第16話 ライバルは知っている

 幼馴染か……。なるほど、小さい頃からの知り合いとなれば、栗花落さんがこのガラの悪い男と知り合いだと言われても違和感は無い。

 

「何でもいいから早く来い!」


 できれば言われるがままこの男、鬼沢についていくのは嫌なのだが、どれだけ拒否をしても諦めてくれなさそうな雰囲気だし、これ以上僕がついていくのを断れば、更に大きな声で喚き立て、教室の中で視線を集めすぎるので、僕は渋々鬼沢に従うことにした。


「わかったよ。行けばいいんだろ」

「最初からおとなしくそうしてろよクソが」

「すまん篠塚、ちょっと行ってくる」

「まあそんなだけど何か悪事を働くようなやつじゃあないから安心してついていけばいいと思うぞ」

「ご心配どうも」


 そうして鬼沢の後ろをついて教室を出ようとした僕だったが、鬼沢は突然立ち止まり、僕は鬼沢の背中にぶつかりそうになった。


「……おい、いくぞ、ちさちゃん」

「--あれ、愛君いたんだ。というか行くってどこに? ……えっ、理人君も? 2人って知り合いだったっけ?」

「そんなこたぁどうでもいいいいから早く来い」


 鬼沢は僕だけに用事があったわけではないらしく、幼馴染だという栗花落さんにも声をかけた。


 あからさまに僕に対しての方が語気が強かったんだが。

 まあ幼馴染に対してならそんな喧嘩口調で話しかれることはないんだろうけどさ。


 加賀崎さんたちと話題に花を咲かせていた栗花落さんだったが、鬼沢の言葉を無視することはできなかったようで、栗花落さんは加賀崎さんに一言声をかけてからこちらへとやってきて、僕たちは鬼沢の後ろをついて教室を出た。


 今の2人の会話の様子を見るに、やはり栗花落さんは鬼沢の幼馴染なんだろうな。

 栗花落さんは鬼沢のことを愛君と呼んでいたし、鬼沢のようなガラの悪い人間がちさちゃんと可愛らしいあだ名で栗花落さんを呼んでも何も不思議そうな顔はしていなかった。


 そう確信してはいたが、一応事実確認はしておこうと、僕たちの前をズカズカと歩く鬼沢の後ろで、小声で栗花落さんに訊いてみた。


「こんなやつと幼馴染って本当か?」

「ええ。両親同士が仲が良かったみたいで。こんな感じだけど意外とチョロいやつなのよ?」


 篠塚も安心していいと同じようなことを言っていたが、今のところまだこいつのどこがチョロいのかはわからない。


 まあ確かに僕自身なぜか鬼沢に恐怖を覚えることはあまり無かったんだけど。


 それから数分歩いて、僕たちは校舎裏に到着した。


「……おい只木」

「なっ、なんでしょうか」

「おまえ、今すぐちさちゃんと関係を切れ」


 その言葉を聞いた瞬間、僕は鬼沢が栗花落さんに好意を寄せているのだと確信した。


 どうせ鬼沢は栗花落さんのことが好きで、最近その周りをウロチョロしている僕のことが気に入らなかったのだろう。


 僕の知らないところで嫉妬心を抱いたり、僕みたいな陰キャが栗花落さんと一緒にいることで栗花落さんの価値が下がるだとか、そんなことまで考えていたのかもしれない。


 鬼沢の言いたいことはわかる。


 僕のような人間と栗花落さんが深い関係だと思われれば栗花落さんのブランドに傷をつけてしまうので、まだ学校では栗花落さんに気を遣って会話をしないようにしている。


 僕は栗花落さんと対等に会話をするのに相応しい人間ではない。

 

 自分ではそう理解していても、鬼沢のような私利私欲のために栗花落さんと関係を切れと言ってくるような人間の言うことを受け入れて実行することなんてできるはずがないし、そもそも実行する筋合いがなかった。


 何せ僕たちの関係が切れてしまったら、栗花落さんの中から明日見さんの記憶を消すことはできなくなってしまうのだから。

 今栗花落さんに協力できるのは、栗花落さんが前世の記憶を持っていることを知っている僕だけなのだから。


 私利私欲で僕の行動を制限しようとしてくる鬼沢に無性に腹が立った僕は、僕らしくもなく威勢よく啖呵を切った。


「おまえの言うことなんて聞けるわけがないだろ。なんでお前にそんなこと言われなきゃならないんだ。好きなのか? 栗花落さんのこと」




「--すっ、好きぃ⁉︎ そんなわきゃにゃーだろ! 俺とちさちゃんはあくまでただの幼馴染で、恋愛感情なんて一切抱いちゃあいねぇしそんなのあり得ねぇから! 確かに昔は結婚しようねなんて話をしたりしたこともあったがぁな、そんなのは昔の話で昔と今はなんの関係も無ぇんだからなぁ!」




 ……あっ、チョロいなこいつ。


 僕は思わずそう思ってしまっていた。


 これが栗花落さんの言っていた『チョロい』ということか。




 --鬼沢は所謂恋愛音痴なのだろう。




 きっと栗花落さんは鬼沢の自分に対する気持ちに気付いていて、その上で鬼沢といい距離感で関わっているのだろう。


 ただ栗花落さんが鬼沢の気持ちに気付いた上でこの距離感を保っているとなると、この恋は鬼沢の一方通行ということになる。


 もし栗花落さんも鬼沢に対して好意を抱いているのなら、すでに篠塚と加賀崎さんのような関係になっていないとおかしいからな。


 なんだか少しだけ鬼沢のことが可哀想に見えてきたな……。


「あーー……わかったわかった。それはわかったから」

「こるるぁぁぁぁぁぁぁぁ! 哀れみの目を向けんじゃねぇぇぇぇ! とにかくおまえはちさちゃんとの関係を切れ!」

「だからなんで鬼沢にそんなこと言われなきゃならないんだよ。君にはそんな権利無いだろう?」

「俺はちさちゃんのためを思って言ってんだ! おまえがちさちゃんと一緒にいると………………ちさちゃんがいなくなっちまうかもしれねぇんだからなぁ!」

「……え? 栗花落さんがいなくなる?」


 鬼沢の発言はどう考えても僕たちの前世の話を知っている人間の発言で、僕は石になったように硬直してしまった。

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