第4話 そうは見えない人がそうだったりする
「……いやデカすぎ」
「そりゃデカいに決まってるでしょ。ドームなんだから」
私が只木君を連れてやって来たのは、まさに今日、名古屋を本拠地としているプロ野球チーム、大日ドラゴンズのホーム開幕戦が行われるナゴヤドームだ。
大日ドラゴンズは明日見さんと青谷君が応援していたプロ野球チームで、只木君に青谷君だった頃の記憶を思い出してもらうため、明日見さんと青谷君が何度も足を運んでいたナゴヤドームに野球を観戦しに来たのである。
「野球観戦好きだったのか? その青谷君ってのは」
「そうよ。明日見さんと青谷君が何度もナゴヤドームに足を運んだって記憶が残ってるもの」
「……その前世の記憶についてなんだけどさ、あくまで栗花落さんは栗花落さんの人格で、明日見さんの記憶を持ってるってだけなのか? それとも明日見さんの人格も持ってるのか?」
「それはもちろん私--栗花落千吏の人格よ。栗花落千吏が明日見二梛の記憶を持ってるってだけで、明日見さんの人格は私の中には存在していないわ」
「それなのに青谷君とやらにこだわる理由はなんなんだ? 人格が栗花落さんなら青谷君のことなんてどうでもいいんじゃないのか?」
青谷君の主張はもっともだ。
私が只木君の立場だったとしても、明日見さんの人格が私の中にあるわけでは無いのなら、なぜそこまで青谷君に固執するのか疑問に思うだろう。
しかし、私には自分の考えが明日見さんの記憶に影響されてしまう問題の解決と、明日見さんの記憶を青谷君の記憶に合わせてあげたいという青谷君に固執する明確な理由がある。
「前世の記憶が濃すぎて大変なのよ! 私はあくまで栗花落千吏の人格なのに、明日見さんの記憶が濃すぎるせいで只木君に向かって好きって言っちゃうし、挙げ句の果てには大好きだなんて……」
「……なるほど理解した」
青谷君に固執する理由を説明して赤面する私を見た青谷君は、私の説明を理解しそれ以上前世のことについて訊いて来ることはなかった。
まあ面と向かって好きとか大好きとか言われてたら理解もしやすいってものよね。
私がネットで調べた限り、前世の記憶というのを持って生まれる人はかなり稀だが存在するのだという。
そしてその人たちの多くは、大体8歳頃までに前世の記憶を失うのだとか。
だからこうして私のように高校生になっても前世の記憶が消えることなく、自分の考えが前世の記憶に影響されるなんて普通あり得ないんだと思う。
それなのに私の中にずっと明日見さんの記憶が残っているのは、明日見さんの前世に対する後悔や未練が他の人よりも強いからなのかもしれない。
まあ前世は終わり方が終わり方だったし…………。
それならば、明日見さんを青谷君の人格を持つ只木君に会わせてあげることができたとしたら、明日見さんが満足して成仏--という言い方が正しいのかはわからないが、私の前世の記憶、明日見さんだった頃の記憶は無くなってくれるかもしれない。
「それより早く席に行くわよ。もう練習は始まってるでしょうし」
「練習から見るほど野球が好きだったのか青谷君と明日見さんは……」
「そうよ。だからテレビとかじゃなくて現地で野球を観ればその場の雰囲気とか臨場感も相まって青谷君の記憶を思い出しそうでしょ?」
「……まあそれは確かに?」
只木君を言いくるめた私は、自分たちの席に向かうためエスカレーターへと乗り込もうとした。
「……えっ? ちょっと何よ」
私がエスカレーターに乗り込もうとしたとき、只木君がさりげなく私の後ろへと回り込み、私が先にエスカレーターに乗るような行動を取った。
「別に」
「別にって何よ。もしかして私が早く席に行きたそうだからエスカレーターの順番を譲ったってこと? 流石の私もエスカレーターの順番の前後を気にする程早く席に行きたいとは思ってないわよ?」
「……そうか。それは悪かったな」
「……?」
少しだけ歯切れの悪い話し方をする只木君に違和感を覚えながらも、まあそこまで気にすることでもないか、と私は気にすることなく席へと向かった。
そして自分たちの席へと向かうための番号の通路を通り、私たちの目の前に大きなグラウンドが広がった。
「…………」
通路をくぐってグラウンドを目の前にした只木君は無言でグラウンドを眺めていた。
「どう? すごい景色だと思わない?」
「……正直驚いてる。なんか雰囲気がすごいな、雰囲気が。語彙力なくて申し訳ないけど」
「気持ちはわかるわよ。すごいわよね、この景色は。流石にまだ何も思い出さない?」
「ああ、何も思い出さないな」
「……そっ。まあ流石にそう簡単には行かないわよね
只木君が青谷君の記憶を思い出したのではないかと少しだけ期待したが、そう簡単に行くはずはないわよね。
落ち込んでいる暇はないと、私は自分たちの席へと向かい歩き始め、しばらくあるいて自分たちの席へと到着した。
私は只木君が青谷君の記憶を思い出せるよう、できるだけリラックスして野球を観てもらうため中央の席ではなく端から2席を予約した。
野球上の席は1席の幅がかなり狭く、中央の席をとると観戦していてもストレスになる。
そうなっては思い出せるものも思い出せないと、私は端から2席を予約し、私が端から2番目の席、そひて只木君には1番端の通路側の席に座ってもらおうとした。
「なんか端の席落ち着かないから奥の席座るわ」
私の配慮を一蹴し只木君は奥側の席に触ると言い初め、私は目を丸くした。
「え、そうなの? 普通端の席の方が落ち着かない?」
「栗花落さんの考える普通が僕に取っての普通とは限らないだろ」
「まっ、まあそれはそうだけど……」
通路側の席が嫌な人なんているのか?
そんな人も中には存在すると思うが、大抵の人は通路側の席を選ぶはずなんだけど。
……もしかして私のためを思ってわざと通路側の席が嫌だと言ってくれたの?
陰キャぼっちの只木君がそんなに気を遣える人だとは思えないけど、電車の中でも私を人混みから守ってくれていたし、そう言われてみれば先程のエスカレーターの順番も私がエスカレーターから落ちないように私を先に行かせてくれてたってことなの……?
只木君みたいな女性慣れしていないタイプに限ってまさかそんな上級者のエスコートをするなんて思えないけど……。
……何よ、何よそれ。
只木君に興味なんて無いのに、興味なんて無いはずなのに、そんな優しさを見せつけられたら……。
本当は席に荷物を置いたら2人でご飯を買いに行くつもりたったが、私は只木君に「席で待ってて。ご飯買ってくる」と押し付けるように伝え、逃げるようにして席を後にした。
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