第15話 ガラの悪いライバル

「ねぇねぇ、本当は何があったっていうのさ。春瑠と2人で心配しながら只木君と栗花落さんを待ってた僕たちにはそれを聞く権利があると思うんだけど」

「だから何もないって言ってるだろ。喋るな小僧が」

「こっ、小僧⁉︎」


 ニマニマとうざったらしい笑みを浮かべながら話しかけてくる篠塚に僕は語気を強めて返答した。


 篠塚が僕と栗花落さんの間に何があったのか気になるのは仕方がないことだと思う。


 栗花落さんが目を覚まし体調が回復してから篠塚たちのところに戻った僕たちだったが、あからさまによそよそしかったからな。

 

 明日見さんのしたこととはいえ、付き合ってもいない男女が抱き付き、抱きつかれれば気まずくなりしばらくの間よそよそしくなるもの無理はないだろう。


 それでも、篠塚に何があったのか本当のことを伝えるわけにはいかない。


 僕たちはまだ誰にも前世の話をしたことが無いし、勿論篠塚たちにも前世の話をしたことはないので、栗花落さんの中に明日見さんの人格が戻ったことも勿論話せるわけがない。


 いつかは篠塚たちに協力してもらわなければならないタイミングがあるかもしれないが、僕たち自身が前世の記憶についてこれからどうしていくべきかを決めかねている状態で、おいそれと篠塚たちに前世の話をするのは得策ではない。


 あれから僕と栗花落さんは、これから僕は積極的に青谷君の記憶を思い出すために行動するべきなのかどうかをLINEで話し合った。


 今回僕が栗花落さんをお姫様抱っこで運んでいるときに青谷君の記憶を思い出し、栗花落さんの中に明日見さんの人格が復活したことを考えても、僕が青谷君の記憶を思い出すことが明日見さんの記憶が消え去ってくれるキーになることは間違い無いが、それと同じだけ栗花落さんの人格が明日見さんに乗っ取られる危険性もある。


 こんな状態では『じゃあ青谷君の記憶を思い出すか』と簡単に言うことはできない。


 僕たちは、僕が青谷君の記憶を思い出すだけで何の弊害も無く明日見さんの記憶も、そして僕が思い出す青谷君の記憶も一気に消え去ってくれると思っていた。


 それがまさか、人格を乗っ取られるなんて話になるのであれば、安易に青谷君の記憶を蘇らせるわけにはいかなくなってしまった。


 人格を乗っ取られるのが一瞬だけの話なら問題は無いだろうが、前例もないし一度人格を乗っ取られてしまったら最悪の場合、僕も栗花落さんも前世の人格に人格を乗っ取られ、僕たちの人格が2度と戻って来ないかもしれないのだから。


 それなら僕たちはこれからどうしたらいいのか、という話を栗花落さんと長時間繰り返した結果----。


 ……答えは決まらず、今のところ保留ということになっている。


 前世の記憶を思い出すべきかどうかに関しては、焦る理由が無い。

 

 理由があるとすれば、栗花落さんが自分の中から一刻も早く明日見さんの記憶を消したいことくらいだが、それを理由に焦って記憶を思い出して、取り返しのつかないことになっては本末転倒なので、この結論に関しては一旦保留にしてゆっくり考えることにしたのだ。


 ちなみに栗花落さんには、栗花落さんが倒れたタイミングで青谷君の記憶を思い出した、と少しだけ嘘を交えて記憶を思い出したことを伝えてある。

 本当は栗花落さんをお姫様抱っこしている最中の出来事だったが、事実通りに伝えてしまっては僕が栗花落さんをお姫様抱っこしていたことがバレてしまうからな。


「そう呼ばれたくないならこれ以上同じ質問は繰り返すな。何もなかったって言ってるんだから。これ以上同じ質問をされたところで同じ回答しかできないぞ」

「いやー、だって僕たちのところに戻ってきた2人の様子が明らかにおかしかったからさぁ。なんともなかったとは思えないんだよね」

「貧血で倒れた栗花落さんを運んだっていう時点ですでに何も無かったとは言えないだろ」

「まあそれはそうなんだけどさぁ」



「--おい。てめぇが只木か」




 僕が篠塚と割と大切な会話をしているところに突然割って入ってきたのは----すまん、誰かわからん。


「そうですけど、誰ですか?」

「だっ、誰ですかっててめぇ同じ学年の奴の名前も覚えてないのかよ⁉︎」

「あっ、いやっ、名前も顔も全部知りません」

「っんだと⁉︎ 喧嘩売ってんのかてめぇ!」

「喧嘩っていくらで売れるんですか? 1万円くらいなら買ってくれます?」


 僕は栗花落さんとの前世の話が行き詰まってしまったことや、篠塚との会話に割り込まれたことに少しだけイラっとしており、あからさまにガラの悪そうな男を煽るように発言をした。


「何わけわかんねぇこと言ってんだてめぇは! 俺は隣のクラスの鬼沢おにさわ愛牙あいがだ。ちょっと面貸せよ!」

「……普通に嫌ですけど」

「いいから来いよ。ちさちゃんに関する大事な話なんだ」

「ちさちゃん……? え、もしかして栗花落さんのことですか?」

「ああそうだよ。ちさちゃんって呼んで何か悪いのか?」

「いや、そういうわけではないですけど……」


 このガラの悪い男が栗花落さんのことをあまりにも可愛らしい呼び方で呼ぶので、僕は困惑していた。


 こんなにガラの悪い男と栗花落さんが知り合いだとは思えないし、知り合いじゃなかったとしてもその呼び方は……。


 悩める僕に答えをくれたのは篠塚だった。


「こいつは千吏ちゃんの幼馴染だよ。僕も中学の頃から知ってる」  

「幼馴染…………?」


 僕の目の前に突然現れたガラの悪い男、鬼沢愛きばはその見た目からは想像もつかないが、栗花落さんの幼馴染だった。

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