完璧美人の姫宮さんが僕の前でしか見せない素顔がとても可愛い

宮田弘直

瀬戸君と姫宮さん

 ゴールデンウィーク明けの朝のホームルーム前のこの時間。

 教室では、クラスメイト達がこんな場所に遊びに行ったとか、こんな事をしたとか、連休中の思い出話で楽しそうに盛り上がっていた。


 そんな楽しそうな雰囲気の中、連休中はずっと部屋でライトノベルを読んでいて人に話すような出来事が無ければ、そもそも話す友達もいない、そんな僕、瀬戸せとなぎさ頬杖ほおづえをつきながらその様子をボーとしながら何もする事もなくただ眺めていた。


「なぁ、姫宮さん、今日も可愛いよな」


「そうだな。あんなに美人でオマケに性格も良いんだから、本当、天使みたいな存在だよな」


 そんな風に時間を潰していると、二人の男子が教室の前方を見ながら話しているのが目に入って、僕は男子達が見ている方に視線を向けた。


 見ると、そこには数人の男女が楽しそうに声を上げて話しているのが視界に入った。

 お洒落に疎い僕でも一目見ればすぐに分かるくらいその場にいる全員が身嗜みに気を使っていて、見事に美男美女の集まりが出来上がっていた。

 しかし、その美男美女の集まりの中でもとても比べ物にならないくらい、一番目立っている女子が一人居た。


 姫宮香織。


 長く黒い綺麗な髪に、化粧気が無いのにも関わらず、吸い込まれてしまいそうな程の大きい瞳。

 僕の学年だけでなく、学校中で姫宮は名が通っていて、「この学校で一番の美人は誰か?」という質問があったとしたら、全員が姫宮の名前を挙げるだろう。


「姫宮、今日、放課後にカラオケに行こうって話になってんだけど、一緒に行こうぜ」


 話が途切れたタイミングを狙っていたのか、姫宮の近くにいた男子が勢い良く姫宮に声を掛けた。


 やっぱり、姫宮はモテるのだな、と思っていると、姫宮が両手を合わせて申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「ごめんなさい、今日、図書委員の当番なの。また今度、声掛けて?」


 そんな下心見え見えの男子の言葉に、姫宮は優しく微笑んで答える。


 その笑顔に絆されたのか、男子は、「そ、それなら、仕方がない」と、答えると、顔が赤く染まっているのを隠す為か、頬を掻きながら姫宮から視線を外した。


 僕が言っても同じ様な反応は絶対に引き出せないだろうな、と思いながら見ていると、腰のポケットに入っているスマートフォンが振動した事に気が付いた。

 スマートフォンを確認すると、メッセージが一件届いていた。


『だから、今日もたくさん話そうね!』


 メッセージの送り主は、今見ていた姫宮からで、僕は驚くと、慌てて顔を上げて姫宮の方を見た。

 すると、その視線に気が付いた姫宮が僕に目を合わせると、一瞬だけ笑みを浮かべた。

 それは先程男子に向けていたものとは違ってとても無邪気で可愛らしい笑みで、気恥ずかしくなった僕は思わず視線を外した。


 姫宮とは、始めはただ同じ図書委員会に所属している、というだけの関係だと思っていた。

 しかし、友達がいない僕にとっては、唯一の話し相手に今ではなっていた。


 どうしてそのようになったのか。


 きっかけは一ヶ月前まで遡る。



 ♦︎




「そうしたら、次は所属する委員会を決めていこうか」


 高校二年生に進級して、新学期が始まった初日。

 教室の前方では、僕のクラスの担任である坂崎先生が黒板に委員会の名前を書きながら言った。


 それまで、適当に話を聞き流していた僕だが、その言葉を聞いて、意識を坂崎先生に向けた。


 コミュニケーションがあまり得意では無い僕にとって、この委員会決めはとても重大な問題だ。


 うっかり文化祭実行委員会の様なコミュ力お化けしかいないような委員会に入ってしまった日には、その中で上手く会話をする事が出来ない僕はすぐに悪目立ちをして、あっという間に空気の読めない奴というレッテルを貼られてしまうことだろう。

 そんな事になるのは絶対にごめんだ。


 この学校では生徒全員が何かしらの委員会に所属をしなければならない決まりになっている。

 となると、他人と積極的に関わる機会が少ない委員会に所属する必要があった。


 その数ある委員会の中で僕はある一つの委員会に狙いを定めていた。

 それは、昨年僕が所属をしていた図書委員だ。

 図書委員は定員が男女それぞれ一名ずつという狭き門のように感じるが、放課後に本の貸し出し当番をする必要があり、それを面倒に思ったのか、昨年は男子は僕以外に手を挙げた者はいなかった。

