第6話 協力するよ

 入学式から1週間が経過し、少しずつ教室内の人間関係もできあがって生活が落ち着き始める頃、僕の生活は落ち着きすぎていた。

 ただでさえクラスでは1人で教室の1番端にある自分の席に座っているだけだというのに、栗花落さんと大日ドラゴンズの試合を見に行った日から1週間が経過しても栗花落さんが僕に話しかけてくることはなかった。


 これから毎日のように問答無用で話しかけられて前世の話をされると思っていたのだが、やはりあの試合の最後、サヨナラ勝ちという劇的展開に興奮して思わず僕に抱きついて来たのが相当恥ずかしかったのだろうか。

 『あなたみたいなぼっち男』なんて言い放っていた栗花落さんなので、まさかそのぼっち男に抱きついてしまったとなれば合わせる顔がないのも当然ではある。


 ……別に栗花落さんに話しかけられないのが寂しいわけじゃないからな。

 元々1人で高校3年間を過ごしていこうと決めていたんだし。


 ただあの試合でサヨナラ勝ちをを見届け、栗花落さんが無邪気にはしゃいでいる姿を見た瞬間に痛みと共に僕の頭の中に蘇ったあの記憶のことを栗花落さんに話したかっただけだ。


 ……でもここまで話しかけられないとなると、まさか栗花落さんとナゴヤドーム に野球を見に行ったのも夢だったり?

 そうだよな、僕みたいなぼっちが栗花落さんみたいなクラスカーストトップの女子から話しかけられるわけがないし……。


 あーダメだ、現実と夢の区別がつかなくなってきた。


 てかお昼休みに教室の1番端の席で、友達と会話をするわけでもなくたった1人で机に突っ伏しながら頭を抱えてる僕、陰キャぼっちすぎるだろ。

 いくら自分で自分を陰キャぼっちだと認めているとはいえ、これは周囲に暗い雰囲気を伝播させてしまうタイプの陰キャぼっちだ。


 せめて背筋を伸ばして小説を読むくらいのことはしておかないと、クラスメイトに迷惑をかけてしまう。


 そう思っていた矢先のことだった。


「--只木君」

「……え? 栗花落さん?」


 僕に声をかけてきたのは栗花落さんだった。


 いつかは話しかけられるかもしれないと思っていた僕だったが、それがまさか教室の中になるとは思っていなかった。


 栗花落さんは目立たないようにしゃがみ込んで僕に話しかけてきているので、周りの視線は気にしなくても大丈夫そうだ。


「今日の放課後空いてる?」

「……まあ空いてるけど」

「じゃあ放課後、前のファミレス集合でよろしく」

「よろしくって、せめて何するのかくらい教えてくれても……」

「言わなくってもわかってるでしょ? ここじゃできない話よ」

「ちょっ--」


 栗花落さんが誤解を招くような言い回しをしたので僕は焦って周囲を見渡すが、まだ僕と栗花落さんが会話をしていることには気付かれていないようだ。


 確かにここじゃできない話だけども、その言い回しは流石にまずいだろう。

 そんな誤解を与える表現をされるくらいなら、『昨日見たドラマの話よ』とかテキトーな嘘をついてくれた方がよっぽどマシだったんだが。


「何よ。何か不満でもある?」

「……はいはい」

「それじゃ、放課後よろしくね」


 そう言って栗花落さんは僕の席から離れて自分の席へと戻って行った。


 まさか教室の中で話しかけられるとは思っていなかったな……。

 栗花落さんがしゃがんでくれていたおかげで目立ちはしなかったけど。


 それから僕は栗花落さんと会話をしているところを周囲の生徒に見られていたのではないかと不安に感じながら、とにかく小説を開いて活字を読むことで気を紛らわした。




 ◆◇




「期間が空いちゃってごめんなさい。そっ、その、ちょっと考え事をしてたというかなんというか……」


 その考え事とやらが僕に抱きついてしまったことなのは、栗花落さんの表情が物語っている。


 栗花落さんが望むならその記憶を無かったことにもしてやれるけど、まあ1週間も考えた上でもう一度僕と関わろうとしているのだから栗花落さんの考えを尊重することにしよう。


