第14話 会えなくなる恐怖
明日見さんの人格になってしばらくは僕--青谷君に会えたことで喜びを爆発させていた明日見さんだったが、なんとか落ち着きを取り戻してくれた。
正直僕自身はまだ栗花落さんの人格が明日見さんの人格と入れ替わってしまったことを受け入れられてはいないが、今は動揺するよりもできることをしなければと、明日見さんから前世の記憶を消すためのヒントを得るためいろいろ話を訊くことにした。
「明日見さんは本当に栗花落さんの前世なのか?」
「うん。私は千吏ちゃんの前世。普段千吏ちゃんと一緒にいる只木君からしてみれば全く別人に思うだろうけど、実際は別人じゃなくて同じ魂に宿った別の人格なの。だからどちらかといえば別人というよりも同一人物って感じかな」
同じ魂に宿った別の人格……。
イメージが沸きづらいが、僕たちの知らないところで本当に輪廻転生的な生命のループが行われていて、同じ魂が別の体に宿り、別の人格を形成しているということなのだろうか。
にわかには信じがたい事実だが、それが事実だと証明するだけの出来事が今まさに目の前で起きてしまっているからな……。
信じがたいし信じたく無い事実だが、真実だと理解せざるを得なかった。
「あの、一つだけ言わせてもらってもいいか?」
「ん? どうかした?」
「僕の上から降りてくれ」
突然前世の話を切り上げて別の話をしたのは謝る。
でも仕方がないじゃないか。あぐらをかいて座っている僕の足の上に、明日見さんが体育座りで小さく丸まりながら座っている状態でまともな話なんてできるわけがないんだから。
栗花落さんは元々小柄だし、ヒョロい僕にでもお姫様抱っこをできるくらい軽いので重さが気になることはない。
僕が気にっているのは、周囲からの視線、そしてお尻の感触だ。
僕の上に座っているのだから、自ずと栗花落さんのお尻の柔らかい感触が僕の足に直接伝わってきてしまう。
わらび餅のようなプルプルさだが、それ以上に反発力があり、僕の足を包み込むような感覚--。
これはもうアレだろ、僕は知らないけどもうお尻とおっぱ--胸部って同じなのではないだろうか。
今僕の足に栗花落さんの胸部が押し当てられているといっても過言ではない気がしてきた。
……頭を冷やせ僕。
流石にお尻と胸部が同じ感触なわけないだろう。
きっと胸部はもっとこう、収まりが良くてスベスベで、綺麗なピンクで--ってだから何を考えてるんだ僕はぁぁぁぁぁぁぁぁあ!
「やだ」
やだ、じゃないんだよなぁ。
早く僕の上から退いてもらわないと、僕の理性が吹き飛んでしまいそうなんだ。
明日見さんにはわからないかもしれないが、今座っている場所は非常にまずい、色々まずい。
理性が吹き飛ぶと同時に、僕という存在自体が吹き飛んでしまう可能性もある。
というかこの場合、僕は栗花落さんか明日見さん、どちらに性欲を向けていることになるんだろうか?
いや、そりゃ向けているとしたら今初めて会ったばかりの明日見さんではなく栗花落さんの方だろうけど。
てか栗花落さんに性欲なんて汚いもの向けてるんじゃねぇよこのケダモノが。
「……降りてくれ」
「やだ」
「頼む、降りてくれ」
「やだ」
「なんでそこまで頑なに降りようとしないんだよ……。今の僕は青谷君じゃなくて只木理人なんだぞ?」
「私は君の中にしっかり涼介君を感じてるの。私からしたら今涼介君の上に座ってる気しかしてないの。なら久々に会えたんだから密着しておかないと勿体無いじゃん!」
「あーもうどうでもいいけどせめて人目につかないところでやってくれ! 減るもんじゃないんだから!」
なんだこれ、明日見さんまで加賀崎さんと同じように距離感バグってるタイプの人間なのか……。
いや、でもカップルってこんなもんなのかもな。
実際こうして彼女が彼氏の上に座っている光景は街中とか、ネットニュースとかで何度か目にしたことがあるような気がするし。
明日見さんは僕の中に青谷君を感じて僕の上に座ってきているので気にならないだろうが、僕からしてみれば栗花落さんが僕の上に座っているのと同じなんだからな?
