事は無くて、とてもノリが良い人だったんだね」
笑いを堪えている姫宮を見て、僕は恥ずかしくなったが、そこまで反応は悪くなさそうだったので、僕は安心した。
「いや、そんな事はないけど、ただ姫宮さんが場を明るくしようとしてくれたのかなって思って……」
僕の言葉に姫宮は驚いた表情を浮かべると、恥ずかしそうに頬を掻いた。
「……言葉にされると恥ずかしいけどありがとう。瀬戸君は優しいね」
姫宮はそう言うと優しく微笑んだ。
僕はそんな姫宮の表情を見ながら、姫宮の方が僕なんかより何倍も優しいと思ったが、その事を口にするのはなんだか恥ずかしくて、僕は、「……ありがとう」と、一言呟いた。
その時、そう言えば、人の為に何かをしようと思ったのは随分久し振りだな、と僕はふと思った。
なんだか人の優しさに久し振りに触れる事が出来て嬉しくなると同時に、これも姫宮の魅力と人気の理由の一つなのだろうな、と思うと、僕は温かい気持ちになる事が出来た。
「……瀬戸君、ぼーっとしてどうしたの?」
姫宮の言葉に僕は我に返り、慌てて、「な、なんでも無いよ」と、言葉を返すと、誤魔化す為に、僕は姫宮に仕事の説明をし始めたのだった。
やがて、説明が終ると、利用者がポツポツと図書室を訪れたので、僕は姫宮と一緒に本の貸し出しの対応をした。
そうしている内に、人の波が途切れて、新たな利用者が訪れなくなると、図書室は静寂に包まれた。
「姫宮さん、しばらく人が来なさそうだから、読書とか、勉強とか、好きな事をしていて大丈夫だよ」
これは、しばらく人は来ないだろう、と僕は判断すると、隣に座っていた姫宮に声を掛けた。
そうしてから、僕は鞄の中から本を取り出した。
昨日発売した僕が好きなライトノベルのシリーズの最新刊だ。
本来なら当番初日なので、こういう話す事が出来る時に親交を深めるべきかもしれないが、上手く話題が思い付く事が出来かなったのと、一年待った最新刊という誘惑に負けて、僕は本を読む事に決めた。
「あっ!」
すると、姫宮が僕の手元の本を見て、驚きながら声を上げた。
僕は姫宮の声を聞いて、取り出した本に僕が気に入っているブックカバーを付け替えていない事に気が付いた。
恐らく、この本の表紙を見て、姫宮は驚きの声を上げたのだろう。
確かに、本の表紙には女の子が描かれていて、突然、男子高校生が取り出しているのを見たら驚くかもしれない。
しかし、このライトノベル『君の夢を僕は見ない』は、よく見る萌えを意識したイラストでは無くて幻想的であり、内容もとても温かみのあって、普段ライトノベルを読まない人も、この作品は読んでいると書き込んでいるのをよくネットで見掛けていた。
それでもやはり、まだこういうジャンルは受け入れられない事の方が多いのだろうか、と思い、一旦本を鞄にしまおうとした。
「……その、それって、『キミユメ』だよね?」
普段の教室では見た事が無い、恐る恐るといった感じで呟いた姫宮の言葉に、僕は驚いて鞄にしまおうとしていた手を止めた。
『キミユメ』とは、『君の夢を僕は見ない』の愛称で、ファンの間でそう呼ばれて親しまれている。
姫宮はこの小説のファンなのだろうか。
僕は姫宮に確認しようとして口を開いた。
「姫宮さん、『キミユメ』が好きなの?」
「えへへ、隠している訳では無いけれど、実はそうなんだ」
姫宮はそう言うと、頬を掻きながら恥ずかしそうに笑った。
僕は、「意外だね」と言いそうになったが、そんな姫宮を見て、慌ててその言葉を引っ込めた。
姫宮は、もしかしたら受け入れてもらえないかもと思いながらも僕に『キミユメ』が好きな事を伝えてくれたのだろう。
それなのにそんな事を言っては、先程、僕が感じた事と同じ思いを姫宮に抱かせてしまう。
偏見を持って欲しくないと思っていた僕が一瞬でも姫宮に自分の印象を押し付けていた事に、僕は恥ずかしくなった。
黙ってしまった僕を見て、姫宮は不安そうにしている。
自分と同じ物が好きだという事が分かって、姫宮はそれを僕に伝えようと勇気を出して切り出してくれたのだ。
僕は姫宮のその思いに応えたい、と思うと、口を開いた。
「姫宮さんはアニメで見ているの? それとも小説?」
『キミユメ』はこの前までテレビで放送されており、アニメのみを観ている人も多いだろう。
大筋の内容は小説もアニメも一緒だが、細かい所は違う箇所もある為、先にそれを確認しておかないと話が噛み合わない場面が出てきてしまうだろう、と僕は考えた。
「両方だよ。どっちもそれぞれの良さがあって良いよね!」
