第7話 だぶるでぇと
栗花落さんの中から明日見さんの記憶を消し去ると約束した僕はその翌日のお昼休み、お弁当を食べ終わった後でクラスメイトに囲まれている栗花落さんを眺めていた。
ただの協力関係であることは理解しているが、それでもあれだけ大勢のクラスメイトから囲まれるほど人気のある栗花落さんと僕が関わり、そして理人君と名前で呼ばれる関係になれたなんて話は信じられない。
栗花落さんは大勢のクラスメイトに囲まれているというのに誰の話を聞き漏らすこともなく、その全員と巧みに会話をしている。
僕が同じ状況に立たされたとしたら、耐えきれずすぐに席を立ってトイレに逃げ込むだろう。
栗花落さんが大勢の人から好かれているのは、そんな耐え難い試練に耐え、積み重ねてきた努力の証だ。
栗花落さんが大勢から好かれる理由の1つとして、前世の明日見さんも栗花落さんと同じように大勢から好かれる人間で、その性格が移ってしまっているというのもあるのだろうか。
まあどちらにせよ、栗花落さんが大人気であることに変わりはないけど。
あー……栗花落さんが大勢の生徒に囲まれているところを見ているだけでちょっと気持ち悪くなってきたな……。
自分が囲まれているわけでもなく、栗花落さんが囲まれているところを見て気持ち悪くなるなんて、僕のコミュ障も大概だな。
尿意があるわけではないが、少しトイレに休憩でもしにいこう。
そうして席を立った僕が教室を出て、トイレに向かって歩いているその時だった。
「--痛っ」
「よーっす只木くーん! 元気してるぅー?」
突然後ろから肩を組まれ驚く僕を他所に、陽気な雰囲気で話しかけてきたのは確か同じクラスの……。
「……すいません誰ですか?」
「くぅーパンチ効いてるぅ! 俺ぁ只木君と同じクラスの
この見るからにお調子者で、苦手な人からはとことん嫌われそうなタイプの篠塚がクラスメイトからの人気を得ているのかどうかは置いておくとして、雰囲気だけで言うなら栗花落さんよりもクラスカーストは高そうに見える。
栗花落さんと僕が関わるのも天地がひっくり返ったとてあり得ない話ではあったが、篠塚は栗花落さん以上に僕と関わるはずのない人種な気がする。
そんな篠塚がなぜ陰キャである僕に話しかけてきたのだろう…………。
--あっ、そういうことか、それなら僕がすることは1つ。
「えーっと……。これで許してください」
僕はポケットに入っていた財布から1000円札を取り出し、篠塚の前に差し出した。
「ちょっ、別にカツアゲしにきたんじゃないからね⁉︎」
「えっ、違うんですか?」
「違う違う! そんな奴に見える俺⁉︎」
そう言って自分の顔を指差す篠塚を見て、僕は間髪入れず返事をした。
「見えます」
「見えないでしょ! こんなに優しくてダンディでハードボイルドな高校生中々いないんだからな⁉︎」
篠塚が優しいのかどうかは僕にはまだわからないが、少なくともダンディでハードボイルドであることがカツアゲをしにきた奴には見えない理由にはならないだろう。
なんならその濃いめの顔のせいでカツアゲしにきたように見えるまである。
それにしても自分で言うだけあって、確かにハードボイルドでダンディには見えるな。
年齢を聞かれたら高校生だとは間違いなく答えないだろう。
「それで、その優しくてダンディでハードボイルドな篠塚君が僕に何の用ですか?」
「とりあえず同級生なんだし敬語はやめてくれよ」
「……わかりました」
「僕が只木君に声をかけたのはね、君のことが気になってたからなんだ」
「その気になった理由が聞きたいって話なんだが……。そんなこともわからないのか最近の高校1年生ってのは。勿体ぶってないで早く話してくれ」
「えっ、いやっ、君も同じ高校1年生なんですけど? 結構辛辣ね君、嫌われるとか思わないわけ?」
篠塚から敬語を使わないでくれと言われた僕は、それにしたってなぜか篠塚に対しては全く気を遣わずに敬語を使わず話すことができた。
「嫌われるのを心配する人間ってのは人望が厚くて友達が多い人なんだよ。教室の1番端の席で1人机に突っ伏してるやつが嫌われること心配するわけないだろ」
「なんでそれ自信満々に言ってるの君は……。まあそれはいいとして、僕が君に声をかけたのはね、君が最近千吏と仲が良いって話を聞いたからなんだ」
僕と栗花落さんの仲が良いって話を聞いたというのが、篠塚が僕に話しかけてきた直接的な理由にはならないはずだ。
考えられる理由としては、篠塚が栗花落さんのことが好きで、僕が栗花落さんと仲良さげにしているという話を聞いて嫉妬をしたか、それ以上仲が良くならないように邪魔をしにきたか、はたまた栗花落さんとの間を取り持ってほしいと考えたのか--。
まあどっちでも良いがこいつ今栗花落さんのこと千吏って名前で呼んだな?
