第13話 同じはずなのに違う表情

「……あれ、私……」

「おはよ。って言ってももうお昼過ぎだけどな」


 何とか芝生の広場まで栗花落さんを運んでくることに成功した僕は、芝生の上に栗花落さんを寝転がせ、その横で自分も寝転がっていた。


 お姫様抱っこしている時に女性らしい細くて華奢なボディーラインを感じたり、芝生に栗花落さんを置いてからもスヤスヤと眠っている栗花落さんの可愛らしく穏やかな表情に見惚れてしまっていたのは内緒である。


 スヤスヤと心地良さそうに眠る栗花落さんの表情にほっと胸を撫で下ろしながらも、いつ目を覚すのか、このまま目を覚まさないのではないか、なんて不安にもなり揺さぶって起こしてみようかとも思ったが、木陰で心地良さそうに眠る栗花落さんを無理やり起こすことはせず、自然に目を覚ますのを待っていた。


「……貧血で倒れたのね。ごめんなさい。迷惑かけて」

「迷惑だなんてそんな、一緒に遊びに来た友達が倒れたら心配することはあっても迷惑だなんて思うことは無いよ」

「いや、絶対迷惑だったでしょ。ここまではショッピングモールのスタッフさんか誰かが運んでくれたの? それともまさか理人君が?」

「……スタッフだよ。栗花落さんが倒れてすぐスタッフさんが駆け寄ってくれてさ。僕みたいな線の細い人間に栗花落さんを運べるわけないだろ」


 栗花落さんを運んだのが僕だという事実を栗花落さんに伝えることはできず、僕はスタッフさんが栗花落さんを運んでくれたことにした。


 僕に運ばれたと知ったら僕が栗花落さんの体に触れたことに嫌悪感を覚えるだろうし、意外と真面目な栗花落さんのことなので、迷惑をかけたと後で何かしら菓子折りを持ってきて謝罪をしてくるかもしれない。


 そんな物を僕は求めていない。


 僕はただ貧血で倒れた友達を運ぶという当たり前の行動を取っただけなのだから、その程度のことに気を遣ってもらう必要は一切ないのだ。


「……それもそうね。理人君たちに迷惑がかかってなくて安心したわ」


 自分が倒れて大変な時に、自分の体のことではなく他人に迷惑をかけたことを心配しているのだから、やはり栗花落さんは最初の自分勝手な印象とは全く違って優しい人間なのだろう。


 こんなときくらい自分のことを第一に考えたって誰にも文句は言われないだろうに……。


 前世の話になると周りが見えなくなってしまうこともあるが、栗花落さんに関してはそれくらいで丁度いいとさえ思う。


 そうでなければ、栗花落さんはきっとこれからも自分ではなく他人を優先した生きづらい人生を送っていくのだろうから。


「まあ全く迷惑だなんて思ってないから安心してくれていい。ほとんど説明もなく無理やりナゴヤドームに連れて行かれたときは迷惑だっけど」

「--っ。……ごめんなさい。迷惑ばかりかけて」

「でもあの時くらい自分勝手になってもいいと思うけどな」

「……え?」

「とにかく何事もなくてよかった」

「えっ、そのっ、今のは--」

「よしっ、早く篠塚たちと合流するか。あの2人には栗花落さんが起きるまで2人で遊んでてくれって言ってあるからまだショッピングモールの中にいると思う」


 僕は『あの時くらい自分勝手になってもいいと思う』という発言の真意を問われないよう栗花落さんの言葉に被せて会話を進めた。


「えっ、えーっと……お気遣いありがと。もう元気になったしそろそろ戻りましょうか。これ以上迷惑をかけるわけには--っ」

「どっ、どうした? 大丈夫か?」


 元気になったと言ったそばから、栗花落さんは突然頭を抑えて痛みを感じ始めた。

 

 まさかまた貧血⁉︎ それとも貧血以外の別の何かなのか⁉︎


 ようやく目を覚ましたと思っていたのに再びやってきた悪夢に、僕は焦りを隠すことができなかった。


「だっ、大丈夫、ちょっと頭が痛いだけだから--痛っ--------」

「栗花落さん! 栗花落さん⁉︎」


「……」


 栗花落さんは頭を抱え込んだまま、痛みに耐えるように下を向いた。


「えっ、栗花落さん、栗花落さん? 大丈夫なのか?」

「……」

「……栗花落さん?」

「…………………………んっ」

「うぉっ、えっ、栗花落さん……?」


 心配になった僕が栗花落さんの顔を覗き込もうとした瞬間、栗花落さんは突然ムクッと顔を上げ、無表情で遠くを見つめ始めた。


 突然どうした?


 ようやく目を覚まして元気になったと思っていたのに、突然痛みを感じ始めたと思ったら今度は人が変わったようにボーッとして遠くを見始めて……。




 ……………………人が変わった?




 まっ、まさかっ------------。


 そう思った瞬間、栗花落さんは顔の角度を変え、僕に視線を合わせた。


「----涼介君っ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎」

「ゔゎぁっ⁉︎」


 まっ、まさか、まさかそんなはずはない。


 栗花落さんは確かに明日見さんの記憶を持っており、その記憶に影響されて自分の感情が明日見さんの感情に引っ張られてしまうというのは知っているが、こんな、こんな話は聞いていない。




 ----明日見さんの人格が蘇るなんて聞いてないぞ‼︎




「うわぁぁぁぁ涼介君だぁぁぁぁ、ふぁぁぁぁぁぁ、まさかまた会えるなんて、うぅ、うぅ、ぅぅ……涼介君涼介君涼介君涼介君涼介君涼介君涼介君涼介君ぅぅぅぅん! また会えてよかったよぉぉぉぉぉぉぉぉ」

「ちょっ、ちょっと待て! 僕は涼介君じゃない! 僕は只木理人だ!  確かに涼介君--青谷涼介君の記憶を持ってはいるけど……」

「うん。それは知ってる。そもそも涼介君と只木君じゃあ外見が違いすぎるし」

「グフゥ⁉︎」


 この切れ味、既視感を感じる。


「でも君の中に、只木君の中に確かに涼介君を感じるの。君は只木君だけど、絶対に涼介君だ。……ふぇぇぇぇぇぇん涼介くぅぅぅぅぅぅんまた会えてよがっだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」

「ちょっ、ちょっ、泣くな、泣くなって。泣く前にひとつだけ確認させてくれ」

「……何を?」


 グスンッ、と涙を啜る栗花落さんの表情は、僕が知っている栗花落さんの表情であるはずなのに、なぜかその表情を見るだけで、これは栗花落さんではないと、そう理解できてしまう程に普段の栗花落さんとは全く違う表情をしていた。


 正直もう確認なんてしなくてももうわかっている、わかっているが、それでも確認しなければ気が済まない。


「……君は明日見さん、明日見二梛さんなのか?」

「……うん。二梛は二梛だよ?」


 頼むから否定してくれと思って質問をした僕だったが、その願いも虚しく僕が今相対しているのは栗花落さんではなく、栗花落さんの前世、明日見二梛さんということが確定してしまった。

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