第17話 閑話

「にいにの馬鹿ぁぁぁぁぁぁ!」


 顔をグチャグチャにしながら僕に向かってそう叫んできた僕の妹、只木ただき有結あゆの表情が高校生になった今も頭から離れない。


 僕と有結は小さい頃から大の仲良しで、喧嘩をすることなんてほとんどなかった--というか一度も喧嘩をしたことがなかったと思う。


 性別は違うものの、家でおもちゃを使って遊ぶとなれば僕が電車で遊ぶときは有結も電車で、有結がメルちゃんで遊ぶときは僕も有結と一緒にメルちゃんで遊ぶほどの仲良しで、おもちゃの取り合いなんて一度もしたことがなかった。


 動画を見るときも僕が働く車の動画を見ているときは一緒に働く車の動画を見てくれていたし、有結がアンパンマンの動画を見ている時は僕も一緒にアンパンマンの動画を見ていた。


 おやつを食べるとき、個包装のチョコレートが奇数しか入っていないとなれば僕たちはお互い譲り合い、むしろ相手が食べないと機嫌が悪くなるくらいだった。


 親が買ってきたペアルックの服が大好きで、毎日親にお願いして洗濯をしてもらい、夜のうちには洗濯を終えベランダに干してもらい、翌日には着ることができるようにしてもらっていた。


 ご飯を食べるときも、保育園に行くときも、歯を磨くときも、お風呂に入るときも、ドライヤーをするときも、おねしょをするタイミングも、くしゃみをするタイミングも、風邪を引くタイミングも--。


 何もかもが一緒で、このまま結婚したいと言い出すのではないかと親が心配するくらいの仲良しだったのだ。


 そんな僕が有結を初めて怒らせ、泣かせてしまったとある事件。


 それは僕が小学校3年生、有結が小学校1年生になって迎えるクリスマスの日に起きた。


 あの年のクリスマスは大雪。


 シンシンと降り続く雪を窓から眺め、ホワイトクリスマスだ! なんてはしゃいでいたのをよく覚えている。


 大雪の中をトナカイが引っ張るソリに乗って飛び回り、プレゼントを配って回るサンタさんの姿を想像し、もしかしたらサンタさんに会えるのではないか、なんて期待に胸を膨らませていた。


 子供がクリスマスにすることといえば、サンタさんにプレゼントをお願いすること。


 僕はゲームソフトをお願いして、有結は女児向けアニメ、プリキラに出てくるコンパクト型の変身アイテムをお願いしていた。


 相変わらず仲がよかった僕たちではあるが、年齢を重ねるというのは罪なもので、この頃から僕は若干ではあるものの有結と距離を取るようになっていた。

 それもあり、小学生になってもプリキラのことが大好きで、プリキラに出てくるコンパクトをサンタさんにお願いした有結のことを僕は陰で小馬鹿にしてしまっていた。


 小学生1年生でプリキラが好きな女の子なんてたくさんいるだろうし、何も悪いことじゃない。

 それこそ大の大人になってもプリキラなことが大好きな大人のお友達だっているというのに……ってそんな話は置いておくとして。


 そしてクリスマス当日、25日の朝、僕は誰より先に目が覚めた。


 目が覚めると枕元には大きな靴下に入れられたプレゼントが置かれており、僕は目を輝かせながら一目散に自分のプレゼントを開けて、ゲームソフトを手に入れた。


 サンタさんはすごい。


 直接伝えたわけでもないのに毎年のようにこうしてプレゼントを運んできてくれるのだから。


 今すぐにでもゲームをプレイしたいと思った僕だったが、今日は終業式で、学校に行く準備をしなければならず、ゲームを楽しむほどの時間は無かった。


 そんな僕の目に写ったのは、まだ靴下の中に入れたままにされている有結のプレゼントだった。


 そして僕は、なぜかだかわからないが有結のプレゼントを開けたくなってしまった。


 以前のように一度も喧嘩をしたことがないくらい大の仲良しであれば、有結からプレゼントを開ける楽しみを奪うようなことはしなかっただろう。


 しかし、少しだけ有結のことを小馬鹿にし始めていた僕は、開けてしまってもすぐに袋に戻せばいいだろうと、まだ有結が寝ているウチに有結のプレゼントを開けてしまったのだ。


 中身は当然プリキラの変身アイテムで僕が欲しい物ではなかったが、プレゼントの包装を開けるという楽しみを僕は満喫することができた。


 そしてご察しの通り、有結は僕が有結のプレゼントを靴下の中にしまう前に目を覚ましてしまう。




「えっ、それ有結のじゃないの……?」




 その時の有結の表情を見た僕は、心にズキッという痛みを感じた。


 僕だって昨日の夜はサンタさんからのプレゼントを楽しみにそれはもうワクワクして眠りについたのだから、それはきっと有結も同じことだっただろう。


 そんな有結から、僕はプレゼントを開けるという楽しみを奪ったのだ。


「えっ、あっ、うん。そうだけど……」 

「なんで⁉︎ なんでにいにが有結のプレゼント開けちゃったの⁉︎」


 有結が普段見せない大声に、両親も飛び起きて、何事かと目を丸くする。


「……ごめん。興味本位で……」

「だってプレゼントは1年1回しかもらえないんだよ⁉︎ もう1年後にしか有結はプレゼント開けられないんだよ⁉︎」

「い、いいじゃん別に。プレゼントの中身はこうしてちゃんとここに--」

「そういうことじゃない! 有結はプレゼント開けるの楽しみにしてたの! それなのになんで有結のプレゼントを勝手ににいにが開けたの⁉︎」

「……だから謝ってるじゃん。ごめんって」

「--っ‼︎ にいにの馬鹿ぁぁぁぁぁぁ!」


 そう言って有結は寝室を飛び出して行った。


 それから僕は両親にきつく叱られ、自分のしでかしたことの重大さに気付かされた。


 有結のいう通り、クリスマスは--プレゼントを開けるという楽しみは1年に1回しかやってこない。


 大人にとっての1年なんて早いものなのだろうが、子供にとっての1年はそれはもう長い物で、大人の体感10年が子供にとっての1年くらいなものだと言っても過言ではないほど長く感じる物だ。


