第十七話 『初戦』
城塞都市リボルス。第一王侯公爵であるダリアン卿が治める王国内二番目の大都市であり、前回の農賀祭もこの都市で開催された。
文化の中心都市でもあるが、同時に王都で不足の事態が発生した際には軍の一大拠点としての役割も持つ。
現在は農賀祭に出向いておりダリアン卿が不在なのとクロムウェル帝国の侵攻が被ったため外周にある四つの城門は固く閉ざされ、内部は物々しい雰囲気に包まれていた。
中央に聳え立つロハイロ宮殿の時計台。その根元が軍団司令部となっている。
「ウィリアム様。王都では第三近衛騎士団や辺境伯騎士団の奮闘が続いており、民衆の避難も順調に進んでいるようです」
「敵勢は三万人の主力を中心に計八万人程度であると報告が」
「敵将にはカール大公はじめメリア卿など歴戦の名将が連なっているとのこと」
戦況そのものは悪くない。しかし敵の規模は我々を優に超えており、名将の存在はクロムウェルがこの戦争に本気であることを知らしめた。
我々は現時点で五万人。王都までに六万人となる予定だが、それでも敵との差が大きすぎる。
王都はすでに包囲されており、地の利があると言っても完勝は厳しい。
よくて痛み分け......下手すればこちらが再起不能となるレベルの痛手を負う可能性すらある。
陛下の求める“勝利”が、どれほど困難なことなのか。
それにマナを補給しているとはいっても騎士たちの疲れは無視できるレベルではないし、王都から送られてくる悲痛な叫びは軍団の士気を下げ続けている。
父上なら何か策を思いついたのかもしれない。
フロンタル副団長なら皆に叱咤激励する言葉をかけられたのかもしれない。
そんなことばかり考えて作戦決行の判断を下せず、リボルスに3日も滞在している。
期待に応えるなんて......無理だったのだ。
やつれてしまった私に追い打ちをかけるように、リボルスに着いてからアリスは私と会おうとしない。
連れてこなければ考えなくて済んだのにな。
「ウィリアム、うかない顔はやめてくれ。これ以上士気が下がってはよくない」
「すまないトール。しかし......どうすれば良いのかまったくわからない」
別にトールだって良い顔はしていない。むしろ私以上に食が細くなり、つい昨日軽く倒れてしまった。
ぼろぼろなトールにすら気を使わせてしまうのだから、私は本当に情けない。
「待てど暮らせど決行の二文字が出てこんとは......ヴェトレール、貴様は臆病がすぎるぞ」
「肉食え肉! お前らは血が足りとらん!」
突然現れたのは第二近衛騎士団団長と副団長のヴォーク卿とレガドル卿。なにも言ってこないとは思っていたが私の判断待ちだったとは。
「申し訳ありません。ただ、失敗の可能性が拭いきれず―――」
「失敗? 貴様は我ら近衛騎士がいるのに戦力不足とでも言いたいのか?」
「はぁ。肉が足りんと人を信じることすら出来んくするのだな。とりあえず干し肉やるよ...」
蔑まれるような、哀れまれているような。
レガドル卿からいただいたやけに塩辛い干し肉を食べると、少し心が安らいだ気がした。
「いきなり重責を押し付けられ不安だとは思う。だが、その責任は決して貴様ひとりのものではないと考えろ」
「肉ってのはな、ひとりで食べてもうまくないんだぜ。みんなで分け合い味を共有し合うから最高の主菜になるんだ」
ふたりとも、言葉はどうであれきっと私を励ましてくれている。
そうだ。陛下だって私だけで解決しろなんておっしゃっていない。
ここにいる方はみんな、王国を守るために私を信じて着いて来てくれているのだ。なのに私は......どうして彼らを信じられなかったのだろう。
「よければ私の作戦案を聞いてくださいますか?」
「「当たり前だろ」」
何時間話し合っただろうか。いつのまにか窓から差し込む日がオレンジ色に染まっている。
最初は四人だった机のまわりには多くの騎士たちが集まり、それぞれの考えていることを忌憚なく言い合った。