姫宮は顔をほころばせながら楽しそうに言葉を返した。
僕も姫宮とまったく同意見だったので大きく頷いた。
姫宮の表情を見て、本当に『キミユメ』が好きなのが伝わってきたし、なにより今まで語り合える人が居なかった僕にとって、こんなに近くに同じ趣味の人が居る事が分かって、僕はとても嬉しく感じた。
「姫宮さんは普段ライトノベルとか読むの?」
もしかしたら、他に僕が読んでいるタイトルを姫宮も読んでいるかもしれない。
そう思った僕は期待を込めて姫宮に尋ねた。
すると、姫宮は申し訳無さそうな顔をしながら頬を掻いた。
「実はまだあまり多くの作品を読んだ事がなくてライトノベル初心者なんだ」
その言葉を聞いて少し残念に思ったが、それよりも、姫宮が、『キミユメ』がきっかけでライトノベルに触れてくれた事を嬉しく思った。
「『キミユメ』は癖がある文章では無いから読みやすいよね」
「わかる! 普段、あまり本を読まない私でもスルスル読めた!」
大きく頷きながら勢い良く言う姫宮を見て、僕は一つ思った事があった。
「姫宮さん、『キミユメ』の話の中で知らない登場人物とか出て来なかった?」
突然の僕の質問に姫宮は不思議そうな顔をながら考え始めた。
「えっ、知らない登場人物? ……あっ、毎巻名前が出て来ない登場人物同士の会話が出てくるけど、もしかしてそれの事?」
姫宮の言葉に僕は頷いた。
「そう。実はその登場人物達は、『キミユメ』の作者の前の小説に出て来た主人公やヒロイン、そして、その仲間達なんだ」
「そうなんだ! ゲスト出演をしているんだね」
驚きながら言った姫宮の言葉に僕は頷いて応えた。
「そうなると、前の作品も読んでみたくなるね」
その言葉を聞いて、つい楽しくなって会話をしていたが、これは姫宮に小説を貸す流れになっているのではないか、と僕は思った。
とはいえ、「持って来るから読む?」と、僕から言うのもなんだか押し付けている感じがして恥ずかしい。
僕が一人で悩んでいると、隣で、「うーん、あれを我慢すれば買えるかな」と、悩ましい顔をしながら呟いている姫宮の姿が目に入った。
どうやら、小説を買う為のお金について悩んでいる様だ。
そんな風に悩んでいる姫宮を見て、姫宮と互いに好きな作品を語り合いたいという気持ちが僕の中で急に大きくなっていくのを感じた。
「姫宮さん、良かったら今度その小説を持ってこようか?」
そう思った僕は気が付けば、姫宮に声を掛けていた。
姫宮は僕の言葉に驚いた表情を浮かべると、「良いの? 嬉しいけど、重くない?」と、申し訳無さそうに言葉を口にした。
気を遣ってくれている姫宮に、心配無い事を伝える為に僕は右腕を曲げて力がある事をアピールしながら、「男子だから大丈夫」と、呟いた。
慣れない事を言うもんだからぎこちない笑みになっているな、と思っていると、隣で姫宮のクスッと笑う声が聞こえてきた。
その様子を見て、姫宮が少しでも面白く思ってくれたと思った僕はホッとした気持ちになった。
「瀬戸君ってさっきのもそうだけど、結構冗談を言うんだね。面白かったよ!」
姫宮の言葉に面白く返した方が良いのか、それとも真面目に返した方が良いのか、分からなくなった僕は結局、「ま、まあ、たまには?」という、何とも言えない様な返答をした。
そんな僕を見て微笑むと、姫宮は、「本、楽しみにしているね」と、楽しそうな口調で言った。
「楽しみにしている」、その一言が嬉しくて、僕は、「うん、楽しみにしていて」と、明るく言葉を返した。
そうして、姫宮と話をしていると、書庫の扉が開く音が聞こえた。
「二人ともお疲れ様。そろそろ時間だから上がって良いわよ」
僕と姫宮がそちらを見ると、山岡さんが入って来るところだった。
山岡さんはそう言ってカウンターの方まで来て、僕と姫宮を見ると、「あら」と、言って微笑んだ。
「二人とも、特に瀬戸君だけど、雰囲気が柔らかくなった様な感じがするわ。仲良くなったのね」
「はい、友達になりました!」
姫宮は山岡さんの言葉に間を開けずに答えると、僕の方を見て、「だよね?」と、尋ねた。
躊躇いもせずに、姫宮が僕の事を友達だと言ってくれた事が嬉しくて、「そうだね」と言うと、僕は姫宮の方を見て微笑んだ。
姫宮はそんな僕を見ると笑みを浮かべて微笑み返してくれた。
僕は姫宮の笑顔を見て、心が温かくなり、そして満たされていくのを感じたのだった。
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