誰の許可を得て栗花落さんのことを下の名前で読んでるんだこいつ。
栗花落さんの名前を呼ぶなら僕の許可を取ってもらわないと……いやなんで僕の許可がいるんだよ。
僕だってまだ栗花落さんって苗字で呼んでるのに。
「僕と栗花落さんが仲良いからって僕に声をかける必要は無いだろ」
「……それはそうだね。千吏とは中学からの知り合いなんだけどさ、千吏ってあんまり人に心を開かないタイプなんだよ。もちろん愛想程度には仲良くなるんだけどさ、本心はずっとうちに秘めているというか。だからそんな千吏が仲良くなった只木君ってのがどんな人間か気になってね」
栗花落さんが心を開かない……。
教室で大勢のクラスメイトに囲まれている姿を見ているとそんなタイプには見えないが、本心はずっと内に秘めてるってのは恐らく前世の話だろうな。
どうせ信じてもらえないからと僕以外には前世の話をしたことがないと言っていたが、中学生の頃からの知り合いにまだ話していないとなると、本当に前世の話は誰にも言わず隠して生きてきたのだろう。
そう考えると、栗花落さんからしてみれば僕は前世の話を気軽にできる貴重な存在になるのだろうか。
「というかなんで僕と栗花落さんが仲良いって知ってるんだ? あっ、仲良いってのは誤解があるけど。ただ協力--いやっ、なんでもない」
「……? そりゃまあ
「マウント取る人間は嫌われるぞ」
「別に今の彼女がいるマウントじゃないから! 只木君がわかるようにと思って親切心で言っただけだから!」
なんかムカついたのでとりあえず嫌味を言っておいたが、加賀崎さんって確かよく栗花落さんが登校してくるときとか、移動教室のときに2人でいる女子だよな。
他の生徒と比べると特別仲が良いなとは思っていたが、中学生の頃からの付き合いだったのか。
てか栗花落さん、僕のこと加賀崎さんになんて説明してるんだろ。
僕と栗花落さんは前世のことで繋がりがあるという事情を加賀咲さんが知らないのだとしたら、僕はただ栗花落さんと仲がいいだけの男子生徒に見えるだろうが、それはそれで違和感満載だよな。
栗花落さんみたいなクラスカーストトップの超絶美少女が、わざわざクラスカースト最下層の僕と仲良くなる理由が無いし。
まあ栗花落さんが加賀崎さんに僕のことをなんと説明したかなんてどうでもいいけど。
「ご親切にありがとう。それじゃあ僕はもうトイレに行くから」
「おい露骨に逃げようとすんなって! てかまだ1番重要なこと話してないから!」
トイレに行こうと篠塚に背を向けた僕だったが、重要なことと言われて僕は踵を返し篠塚の方を見た。
「重要なこと?」
「ああ。俺と加賀崎、それに只木君と千吏の4人でダブルデートしようぜ」
「…………だふるでぇと?」
聞きなれない単語だったせいで、アクセントや発音がわからなかった僕はバカになったかのようにアホヅラで篠塚の放った単語を復唱していた。
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