 加えて、女子にいたっては誰も手を挙げる事無く、結局、他の委員会に所属する事が出来なかった者が嫌々図書委員になっていた。


 当番は確かに面倒ではあるが、当番の仕事はそこまで忙しくは無いし、暇な時間で本を読んでいても場所が図書室であるので誰からも文句を言われる事がない。


 放課後はほぼライトノベルを読む事に時間を費やしている僕にとっては過ごし方はほとんど変わる事は無い。

 むしろ静かな環境で読書が出来る事に僕は利点を感じていた。


「じゃあ、次は図書委員を決めるぞ。まず、男子で立候補はいるか?」


 そんな事を考えていると、坂崎先生の声が聞こえてきて、僕は意識をそちらに向けた。


 自分が手を挙げる前に念の為、他の立候補をする男子がいないかを周りを見て、確認してから僕は手を挙げた。


「おし、それじゃあ、男子は瀬戸に決定だな」


 坂崎先生は僕の他に手を挙げる者がいない事を確認してから黒板に僕の名前を書いた。


 僕はそれを見て、ホッと一息ついた。


 教壇では坂崎先生が、「次は女子だな。誰かいるか?」と、聞いているが、今年も誰も手を挙げる事が無く、第一希望の委員会に所属をする事が出来なかった女子がもう一人の図書委員になる流れになるだろう。

 そう考えた僕は、ぼーっとして時間を潰す事に決めた。


 僕がそう思った時、「はい」という返事と共にざわめきが聞こえてきた。

 立候補をする女子がいるとは思わなかった僕は、誰が手を挙げたのだろうと確認をする為に視線をそちらに向けた。


 手を挙げていたのは、なんと姫宮だった。

 姫宮と言えば、この学校で一番の有名人だ。

 その姫宮なら文化祭実行委員会の様な人前に立つ様な委員会を希望するものだというイメージを抱いていた僕は驚いた。

 そして、周りも僕とほぼ同じようなイメージ抱いていたから、ざわめきが漏れ聞こえてきたのだろう。


 現に今も、「えっ、姫宮さん、図書委員希望なの?」や「マジかよ。同じ委員会になりたかったのに……」という声が聞こえてくる。


 クラスメイトの囁き声が熱を帯びてきて、ほとんどの男子の視線が僕の方を向いた。

 それを感じて僕は、この流れはまずいぞ、と感覚的に思った。


 人気者の姫宮と同じ委員会に入りたい男子は大勢いるだろう。

 そして、今現在その枠に収まっているのは、友達がいなくて物静かな僕だ。

 もしかしたら、自分が代わる事が出来るかも。

 そういう思いが乗っているだろう視線に晒されながら僕は、誰も何も行動を起こさないでくれ、と心の中で願った。


 そんな気持ちの僕を救ってくれたのは坂崎先生だった。

 教室の雰囲気を感じ取ったのか、「よし、他に手を挙げる人は居ないだろうから、女子の図書委員は姫宮に決定だな。よし、次を決めるぞ」と、言って、素早く話を次に進めてくれた。


