第9話 気持ちの昂り
電車に乗って僕たちが到着したのは最近できたばかりのショッピングモール。
学生の遊びと言えば、目的があるわけでもないのにとりあえず商業施設に行って時間を潰すのが定番、と聞いたことがある。
流石の僕でもショッピングモールを見て回るくらいなら両親とも一緒にやっていることだしなんとか乗り越えられるだろう。
『友達とは行ってないの?』なんて訊いてくる奴はハラワタを抉り出してやるからこっちに来い。
「とりあえず到着したけどどうする?」
ショッピングモールに到着して目的もなく歩いていると、加賀崎さんがそう訊いてきた。
加賀崎さんは電車に乗る前に僕の手を握ったが、電車に乗ると僕から手を離し、それからは篠塚にベッタリだった。
加賀崎さんが人前でも篠塚に篠塚も受け入れているようで、篠塚が人前でそんな姿を見せるとは意外だったが、もう諦めてでもいるのだろうか。
「本屋に行かない? ここの本屋かなり大きいみたいだから」
本屋に行きたいと提案した栗花落さんだが、栗花落さんは本が好きだったのか?
よくよく考えてみると、青谷君の記憶を思い出そうとしているのに僕は栗花落さんのことも明日見さんのこともよく知らない。
これから知っていけばいいとは思うが、また今度栗花落さんに栗花落さんと明日見さんがどんな人なのかを訊かないといけないな。
……あれ、というかここまで深くは考えてこなかったが、栗花落さんの前世は明日見さんで、僕の前世は青谷君だと言っているということは、青谷君と明日見さんは……。
僕がそんなことを考えていると、今度は加賀崎さんが篠塚から栗花落さんの腕にしがみついた。
「最初に行きたい店が本屋って渋いねぇ。普通の女子高生なら真っ先にゲームセンターに行ってプリ撮ろっ、とかっていうとこですぞ?」
「仕方ないでしょっ。本読むの好きなんだから」
「千吏ってそんなに本読むの好きだっけ? 千吏が本読んでるところ、あんまり見たことないけど?」
「がっ、学校では読む暇がないの。休み時間はいつも机の周りを囲まれちゃうし」
あっ、これ多分本が好きってのは嘘だな。
恐らく僕が青谷君の記憶を思い出すために本屋に行きたい言っているのだろう。
「まあいいけどねぇ。千吏を煽るための参考書とか置いてあるかもしれないし」
「煽るための参考書なんか置いてある訳ないでしょ⁉︎ というか煽らないでくれる⁉︎」
その会話でもう煽られているということに早く気付いた方がいいぞ、栗花落さん。
きっと加賀崎さんは煽ったときに見せる栗花落さんの反応が面白いから煽ってるんだろうな。
隙があれば栗花落さんを煽る加賀崎さんを見ていると、なんで栗花落と加賀崎さんの仲がいいのか訳がわからなくなってくる。
そんなに煽られるくらいなら親友辞めればいいのに。
友達なんていない方がよっぽど楽だぞ--っておっと、陰キャならではの考え方が出てしまった。
言い争いを続ける2人をよそに、僕は篠塚に話しかけた。
「篠塚が人前であんなに加賀崎さんとベッタリしたところ見せるとは意外だったよ」
「まあ俺だって恥ずかしいしキャラじゃないしそんなところ本当は見せたくないんだけどな。……まあ致し方なくってとこだ。うちにはうちの事情があるもんでね」
「事情ねぇ……」
先ほど駅で聞いた時も『色々ある』と話を濁されたし、今回も『事情がある』としか言ってもらえなかったので、人には離したくない事情があるのだろう。
実際僕と栗花落さんにだって篠塚たちには言えない事情があるので、まあ誰しも一つや二つ人には言えない事情くらいあるよな。
僕らが会話をしている前方で相変わらず言い争いを続ける栗花落さんと加賀崎さんのやりとりを見かねた篠塚は「その辺にしとけよ」と仲裁に入り、それから加賀崎さんは栗花落さんを煽るのをやめ、僕と栗花落さんの前を歩きながら篠塚とやいやい言い争いを続けた。
2人の気が僕たちから逸れたので、2人に気付かれないよう僕は小声で栗花落さんに話しかけた。
「本屋ってのはやっぱり青谷君の記憶を思い出すためか? 加賀崎さんも言ってたけど、普通女子高生ならスイーツ食べたりとか服見たりとか本屋に行く以外に色々あるだろ」
「そうよ。青谷君が本読むの好きだったの。野球観戦ほど好きではなかったけどね。だから本屋に行けば何か思い出すんじゃないかと思って」
やはり栗花落さんにとって今回のダブルデートはあくまで自分の目的を達成するための手段でしかないということか。
栗花落さんはこのダブルデートで青谷君の記憶を思い出させるという目的を持ちそこに注力するのだろうが、僕はそもそもこのダブルデートをこなすこと自体に注力しなければならない。