あれ、そう考えたらこの状況、栗花落さんに見られたらめっちゃ怒られそうだな怖い。
まあ今は明日見さんの人格なので、栗花落さんに明日見さんが栗花落さんの体で僕の上に座っていることに気付かれることはないだろうけど。
あれ、でもそういえばさっき明日見さん、名前も教えてないのに僕のこと只木君って……。
「--減るもんじゃないけど、そうしたいと思った時にそうしないと、2度と叶わないことだってあるんだから」
そう真剣な声で話す明日見さんの言葉には重みがあった。
そうだ、今こうして面と向かって話せてしまっているがゆえに忘れていたが、明日見さんはもうこの世にはいない人間--要するに死んでしまった人間なんだ。
若くして亡くなってしまった明日見さんには、きっとやりたいと思ってやれなかったことがたくさんあるのだろう。
そして亡くなってからもあれをやっておけばよかったと後悔したことがたくさんあるはずだ。
だからこそやりたいと思った時にやりたいことをやるというのが明日見さんの考え方なのか。
というか、明日見さんたちって何歳でこの世を去ったのだろうか。
栗花落さんからたまに滲み出てくる明日見さんといえば、青谷君のことが好きすぎる女の子。
その様子を見ていると、長年付き合ってきた熟年夫婦というよりも、やはり熱々な高校生カップルのように見える。
それに栗花落さんも『私、前世であなたと付き合ってたの』って言っていたので、結婚をするような年齢ではなく、初めて男女のお付き合いをするような年齢だと考えるのが妥当だろうか。
やはり明日見さんは僕たちと同じ学生だったのだろう。
僕たちと同じ年齢で死を迎える……。
そんなの想像がつかないし、想像したくもない。
前世の記憶を持って生まれる人は、前世に大いなる心残りがある場合だと聞いたことがあるので、明日見さん、そして青谷君は前世でやり残した大きなことがあるということになる。
そう考えると、こうして人格が蘇った明日見さんに冷たくすることはできなかった。
「……じゃあ後5分だけな」
「……ふふっ。やっぱり優しいんだなぁ。涼介君は前世でも今世でも。……でも大丈夫。もうあと1分もしないうちにいなくなるから」
「……へ? いなくなる?」
「うん。そろそろ千吏ちゃんと交代みたい」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ! 交代⁉︎ どういうことだよそれ⁉︎」
「そのままの意味だよ。私が消えて、千吏ちゃんの人格が戻ってくるの」
「まっ、待ってくれ! まだ訊きたいことを何も訊けてないんだ!」
「千吏ちゃんが話してないってことは、君には話さないほうがいい--要するに君は聞かない方がいいってことなんだよ」
「そっ、そうだとしても--」
「ごめんね。もうタイムリミットみたい。それじゃあまたね。涼介君、只木君」
「--------っ⁉︎」
そう言いながら明日見さんは僕に抱きついてきて、僕は思わず硬直してしまった。
これはあくまで明日見さんだ、明日見さんだ、明日見さん明日見さん明日見さん明日見さん明日見さん明日見さん明日見さん----‼︎
「……--なんってとこで変わってくれてんのよあの子はぁ!」
「ベファッ--------⁉︎」
この世は理不尽だ。
あまりにも理不尽すぎる。
なんで僕は何もしていないのに、それどころか栗花落さんをここまで連れてきて優しく看病してあげていたというのに頬を思いっきり引っ叩かれたのだろうか。
そうして頬を叩かれた僕は芝生に倒れ込んだ
「あっ--。ごっ、ごめんなさい……。大丈夫?」
「……もう無理。家まで運んでくれ」
「運べるわけないでしょ⁉︎」
理不尽に頬を叩かれた僕だったが、この痛みが栗花落さんが戻ってきたことを証明してくれていた。
「……どうだった? 明日見さんと入れ替わった感覚は」
「……不思議な感覚だったわ。いつもは一人称なのに、突然三人称視点で自分を見ているような感じ……」
あっ、てことはやっぱり僕の上に座っていたことも……。
僕は怖くて栗花落さんと視線を合わせることができなかった。
「僕が一番気になってるのは、栗花落さんは青谷君の記憶が戻れば明日見さんは成仏して記憶が消えるって言ってたよな。それは事実なのか? 最悪さっきの栗花落さんと明日見さんみたいに、栗花落さんは明日見さんに、僕は青谷君に人格を乗っ取られるだけって可能性はないのか?」
「……ごめんなさい。100%そうならないとは言い切れないわ。……でも明日見さんからそんな悪意は感じなかった」
悪意を感じない。
それはあくまで栗花落さんが今回明日見さんと人格が入れ替わったときに感じた曖昧な感覚であって、そんな不確かなものに僕の今後を任せるわけにはいかない。
僕自身が自覚を乗っ取られるかも怖いが、何より栗花落さんに会えなくなるのは……。
あれ、今僕は何を考えて?
自分が乗っ取られるよりも栗花落さんが乗っ取られる方が怖いだなんて、そんなはずはないんだが……。
「……わかった。とりあえず戻ろう。加賀崎さんたちが心配してるだろうし」
そして僕たちは篠塚と加賀崎さんの元へと戻り、そつなくダブルデートをこなした。
栗花落さんから引き離された加賀崎さんに、パンケーキを奢れと脅され、奢る羽目になったことだけはどうにも納得がいかないけれども、
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