「謝る必要は無いよ。元々前世なんてあるはず無いと思ってるし、積極的に栗花落さんに協力して青谷君の記憶を取り戻そうとはしてなかったわけだしね」

「……そうよね。そのことなんだけど」

「……?」


 考え無しに欲望のまま僕に話しかけてきていた栗花落さんからは打って変わって、沈んだ表情で話している栗花落さんを見た僕は疑問符を浮かべていた。

 どうせまた青谷君の記憶を思い出して明日見さんの記憶を消し去るために、無理やり協力しろと鼻息を荒くして言ってくるものだと思っていたし。


 この1週間でどのような考えに至ったのだろう。


「無理に協力してもらうのは悪いかなって思ったの。野球観戦なんて好きじゃない只木君を無理やりナゴヤドームまで連れて行ったり、乗りたくもない満員電車に乗せた上に私を守って押しつぶされそうになってたり……。そこまでしてもらって青谷君の記憶を思い出さないなら、もう記憶を思い出すのは難しいのかなって。それに青谷君の記憶を思いだしてほしいのは、私の中から明日見さんの記憶を消すっていう私だけの都合だから。私の都合で只木君に迷惑をかけるわけにはいかよねって思ったの」


 栗花落さんが自分の都合で僕に迷惑をかけていたのは紛うことなき事実だ。

 実際僕は栗花落さんに無理やり連れ回されてかなり迷惑に感じていたし。


 しかし、そんなことは最初から明白だった。


 栗花落さんに振り回されて、僕が迷惑を被るなんてことは最初からわかりきった話だったのだ。


 それでも僕は栗花落さんに振り回される道を選んだ。


 自分でもなぜその道を選んだのかはわからないが、僕は栗花落さんに振り回される道に進んだのだ。


 だから--。


「そのことなんだけどさ」

「……うん」

「実はあの時、少しだけ青谷君の記憶が戻ったんだ」

「--えっ⁉︎ 本当に⁉︎」


 僕は栗花落さんに前世の記憶がほんの少しだけ戻ったことを伝えた。


 栗花落さんは僕に協力してもらうことをやめようとしていたので、前世の記憶が戻ったことを伝えずこのまま栗花落さんとの関係を切ってしまうことは容易だっただろう。


 それでも、僕は栗花落さんに前世の記憶が戻ったことを伝える道を選んだ。


 栗花落さんがいろいろ考えていた一週間の中で、僕もいろいろ考えた。


 僕は前世なんてあるはずが無いと思っているタイプだが、あの記憶がもしも前世の記憶なのだとしたら、僕にとって嬉しいこともあったりして----。


「そうは言っても一瞬の記憶だけだけどね。ナゴヤドームの座席に座る僕の横に1人の女の子が座ってたんだけど、えらく仲良さげでさ。多分それが明日見さんだったんだと思う」

「まさか本当に戻るなんて……」

「おい戻ると思ってなかったのに僕にあそこまでさせたのか?」

「ちがっ、そういうわけじゃなくて--」


 僕に突っ込まれて焦る様子を見せる栗花落さんをよそに、僕は栗花落さんに協力すると決めた理由を伝え始めた。


「……それにさ、実は僕には妹がいたんだ」

「電車に乗ってる時に言ってたわね。それがどうか--えっ、『いた』?」


 僕が言葉の中に混ぜた違和感に、栗花落さんはちゃんと気付いた。


「ああ。僕の妹はね、交通事故でなくなってるんだよ。雪道でスリップした車が突っ込んで来てね」

「そっ、そんな……」

「こんなにむごたらしくて悲惨で理不尽な死があるんだとしたら、きっと前世とか来世なんてものはあるはずがないって思ってたんだ。でも栗花落さんのおかげで前世があるかもしれないって思い始めることができて、実際に前世の記憶だと思われる記憶が戻ったりもしてさ。それは妹が今もどこかで元気に生きてるかもしれないっていう希望にも繋がるわけでね」


 僕の話を聞いた栗花落さんはどう言葉を返していいのかわからず言葉に詰まっている。


 そりゃ人の死な話なんてどう返事をしていいかわからないよな。

 実際これまでも妹の話をするとみんな気まずそうにして言葉を詰まらせてたし。


「だからさ、僕は妹のためにも栗花落さんに協力するよ。もちろん栗花落さんのためでもあるけどね」

「只木君……。ありがと。きっと今もどこかで生きてるなんて、そんな無責任なことは言えないけど、前世っていうのが本当にあって、妹さんは今どこかで生きてるって証明して見せるから」


 妹の話をすると、きっと僕のそばにいてくれてるよ、とか、星になって見守ってるだとか、そんな無責任な話をしてくる人間は大勢いた。

 そんな中、栗花落さんは無責任な発言はせず、自分自身の力で証明すると力強い言葉を発してくれた。


 そんな栗花落さんに、僕も精一杯協力したいと思った。


「心強いな、それは」

「これからよろしくね。理人君」

「えっ--」


 突然名前を呼ばれた僕はドギマギしながらも、

栗花落が差し出してきた手をゆっくりと握り返したのだった。

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