第十六話その2 『出発』

 農賀祭4日目の朝。初日に父上が開会の辞を読んだヴェトレール辺境伯広場に、民衆から貴族まで数えきれないほど多くのの人々が集まっている。


 どうやら民衆には昨日のうちに重大発表があるという旨が伝えられていたのだとか。


 壇上から見る彼らの顔は笑顔で溢れていて、農賀祭をこの地で開催できたのは本当に良かったと実感する。


 このまま終わることができれば、なお良かったのだがな。


 陛下が壇の中央に立つ。


 その御手に握られているのは緑に強く輝く不思議な鉱石。“魔鉱石”と呼ばれているそれは、色によって様々な効果を持つらしい。


 緑は増幅拡散。


 要するに緑の魔鉱石に向かって声を吹き込めば、その声が拡大される......とクリフが教えてくれた。


「皆の衆、今日はよくぞ集まってくれた。農賀祭は楽しんでおるかな?」


 うおおおおおおおおおお!!!!


 一斉に飛び立つ鳥のように湧き立つ民衆。数年間続いた国の混乱を鎮めた陛下の人気はずっと高い。

 

「それは何より。さて、今日集まってもらったのは他でもない......我が国は今、存亡の危機に瀕している」


 観衆に緊張が走った。その危機とは何なのか、ゆっくりとためにためた陛下が口を開く。


「昨日、クロムウェル帝国連邦が我が国へ侵攻していることがわかったのだ」


 動揺が広がり、それぞれが陛下の言葉の真意を確かめていた。戦争が...しかも自分たちの国が攻め込まれているのだとわかった途端に叫び出す。


「儂から言いたいことはただ一つ。我らが年に一度の祝杯をあげている最中に侵攻してきた極悪非道のクロムウェルから、愛する家族を、友人を、そして......偉大なる祖国を護ろうではないか!!!」


 言葉の緩急に声の抑揚。どこをとっても完璧な陛下の演説に、観衆はもう一度雄叫びをあげる。


 会場の空気を掴んだ陛下に、不可能の文字はない。


「自由と尊厳のために今こそ立ち上がれ! ハプロフ王国はクロムウェル帝国連邦に対して徹底抗戦の構えを取り、同国に対し宣戦布告を行う」


「陛下!!!」

「王国万歳!!」

「不届者を叩き出せ!」


 熱狂的な観衆はもはや一種の宗教と言っても過言ではない。しかしそのくらいのカリスマ性を持っているのが我らが国王陛下なのである。


「騎士団長を務めるウィリアム・ヴェトレール。壇上へ」


 大歓声の中で陛下の元へと歩く。


 跪くと、陛下から一本の大剣が差し出された。


「我が王国の命運、貴様に預けたぞ。これはその証、霊装『守護者の大剣ガーディアン・ソード』である」


 鞘には純白の下地に水色や金色で描かれた今にも走り出しそうなユニコン。そしてユニコーンの足元には王室の象徴たる『解放の鎖』。


 受け取ってわかった重量感は私の持つ剣とは似ても似つかない。きっとこれを抜く状況に陥れば、私も敵もタダでは済まないことがひしひしと伝わってきた。


「我が身を賭して平穏を乱す不届者どもに天誅を下し、陛下に、国民に勝利の二文字を持ち凱旋して参ります」



 時に、軍団を率いるのには団長として確固たる威厳が必要だと思う。


 伝説や歴史書に出てくる大将軍たちは誰もが多くの部下から慕われていたからこそ偉業を成し遂げられたのだ。


 総じて私も威厳のある格好をし、白馬である相棒リンガに乗ることでそれを出そうと思っていた。


 そう、思っていたのだ。


「ウィリアム様の後ろ、安心します!」


「ははは......アリスが満足なら私も嬉しいよ」


 アリスを連れ出すこととなったのは昨日の夜。当然専用馬車の準備が間に合うわけもなく、医療班の馬車に同乗してもらうことにした。


 しかし、アリスがなんだか医療班に申し訳ないと言い出して事態は急変。


 結果、私とふたり乗りとなったのである。


 私の前後は第二近衛騎士団が囲んでおり、騎士たちは恍惚とした表情でアリスを見るか私に疑いの目を向けていた。


 そしてなぜかアリスは肘当てや脛当て、白いマントを装着している。


 本人曰く丸腰はダメだとエリノアに言われたそうなのだが、鏡の前で嬉しそうに飛び跳ねていたのを見るに実は興味があったのではと疑ってもみた。


 しかしまあ、可愛いからよしとしよう。


 ここからほぼ休憩なく進んで王都まで一週間。華があれば軍団の指揮も上がると期待しておくしかなさそうだな。


「皆の者、今より我が軍は王都へ行軍する」


「進め!」


 トリノの街中を軍勢が駆け抜ける。


 道の両脇にいる民衆からは様々な激励や賛辞の言葉が飛び交い、騎士たちも答えるように剣を高らかに掲げ、雄叫びを上げた。


 最初の目的地は王侯公爵領の領都リボルス。


 ここで息を整え、王都と周辺の様子を確認し次第一気に駆け上がる。


 到着まで王都が持ち堪えることを祈りつつどうすれば確実に、そして犠牲を最小限にして敵を撃退できるかは考えなければな。

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