 まだ何人かの男子が僕の事を見ていたが、何か言ってくる様な空気は感じられなかった。

 取り敢えずは凌げたようだ、とホッと胸を撫で下ろし、心の中で坂崎先生に感謝をした。


 そうして気持ちが少し落ち着くと、僕は姫宮の方に視線を向けた。

 すると、姫宮もこちらを見ていて、僕と視線が合うと、ニコッと微笑んでからペコリと会釈をした。

 その笑顔にどう返したら良いのかが分からなくなってしまった僕は、小さく頷き返すと恥ずかしくなって、すぐに姫宮から視線を外したのだった。



 やがて放課後になると、僕は早速本日行われる図書委員会の集まりに行く為に席を立った。


「あ、瀬戸君、私も行くから一緒に行こう?」


 僕の動きに気が付いた姫宮はそう言うと、周りに居た友達に、「また明日ね」と、声を掛けながら席を立つと、僕の隣に来た。


 てっきり別々に向かうものだと思っていた僕は、姫宮の突然の行動に戸惑ってしまった。


 学校の人気者である姫宮は常に注目の的だ。

 しかも、その姫宮が話し掛けている相手は普段からあまり積極的に他人と関わる事が無い僕だ。

 自分も姫宮と話したいという、周りの男子の羨望や嫉妬の視線を向けられながら、僕は上手い返しを思い付く事が出来なかった。


 すると、その様子を見た姫宮は、「場所は図書室だよね?」と、声を掛けてきた。


 恐らくその事を姫宮は知っているだろうに、質問形式なら僕が答えやすいだろうと見越して聞いてくれたのだろう。


 その事に感謝の気持ちを抱くと同時に、こういう気配りが出来るところも姫宮がこの学校で人気な理由の一つなのだろう、と僕は思った。


 そうして、僕は、「そうだね」と、呟くと、姫宮は、「了解。それじゃあ、行こうか」と、明るく言って歩き出した。

 僕は、「分かった」と、呟くと、姫宮の背中を追って教室から出たのだった。


「瀬戸君、ちゃんと話すのは初めてだよね。改めてよろしくね!」


 教室から出ると、すぐに姫宮が僕に話し掛けてきた。


 僕はグイグイ来るな、と戸惑いながらも、「うん、よろしく」と、冷静を装いながら言葉を返した。


 姫宮は僕の言葉に笑みを浮かべながら頷いて応えると、「図書委員を選んだって事は、瀬戸君は読書が好きなの?」と、軽い調子で尋ねてきた。


「そうだね。ライトノベルとかをよく読んでいるよ」


 姫宮相手にライトノベルが好きと告げるのは、なんとなく恥ずかしく感じた。

 しかし、どうせすぐに図書室の当番の暇な時間に姫宮の前で読む時に姫宮の目に触れる機会があるだろう、と思った僕は聞かれたこのタイミングで姫宮に伝えて反応を見る事にした。


「えっ! そうなの?」


 姫宮は驚きはしていたが、引いている感じではなく、むしろ好意的な反応の様に感じた。

 姫宮のその反応に、この話題をさらに深掘りした方が良いのか、それともそうしない方が良いのか、僕が思い悩んでいると、姫宮は図書室の扉を指差した。


「あ、つ、着いたよ!」


 その姫宮の慌てたような反応を見て、これはさらに深掘りをしなくて良かったな、と安心すると、姫宮の後に続いて僕も図書室に入った。


 僕と姫宮が空いている席に並んで座ると司書の山岡さんが入って来て、早速話が始まった。


 まずは、それぞれ自己紹介をする事になった。

 委員会以外ではあまり関わる機会や他者にあまり興味が無い僕は、図書委員会のメンバーの自己紹介をそんなに集中する事なく聞いていた。


 ふと、周りを見回すと、多くの生徒が僕と同じ様な態度で話を聞いている様子だった。


 しかし、自己紹介の順番が姫宮に回ってくると、その少し気怠げな空気が一変した。


「二年一組の姫宮香織です。図書委員は今年初めてで、上手く出来ない事も多くあると思いますが、頑張りますのでよろしくお願いします」


 言っている事は他の生徒と同じ筈なのに、姫宮が自己紹介を終えると、先程より大きい拍手を送られているのを見て、やはり、姫宮は他学年でも人気があるのだな、と改めて感じると、僕は自分の番が回って来たので、自己紹介を行う為に立ち上がったのだった。

 全員が自己紹介を終えると、次に当番を決める事になった。

 話し合いの結果、僕と姫宮は火曜日と金曜日の放課後の当番をする事になった。


「じゃあ、明日の当番は瀬戸君と姫宮さんか。瀬戸君は去年も図書委員をやってくれたから仕事内容は分かるわよね。姫宮さんに色々教えてあげてね」


 山岡さんの言葉に僕は、「分かりました」と、呟いた。


 すると、隣に座っていた姫宮が、「えっ」と、小さく声をあげた。


「瀬戸君って、去年も図書委員だったんだ」


 山岡さんが話している最中の為、姫宮は僕に大きく近付いて耳元で囁いた。

 姫宮の突然の行動に僕は焦りながらも、「う、うん、そうだよ」と、言葉返した。


 姫宮は、「成程」と、呟いて一人納得すると、「じゃあ、瀬戸君は先輩だね。よろしくお願いします、瀬戸先輩」と、笑みを浮かべながら呟いた。


 姫宮の突然のその行動に僕は嬉しいやら恥ずかしいやら感情がごちゃ混ぜになり、「え、いや、うん」と、よく分からない返し方をするのが精一杯なのであった。

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2024年11月30日 19:11
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完璧美人の姫宮さんが僕の前でしか見せない素顔がとても可愛い 宮田弘直 @JAKB

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