第11話 便利な言い訳
栗花落さんに手を握られて緊張モードの僕を余所に、プラネタリウムは始まった。
その内容は、僕が昔見た淡々と星座を説明するだけのつまらないプラネタリウムとは打って変わって最近の若者に向けた仕様になっていた。
日本に住んでいれば普段は見ることのできないイタリアの街中や夜空を楽しめるという内容で、ただ淡々と星座を説明されるだけのプラネタリウムと比べると没入感がすごかった。
まず最初に映し出されたのはローマ市内のマルス広場にあるパンテオン。
パンテオン自体を綺麗だと思うことはなかったが、テレビで見たことあるかも、というだけで僕の意識は完全にプラネタリウムに引き込まれ、栗花落さんと手を握っていることを忘れてしまうほどだ。
日本では見ることのできない建造物の雰囲気に非日常感を覚えながら、ドーム型のパンテオンの頂きに空いた円形の窓からイタリアの星空への旅が始まった。
日本からは相当距離のあるローマだが、実は東京と同じような夜空が見えるらしく、それは東京とローマの緯度があまり変わらないかららしい。
いくら同じような星空が見えるとはいってもそこは流石プラネタリウム。
大袈裟に煌びやかに映し出された星空は普段見ている星空の何倍も綺麗だった。
続いて映し出されたのはトスカーナ地方に位置するシエナ大聖堂。
実際に歴史的建造物の目の前にいるような感覚に少なからず感動し、そしてシーンは再び星空へ。
先ほどと同様に大袈裟に煌びやかにされた星空が映し出され、イタリアの星空が本当にこれほど綺麗なのだとするならば、高いお金を支払ってでもイタリアまで行ってみたいと思うほどの星空だった。
豪華絢爛な星空ではあったが、僕はそんな星空に親近感も感じていた。
普段見ている星空よりも煌びやかで綺麗に見えるのに、どこか安心感がある。
きっと知らない地で何かに迷ったとき、空を見上げて光り輝く星々を見れば安心感を覚えることができるのだろうと、そう思わせてくれる星空だった。
離れていても空は繋がっている、とはよく言ったものである。
……青谷君や明日見さんも、僕の知らない地で、見慣れた星空を見て安心感を覚えていたのだろうか。
まあ僕の知らない地とはいっても、ナゴヤドームに行ったことがあるくらいなので意外と近場に住んでいた可能性はあるんだけど。
前世なんてものが存在しているとは未だに信じられてはいないが、栗花落さんは青谷君と明日見さんが星空を見たことがあるとと言っていた。
それが事実だとするならば、こんな煌びやかで安心感のある星空を、僕の妹、
思わず有結のことを考えてしまった僕の頬には自然と涙が伝った。
突然溢れ出してきた涙に自分でも驚きながら、涙を流しているところを栗花落さんに見られるわけにはいかないと、僕は急いで涙を拭いた。
そして栗花落さんが僕の方を見てニマニマしているのでは無いかと、恐る恐る栗花落さんの方を見た。
「えっ--」
僕の方を見てしたり顔を浮かべる栗花落さんを想像しながら栗花落さんの方を見た僕は目を丸くした。
僕と同じように、栗花落さんの目尻からツーッと一筋の涙が流れていたのだ。
そして僕は焦って視線をプラネタリウムへと戻した。
栗花落さんも僕と同じように、青谷君や明日見さんへの思いを馳せていたのだろうか。
まだ前世があると完璧に信じてはいない僕が青谷君と明日見さん、そして有結のことを考えて涙を流してしまうのだから、栗花落さんは僕以上に感情移入してしまうはず。
栗花落さんが涙を流すのは当然のことだった。
ただその涙が、栗花落さんが流した涙なのか、明日見さんが流した涙なのか、それを僕が知る由は無かった。
その涙を見た僕は改めて決意する。
栗花落さんから明日見さんの記憶を消してやろう--そして明日見さんを青谷君に会わせてあげるため、とは言っても人格が直接会うわけではなく記憶同士がって話だが、そのために僕は死に物狂いで青谷君の記憶を思い出そうと。
そう決意した僕は星空へと視線を戻す。
そして栗花落さんが前世に思いを馳せて涙を流していると言うのに、不謹慎にもこんなことを考えてしまうのだった。
--栗花落さんが流した涙は、どんなイタリアの歴史的建造物や、プラネタリウムで大袈裟に煌びやかに演出された星空よりも、綺麗で、美しくて、尊かったと。
◆◇
プラネタリウムが終わって栗花落さんの方を見ると、涙はすっかり止まっていた。
涙を流していた瞬間を僕には見られたくはなかったはずなので、ここは気付かなかった、何も無かったフリをしておくとしよう。
僕はどの紳士ともなればそれくらいの気遣いは朝飯前である。
「昔見たプラネタリウムと比べるとよっぽど綺麗だったな」
「そうね。どこかの誰かさんが涙を流すくらいには綺麗だったわ」
「なっ--、みっ、見たのか⁉︎」
「焦って拭いたって遅いわよっ」
せっかく僕が気を遣って栗花落さんが涙を流していたのをなかったことにしてやろうと思っていたのに--ッ。
それならと、僕は応戦を開始した。
「それをいうなら栗花落さんだって、どうだ私の涙綺麗だろ! って言わんばかりの涙流してたけど!」
「なっ--、みっ、見てたの⁉︎」
「ああ見たね。しっかり見た。この目に焼き付けておいたよ。加賀崎さんに煽られたからって僕のことを煽ろうなんてそうは問屋が卸さないぞ」
「私は仕方ないの! だってあれは明日見さんの記憶のせいで流した涙で私が流した涙じゃないんだから!」
「はいはいわかったわかった。便利な言い訳ですね」
「なっっっっっっっっっつ、いっ、言い訳じゃ----」
ドタンッ、という鈍い音が鳴り響いた。
「……え、栗花落さん⁉︎」
僕たちが言い合いをしながらカップルシートから立ち上がった瞬間、栗花落さんはその場に倒れ込み意識を失った。
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