 そんな貴重な楽しみを、僕は奪ったのだ。


 その日は終業式だったこともあり、僕たちは学校に行ったが、普段は周りの目なんたら気にせず仲睦まじく会話をしている僕たちだが、学校に到着するまでの間に僕と有結の間に会話はなかった。


 有結に怒られたとき、素直に謝罪しておけばこんなことにはならなかっただろうか……。


 そんなことを考えながら登校した僕だったが、その日に学校があったというのは幸いなことだったんだと思う。


 僕は学校にいる間に、有結に謝ろうと決心することができたのだ。


 冬休みに入りずっと家にいる状態になってしまったら、頭を冷やして謝ろうだなんて考えに至ることもなかっただろう。


 そうして家に帰ってきた僕は、誰もいない自宅に入り、有結に謝るために、何かできることはないだろうかと考え家の中を右往左往した。


 そして僕が考えた有結に対する謝罪の方法。


 それは両親が帰ってきたら有結のために一緒にケーキを作ろうというものだった。


 有結は帰ってきてから友達の家に遊びに行くと言っていたし、気付かれずにケーキを作る時間はたっぷりある。




 --しかし、それは叶わなかった。




 僕は両親が帰ってくるまでクリスマスプレゼントでもらったゲームソフトをプレイしていた。


 どうせ1人では材料も買いにいけないし。


 すると唐突に普段より大きな音で玄関が開けられ、僕は玄関の方へと視線を向けた。


「理人! 理人ぉ!」


 リビングの扉の向こう側から父さんが僕の名前を叫ぶ声が聞こえてきて、僕は何事かと座っていたソファーから腰をあげた。


 そうして勢いよく開けられた父さんは顔面蒼白で、それでいて真夏のように汗を垂れ流していた。


「理人!」

「どっ、どうしたの。父さん。そんなに急いで」

「いいから早く行くぞ!」

「行くってどこに?」

「----病院だ!」




 それからのことはあまり覚えていない。


 ただ、病院に着いたときにはすでに母さんは泣き崩れ、それを見た父さんも泣き崩れ膝をついていたことだけは覚えている。


 有結は学校からの帰り道、車に跳ねられ病院に運ばれて、そのまま息を引き取ったのだ。


 それは奇しくも僕がホワイトクリスマスだと言ってはしゃいでいた雪による事故だった。


 雪道を走っていた車が坂道でスリップしてしまい、ブレーキをかけられずそのまま有結に突っ込んだらしい。


 車にだって悪意があったわけではない。


 ちゃんとスタッドレスは履いていたらしいし、運転手に落ち度は無いとのことだった。


 もちろん何かしらの刑罰は受けることになるんだろうけど。


 突然のことすぎて、僕はしばらく涙を流すこともできず、自宅に帰ってからもただボーッとして天井を眺めることしかできなかった。


 そんな僕に、母さんが声をかけてくれて、とある事実を、僕がその先の人生でずっと共にしていく優しい事実を話してくれた。


「あのね、実はあの日の朝、有結、学校に行く前にね、お兄ちゃんに謝りたいって言ってきたの」

「……え?」


 有結が謝る? なんで? 有結が僕に謝る必要なんてない。謝らなければならないのは僕の方なのだから。


「感情的になっちゃった自分を酷く攻めててね。それで私にこう言ったの。『お兄ちゃんに謝るために帰ってきたら一緒にケーキ作って』って」


 その瞬間、僕は有結がこの世からいなくなって初めて涙を流した。


 これまで何をするにも一緒だった僕と有結。


 しかし、年齢が進むにつれて一緒ではなくなることも少しずつ増え、このまま一緒じゃないことが増えていくんだろうかなんて思ったこともあった。


 しかし、やっぱり考えることは一緒だったんだ。


 僕だけじゃなくて、有結もケーキを作って謝ろうとしてくれていたんだ。


 そう思ったら胸がいっぱいになって、どうすることもできない感情を僕は涙として吐き出した。


 今でも思う時はある。


 僕があの時あんなことをしていなければ、僕があの時素直に謝罪をしていれば、学校に行く時に一度でも有結に声をかけていれば--。


 そうすれば有結とずっと一緒に生きていられた未来があったのではないかと。


 そんな後悔を背負って生きてきた僕に、希望をくれたのが栗花落さんだった。


 希望と言ったって、ただ前世から生まれ変わりという事象が起こっている可能性があるということが分かっただけで、有結が蘇るわけでも、僕の後悔が消え去るわけでもない。


 ただ、前世があって生まれ変わりがあるかもしれないと分かった瞬間、僕は思ったんだ。


 今この瞬間も、どこかで誰かに生まれ変わった有結が楽しそうに生きていられればいいなと。


 その可能性があると分かっただけでも、僕の心はだいぶ救われる。


 これから僕が青谷君の記憶を思い出すべきか出さないべきかはまだ決まっていないが、少なくとも前世の人格を、明日見さんと青谷さんの人格を敵対視するのではなく、寄り添って物事を考えて行けたらいいなと、そう思ったのだった。

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