第8話 友達の距離感

 今日は栗花落さん、そして篠塚と加賀崎さんとのダブルデートの日。


 駅で待ち合わせをしている僕は、集合時間の10分程前に誰よりも早く集合場所である駅へと到着し、スマホをいじりながらみんながやってくるのを待っていた。


 ダブルデートの日、なんて言ってはいるが、そもそも僕と栗花落さんは付き合っていないので、仮に今日本当に4人で遊ぶのだとしてもそれをダブルデートとは呼ばないだろう。


 もちろん僕からは栗花落さんに『ダブルデートなんてやめさせてくれ』とお願いしたのだが、『あの2人、言い出したら止まらないから』と言って栗花落さんも諦めたような様子を見せていた。


 スクールカーストトップの栗花落さんが手綱を握ることができないとは、篠塚に加賀崎さん、中々手強い相手だ。


 できればダブルデートなんてしたくはなかったが、栗花落さんも『まあもしかしたら青谷君の記憶を思い出す何かのきっかけになるかもしれないし』と話していたので、前向きに捉えて頑張ることにしよう。


「お待たせ。まだ2人は来てないのね」


「ああ。僕が1番だったみたいっ--」


 スマホの画面から栗花落さんの声がした方へと視線を向けた瞬間、銃で撃ち抜かれたような衝撃に襲われた。


 学校で制服を着ている栗花落さんの姿は毎日見ているので油断していたが、今日は休日で、栗花落さんが私服を着ていたのだ。


 休日に私服を着ているのなんて当たり前だし、ただクラスメイトが私服を着てきたからといってそこまで驚くようなことか、と思うかもしれない。


 --そこまで驚く様なことである。


 ただでさえ泣く子も黙る美少女である栗花落さんの私服姿だぞ?

 それはもう一国を破壊しかねない破壊力を持った兵器レベルだ。


「……ん? どうかした?」

「あっ、いやっ、どうもしてないです」

「……ははーん、まさか私の私服姿が可愛すぎてハート撃ち抜かれちゃった? まあ仕方ないわよね、私みたいな美少女が可愛い服を着てたら鬼に金棒状態だし」


 そう言ってしたり顔で笑う栗花落さんに僕のような陰キャがなす術を持っているはずも無く、僕は防具を付けずに高難度クエストに向かう無謀な冒険者と化していた。


「……ああ。流石にその、ちょっと可愛すぎて面食らった」

「……え?」

「普段学校にいる時の制服姿しか見てなくて、それでも破壊的に可愛いと思ってるのにそんな栗花落さんが可愛い服を身に纏ってたらそりゃもう面食らうなんてところの話じゃ無いだろ。ごめん、青谷君だったら女子が喜びそうな言葉を顔色ひとつ変えずツラツラと並べるんだろうけど、僕には思ったことをそのまま表現することしかできない」

「……ふーん。ふーん。……ふーん」


 普段から多くの人間に褒められ慣れているはずの栗花落さんが僕に褒められたところで、その表情には多少の機微も無い。

 そのはずなのに、栗花落さんの口角は少しだけ、ほんの少しだけ上がっていた様な気がした。


 栗花落さんの表情を確認したいのに、栗花落さんは僕の言葉を聞いてから僕に背を向けてしまったので、栗花落さんがどのような表情をしていたのか確認することはできなかった。


 まあ多分気のせいだよな。

 僕みたいな人間に褒められたところで何も嬉しくはないだろうし。


「おはようお二人さん! 朝っぱらからおアツいですなぁ。おアツいですゾォ」

「はっ、春瑠⁉︎」


 集合時間ピッタリで僕たちに声をかけてきたのは加賀崎さんだ。

 そしてその加賀崎さんの後ろを篠塚がポケットに手を突っ込みながら歩いている。


「いやっ、別に私たち付き合ってないんだしアツいとかアツくないとかそんなの関係ないから!」

「でも側から見てたら完全か付き合いたてのカップルだったよ?」

「カッ、カッ--。もう!  いい加減にして!」


 栗花落さんと加賀崎さんが2人で言い合いを始め、存在していないかのように扱われている僕に篠塚がニマニマしながら話しかけてきた。


「いやぁ、中学の頃から付き合ってる俺たちから見てもアツアツだったね。もう俺たちの負けでいいよ」

「いや何勝手に勝負してるんだよ。てか今の会話のどこがアツアツなんだか。陰キャの僕が陽キャの栗花落さんに揶揄われてなす術なく蹂躙されてただけだろ。そんなとこ見てニマニマしてるなんて趣味が悪いぞ」