騎士団学校で習った美しい作戦とは程遠い。それでも、みんなで決めた作戦が失敗するとも到底思えない。
第一にルードル辺境伯率いる部隊が揺動として王都外周の南城門近くに張り付いている敵を引き剥がす。
第二に第二近衛騎士団を中心とした主力部隊が王都に南門より入城。同時に私の率いるヴェトレール辺境伯騎士団が城門を死守する。
最後に全部隊が王都内に入り込めた段階で城門を固く閉じ、第三近衛騎士団と合流してから反抗作戦を行う。
「みんな...私に力を貸してくれてありがとう。ここからの大一番、共に戦ってくれるか?」
メンツを一番に考える貴族社会において、上の者が下の者に対して対等に意見を募るのは侮られる原因となるのだ。
だから誰にも頼らなかった......というわけではないのだが、これに近しい気持ちを自分は抱いていたのではないだろうか。
きっと私を育ててくれた父上や団長が優秀だからだろう。
誰かに頼るのは情けのないことだと、責任を背負うのは私ひとりだと考えていた。
それに、アリスが私に対してそっけなくなったことに振り回されてしまっていたのだ。
心のどこかでこの戦争の行末がどうでもよくなっていたのかもしれない。勝手に、私では誰の助けを借りることもできないと思っていたのかもしれない。
しかし、そうでないことは皆が証明してくれている。私の言葉に、さっきまで騒いでいた騎士たちが不思議そうな表情でこちらを見ていた。
「俺、ヴェトレール卿が団長でよかったと思ってます!」
「作戦会議に参加させていただけるなんて、初めてです」
「ここまで騒がしい会議は初めてだったよ」
「俺も!」「我もそう思う」「間違いないな」
彼らの顔や声に私を嘲笑うような影は感じられない。むしろ、ここから命を共にする“戦友”というのが最適だろう。
申し訳ない。その言葉が出なかったのはプライドが邪魔してか。それとも気を遣われるのを危惧してか。
まあ、今はどうでもいいことだ。
「明日より王都奪還に向けて一気に前進する。王国の底力、見せつけるぞ!」
「「「おおおおおおおおお!!!!」」」
騎士たちの雄叫びはリボルスの市街地全体を駆け巡るほど大きなもので、下がりきった士気を回復させるには十分だった。
*
「ルードル辺境伯騎士団、その他部隊も配置に着きました」
「ありがとう。開始の合図まで待機を頼む」
あえてか、はたまた気がつかなかったのか。ここまでクロムウェル側からの攻撃がないまま王都ハルセイルの南側にある丘まで前進することができた。
見る限り、王都の内部からはポツポツと黒煙が上がってはいるが城門は固く閉じられたままで、クロムウェル側の軍勢も広い王都の外周を囲うには足りていないことが見て取れる。
こちらに向かってようやくいくつかの敵集団が迫ってきてていたが、いまさら気付いてももう遅い。
「全軍、攻撃開始!」
鳴り響くドラムの音が合図となり、一斉に軍団が動き出す。
ルードル辺境伯騎士団が敵を惹きつけるまでは私たち中央集団は援護を中心に、不足の事態に備えなければいけない。
実戦経験の豊富なルードル卿のお手並み拝見と洒落込もうかな。
戦場に飛び交うのは矢だけではない。
投げられた巨石、それを叩き割る騎士、すべてを薙ぎ払う炎や水の一閃。
ぶつかり合う金属の甲高い音が重なり合うことで増幅し、うめき声が戦場の悲惨さを物語る。
決して不意を突けたわけではない。
だが丘上からの攻撃は敵を怯ませるには十分であり、戦列の揃っていない敵軍はみるみるうちに各個撃破されていく。
寄せ集めのクロムウェル騎士に統制が取れているハプロフ王国の騎士が負けるはずがなかったのだ。
少しの安堵とともに次の作戦への不安感が湧き出る。
王都外壁の南門までの道筋は見えた。
ルードル辺境伯の部隊が東に抜けていくことで敵の間に生じた穴。ここを突破できればあとは素早く入り込むだけ。
騎士団の面々は準備万端らしい。
「私たちも動こうか」
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