その上に青谷君の記憶を思い出そうとするのは容易ではないが、協力すると言ったからにはできる限りのことはしなければならないし、期待に応えられるよう頑張らないと。
「なるほどな。まあご期待に応えられるかどうかはわからないけど」
「そんなのわかってるわよ。むしろ無理に期待に応えてもらおうとしなくていいから。青谷君の記憶を思い出さないとって意識すればするほど何も思い出さなかなっちゃうかもしれないし。とにかく只木くんはリラックスしてて」
……青谷君の記憶を思い出してほしいと思っている割に、僕にはちゃんと気を遣ってくれてるんだよな。
『リラックスしてて』という言葉は、ダブルデートに加えて記憶を思い出さなければならないと気負っていた僕が1番言ってほしかった言葉だ。
そんな栗花落さん--いや、明日見さんの優しさに青谷君は惹かれたのかもしれない。
そして本屋に到着した僕たちは、お店の大きさに圧倒された。
「うへぇ、こんなに大きい本屋さんってあるんだ。てか本屋の中に階段があってその上の階も本屋になってるってエグいねぇ」
「これは確かにエグいな」
「……えっ、ちょっと待ちなされ⁉︎ この本屋、2階にスタバあるんですが⁉︎ 私ちょっと行ってくるねぇ!」
「おっ、ちょっ、待てって! 今日は俺と2人じゃないんだからちょっとは周りの意見尊重しろよ……ってもう遅いか」
スタバがあるとわかるなり、加賀崎さんはものすごいスピードでスタバに向かって走って行った。
そして再び呆れる篠塚。
篠塚と加賀崎さんの関係性は、基本加賀崎さんに篠塚が振り回されるという構図になっているようだ。
「……すまん、見ての通りうちの彼女、スタバに目が無いんだわ。ちょっと行ってくるから2人で本屋見といてくれ」
「えっ、あっ、ああ」
そして僕たちの元から篠塚と加賀崎さんがいなくなり、僕たちは2人で本屋に取り残された。
「私といるときもスタバ見つけるとあんな感じだから。まあいつもは迷惑してるけど、今日は自然と2人きりにしてくれてよかったわ」
「ああ。2人の前では前世の話なんてできないし、リラックスもできないしな」
「それで、何か思い出しそう? こんな大きな本屋なら野球観戦に行った時みたいに何かしら記憶を思い出しそうなものだけど」
「うーんそうだなぁ……。この本屋はすごいと思うし僕自身テンションは上がったんだけど……前みたいに青谷君の記憶が蘇ったりはしてないな」
「そっか……。野球観戦をした時くらい気持ちが昂らないと思い出さないのかしらね」
野球観戦をした時は我を忘れるほどに盛り上がったが、気持ちの昂りは多少あるものの、今は落ち着いて本屋を眺めている状態。
それで記憶を思い出さないとなると、栗花落さんの言うとおり気持ちの昂りが関係しているがもしれない。
よく考えてみれば気持ちの昂りと言った条件のようなものが無いと、僕が高校生になるまで生きてきて青谷君の記憶を取り戻すことがなかった説明がつかない。
青谷君が好きだった本は本屋に行けば目に入るし、漫画やラノベはもちろん読んだことがある。
野球だって興味こそないが時たま父親がつけていたテレビ中継で目にはしていたし。
それで前世の記憶を思い出さないということは、やはり気持ちの昂りがキーになっているのだろう。
「まあそれくらいの条件はあるだろうな。じゃないと僕が記憶を思い出していない理由に説明がつかないし」
「それもそうね。気持ちの昂り、か……」
「……?」
「おまたせー! ごめんごめん、私スタバ見ると周りが見えなくなっちゃうんだよね」
何かを考えているような栗花落さんに、何を考えているのか訊こうとしていたタイミングで加賀崎さんたちが戻ってきた。
まあ栗花落さんが何かを考えていたというのは僕の気のせいかもしれないしな。
まだ知り合ってから1ヶ月も経っていないのだから、栗花落さんの気持ちの機微に気付くはずはない。
「スタバ飲む時くらい篠塚君から離れたら? 片手でカップ持ってたらこぼすかもしれないし、こぼしちゃったらしがみつかれてる篠塚君にかかるかもしれないのよ?」
「この距離感は譲れないんだよ。たとえスタバのドリンクをこぼして迷惑をかけるとしてもね--って危なっ⁉︎ ふぅ‥…セーフ」
「言わんこっちゃない……」
「気にしない気にしない! よし、本屋も終わったことだし行きますか」
「終わったのは本屋じゃなくてスタバだけどな。それで、行くってどこに?」
「ふっふふ。プラネタリウム」
「プラネタリウム……?」
ショッピングモールにいるのにプラネタリウム?
今から場所を変えるのか?
疑問は残っているが、僕たちは加賀崎さんの後ろをついていくしかなかった。
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