第3話 歓声に包まれたグラウンド
……なぜ僕は満員電車で人混みに押しつぶされているのだろうか。
ファミレスを出て早足で歩く栗花落さんの後ろをついて歩いて行くと、到着したのは駅だった。
そして駅に到着した栗花落さんは、切符を買うことなくスマホをタッチして改札を通り電車に乗り込んだ。
僕もスマホでsuicaを使用していたので問題なく改札を通ることができたが、僕が切符勢だったらどうするつもりだったのだろうか……。
栗花落さんとは連絡先を交換していないので、もしはぐれてしまえば再び合流するのは不可能に近い。
今回の改札の件といい、学校で突然前世の話をしてきた件といい、もう少し後先考えて行動してほしいものである。
具体的な行き先を伝えられず『青谷君が好きだったところ』としか伝えられていない状態で、文句も言わず栗花落さんについてきて電車にまで乗り込んだ僕に最大級の感謝をしてもらわなければ割に合わないなこの状況。
しかも僕が乗っているのはただの電車ではなく、大勢の人が乗り込んでいる満員電車だ。
ただでさえ人混みが苦手な僕が満員電車に乗るなんてあり得ない話なんだぞ。
というか、なんで僕も僕で栗花落さんの戯言に付き合っているんだろうか……。
前世なんて曖昧で実在するかもわからないような概念の話、一蹴して突き放してもいいところなはずなのに……。
それでもこうして栗花落さんが向かう場所へとついて行ってしまうのは、僕は全く記憶に無いものの、僕の潜在意識の中には前世の記憶が眠っていて自然と栗花落さん--いや、明日見さんとやらに引き寄せられている可能性もあるのだろうか。
「……ごめんなさい。まさかこんな満員だとは思ってなくて」
僕が人混みに押しつぶされている姿を見て罪悪感を覚えたのか、栗花落さんはバツが悪そうに謝罪をしてきた。
電車に乗り込んでお互い無言で電車に揺られていたら、自分の行動がどれだけ自分よがりな物で、僕に多大なる迷惑をかけているということに気づいてしまったのだろう。
「別にいいよ。前世なんてあるはずないって思ってはいるけど、本当に嘘かどうかは気になるし」
「……よくない。だって今私が押しつぶされないようにガードしてくれてるんでしょ?」
栗花落さんを人混みから守るつもりなんてサラサラなかった。
ただ昔、家族でよく満員電車に乗って動物園に行っていた時に、人混みから妹のことを守るようにして電車に乗っていたのがクセになっていただけだ。
まあそれが栗花落さんからしてみれば守ってくれたという感想になるのかもしれないが。
「……偶々だ」
「……偶々だとしてもありがと」
俺は突然しおらしく謝罪をしてきた栗花落さんに一瞬ドキッとしてしまった。
先程までの威勢のよかった栗花落さんが突然しおらしくなったのではこちらも調子が狂う。
本来の栗花落さんはこうして相手に気を遣って謝罪ができる女の子で、今朝僕に話聞けてきた傲慢な態度をとっているのは明日見さんということなのだろうか。
というか、栗花落さんの人格が明日見さんの記憶を持っているだけで、明日見さんの人格は栗花落さんの中には無いのだろうか。
もし明日見さんの人格が栗花落さんの中にあるのだとしたら、二重人格ということになるのか?
……今はそんなことを考えている場合ではない。
突然しおらしくなった栗花落さんを見てドキッとしてしまった僕は焦って話をすり替えた。
「というか電車じゃなきゃダメだったのか? バスの方が人が少なそうな気もするけど」
「--バスはダメッ!」
僕が話題を逸らすために何気なくした提案に、栗花落さんは食い気味に、焦った様子で反論してきた。
電車の方が到着時刻が早いとか、目的地の近くにバス停が無いとか、そんな背景があってバスではダメだったのかもしれない。
しかし、栗花落さんの反応を見ると、そんな理由で『バスはダメ』と言ったようには聞こえなかった。
特に気に留める必要は無いのかもしれないが、僕の提案に対する焦り気味の反応、それに少しだけ暗くなったような気がする表情--。
栗花落さんの反応に違和感を覚えた僕は『なぜバスはダメなのか』と質問をしようとしたが、栗花落さんの今朝とは違う様子を見た僕は質問することができず、「そっ、そうか……」と返答することしかできなかった。
それ以降僕たちはお互い口を開くことができず無言になってしまい、電車に揺られながら駅のホームで電車を待つ人たちに危険を知らせる警笛の音だけが何度も何度も鳴り響いていた。
◆◇
「ほら、始まるわよ!」
「いや、そんな楽しそうに言われても……」
耳をつんざくような爆音に、観客全ての視線がグラウンドに向けられる緊張感、それでいて確かに聞こえるバットがボールをとらえた瞬間の乾いた音。
席同士の感覚は狭く、隣に他人が座っているのは不快でしかない。
しかし、それは僕と栗花落さんとの距離が近いことともイコールで、僕は精神統一することに集中していた。
陰キャぼっちの僕が栗花落さんに連れてこられた場所、それは陰キャぼっちがやってくるには相応しくなさすぎる場所、プロ野球を観戦するためのドーム球場だった。
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