「……へぇ。陰キャって意外と天然の陽キャ属性持ってたりすんのかもな」

「何を言ってるかわけがわからん」


 篠塚と加賀崎さんから見ると、僕と栗花落さんの会話がアツアツのカップルの様に見えたらしいが、高校生にして恋人がいるような人間ってのは頭が沸いてるんだな。

 何でもかんでも恋愛のことに結びつけて考えようとするなんて、壁にあるシミとか汚れが人の顔に見えてくるアレに似たものがありそうだ。


 高校生の本分は勉強なのだから、恋愛にかまけてる時間があるなら勉強をしろ勉強を。


「はじめまして、ってわけじゃないけど話すのは初めてだよね。よろしく、只木君」

「よっ、よろしく」

「へぇ、これがあの只木君か……。へぇ……。へぇ……」

「ちょっと春瑠、理人君が困ってるでしょ」

「理人君、ねぇ。へぇ、へぇ」

「しまっ--。べっ、別にクラスメイトを名前で呼ぶのなんて普通でしょ⁉︎」

「まあそうかもねぇ。でも今のは普通じゃないやつに聞こましたゾォ?」

「ぐぬぬぬぬっ……春瑠ぅーー!」


 そう言いながら栗花落さんが拳を上げて加賀崎さんに迫ると、加賀崎さんは「おやめくだされぇ〜」と篠塚と同じようにニマニマしながら逃げ回っていた。


 加賀崎さんがどのような人間なのかはまだわからないが、どうやら煽り性能は相当高いらしい。


 まあ煽り性能が高いだけのウザい人間ってわけじゃないんだろうけどさ。

 それだけの人間なら栗花落さんが加賀崎さんと親しい理由が無いし。


 それにしたってお調子者の篠塚とお似合いすぎないか加賀崎さん。

 上手くは言えないが、なんだか2人の波長は合っている気がする。


「おたくの彼女、煽り耐性低すぎないか?」

「丁度今おたくの彼女煽り性能高すぎるなって思ってたところだ。あと栗花落さんは僕の彼女じゃ無い。爆ぜろ」

「えっ、今爆ぜろって言った?」

「ああ。爆ぜろ篠塚、弾けろ篠塚」

「只木君僕にだけ当たり強くない⁉︎ 他の2人にはまだドギマギしてるくらいなのになんで僕にだけ当たり強いの⁉︎ ねぇなんで⁉︎」


 栗花落さんが加賀崎さんに煽られている代わりに、オタクなりの煽り方で篠塚を煽っておいた。

 栗花落さんとは付き合っているわけでもないので僕がそんなことをする必要はないのだが、やられたらやり返さないとな。


「ちょっと男子だけで楽しまないでくれますぅ? ほら、早く行きますぞ!」


「えっ?」


 そう言って加賀崎さんは僕の手を掴み、僕と栗花落さんは言葉を失った。


 篠塚はというと、やっちまったと言わんばかりに手で顔を覆っている。


「ちょっ、ちょっと春瑠! 理人君--只木君にまでその距離感で関わるのやめてくれる⁉︎」

「なんで? 友達の友達は友達でしょ?」


「いやそれ友達の距離感じゃないから!」


 普通は彼女が別の男の手なんで握ったら彼氏である篠塚は声を荒らげて怒るだろう。

 それなのに、篠塚はそんな様子も見せずただ呆れている。


 栗花落さんの口ぶりからしても、加賀崎さんはこの距離感が通常運転なのか。


「おい篠塚、これはどういうことか説明してくれ」

「……うちの彼女な、距離感が異常なんだわ。男女問わずな」

「男女問わず……?」

「まあ色々あるんだわ」

「色々って色々が過ぎる気がするんだが……」

「ほら、そんなつまらない話してないで早くいくよ!」


 距離感が近すぎるという言葉で片付けてしまっていいのかはわからないが、それ以上の説明は無く、僕たちは改札を通って目的地へと向かった。

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