第10話 タダでは転ばない女

「じゃーん、ここがプラネタリウムなのです」


 加賀崎さんは自慢げに両手を広げて僕たちにプラネタリウムを見せびらかした。


 まさかとは思ったが、本当にショッピングモールの中にプラネタリウムがあるとは驚きである。


「へぇ……。まさかショッピングモールの中にプラネタリウムがあるとはな。お店側もショッピングモールの中にプラネタリウムを作ろうなんてよく考えたもんだ」

「私もあるって知った時はびっくりしたね。これは剛君と一緒に行って暗闇でイチャつくしかありませんな! ってね!」


 そう考えてるのは距離感がバグってる加賀崎さんくらいだろうけどな、と言おうとした僕だったが、カップルであればまあ大体そんなものなんだろうかと考え言葉にするのはやめておいた。


 都市伝説でしかないが、カップルってのは人目の無いところではイチャイチャのその先へ行ってしまうと聞いたことがある。

 まあ人目を憚らずイチャイチャしてるやからもいるにはいるだろうけど。


 カラオケやネカフェ、挙げ句の果てには岩盤浴程度の密室でも、人目がなければイチャイチャのその先へ行ってしまうらしい。

 あくまで都市伝説ではあるが、まあ要するに加賀崎さんが特別頭が沸いているというわけではなく世の中のカップルというのはそんなものなのだろう。


「そういうのはあまり人に話さない方がいいわよ。まあ程々にしておきなさいよね」

「わかってるって。流石の私だってプラネタリウムの中ではセッ--モガッ⁉︎ モガガガガッ⁉︎」


 流石の僕でも加賀崎さんが何を言おうとしたか理解できてしまった。


 加賀崎さんを止めてくれてありがとう栗花落さん。


 加賀崎さんが言おうとしていた言葉が放たれたら、きっとこの場はこの上なく気まずい雰囲気になっていたことだろう。


 その言葉がただ放たれたというだけでも十二分に気まずいのに、『流石の私だってプラネタリウムの中セッ(クスなんてしないよ)』なんて言われていたら、自ずと『じゃあプラネタリウムの中じゃなかったらもう経験済みなの?』なんていう疑問も出てくるからな。


 ……まあ経験済みなのかどうかは正直気になるけど。


 そう思って篠塚の方をジト目で見ると、篠塚は僕の方がからフイッと視線を逸らした。


 それはもうそういうことだぞ篠塚……。


 まあとにかくファインプレーだ栗花落さん。


「ぷはぁっ。とにかくもうチケット買ってあるから入りますか。今日は無理言って付き合ってもらってるしチケット代は私が持ちますぞ!」


 そう言って加賀崎さんはスマホでQRコードチケットの画面を見せてきた。


 いくらなんでも準備が良すぎるな。


 そうまでして暗闇で篠塚とイチャイチャしたかったのだろうか。


 --こっ、こいつ本当に下手したらセッ……いや、それは無いよな。うん、きっと無い。


「そんなの悪いって。ちゃんと払うわよ」

「本当に私が払うから大丈夫なの。というか払わせて」

「なんでそこまでして払いたいわけ?」

「そりゃお2人さんにご足労いただいたんだからこれくらいはしませんとな!」

「……まあそれならお言葉に甘えさせてもらうわ」

「ぜひぜひ!」


 なぜだろう、加賀崎さんの笑顔が人に奢った時の清々しい笑みではなく何かを企んでいる悪い顔に見えたのは。


 そんな違和感を覚えながら、僕たちはQRコードチケットでプラネタリウムの中に入場した。


 プラネタリウムの中はすでに薄暗く、カップルがデートをするには最高の雰囲気となっている。


「それで私たちの席はどこなの?」

「そこだよそこ。その丸くて大きい席」

「……へ? これって席なの?」

「うん。そうだよ。まあ所謂カップルシートってやつだね」

「「カップルシート⁉︎」」


 僕と栗花落さんはカップルシートという言葉に驚き、思わず大声を上げた。

 プラネタリウムという静寂に包まれた空間で大声を上げてしまったので、他のお客さんからの視線を浴びてしまった僕たちは反省して声のトーンを落とした。


「なっ、何のカップルシートって! 私たち付き合ってないって言ってるでしょ⁉︎」

「付き合ってなくても人と密着できるのは嬉しいもんだよ?」

「それは春瑠の価値観でしょ⁉︎」

「まあもうチケット買って入場までしちゃったしさ。お金のことは気にせず楽しんでよ」


 何かを企んでいるような気がしたが、先程の悪い顔はこういうことだったのか……。


  加賀崎さんにお金を払ってもらったチケットで入場をしたからには、この席に座るのを拒否するわけには行かない。


 してやられたなこりゃ。


「こんなところで楽しめるわけないじゃない!」

「大丈夫大丈夫。気を遣って私たちと千吏たちのシートは離しておいたから。何してもらってもオッケーだからねぇ!」

「そういうこと言ってるんじゃないわよぉ!」


 ……いや、まさか、まさかな?

 さっきは冗談半分で『こいつらまさかこのままセッ……を?』なんて思っていたが、現実味が増してきて怖い。


 そして加賀崎さんと篠塚は僕たちを置いて自分たちのシートへと歩いていってしまった。


 自分たちが座るカップルシートの目の前に取り残された僕たちは、しばらくその場に立ち尽くし、自分たちのシートに座ることはできなかった。


「……はぁ。もういいわ。ここまできたらとことん楽しんでやるんだから」

「……そうだな」


 このままカップルシートには座らずにプラネタリウムを出るという強硬手段を取ることもできただろうが、流石に加賀崎さんがお金を払ってくれているのでそれを無駄にはできず、栗花落さんは楽しむ方向に舵を切ったのだろう。


 そして僕たちはカップルシートに座った--というよりももうこれは完全に寝転がった状態だ。


 ドームの席でも栗花落さんとの距離は近かったし、満員電車に乗っている時も密着したりはしたが、暗闇で寝転がっている状態で目と鼻の先程の距離感に栗花落さんがいるというのは、流石にこう、色々と考えずにはいられないな。


 無言の状態が続くのも気まずいし、何か話しかけようと会話の内容を考えているその時--。


 僕の手を栗花落さんの手がギュッと握った。


 それもただの繋ぎ方ではなく、指と指をからめた所謂恋人繋ぎってやつで。


「--えっ、っ、栗花落さん? これは一体……」

「もちろん記憶を思い出してもらうためためだから。青谷君とプラネタリウムにきたことはないけど星空は一緒に見たことがあるし、気持ちの昂りが前世の記憶を思い出すキーになってるなら、これくらいしないといけないでしょ」

「なっ、なるほど……」


 流石栗花落さん、タダでは転ばない女である。


 栗花落さんの言葉を聞かずとも、栗花落さんが手を繋いできたのが前世の記憶を思い出すための作戦だというのは理解しただろう。

 しかし、作戦だとはわかったところで僕になす術は無い。


 栗花落さんの柔らかい手が僕の手をギュッと握っている状態では、これが作戦だろうが作戦でなかろうが、胸の鼓動が早まるのを抑えることはできなかった。


 そして辺りは更に暗くなり、プラネタリウムは始まった。

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