第十五話 『期待』

 夜が明ける前に私は城を離れて辺境伯邸へと戻った。


 すべては今日から始まる『世界会議』のため。


 この会議では五大国家の第一位から第五位であるクロムウェル帝国連邦・ハプロフ王国・ダーデラント帝国・エルフェード王国・トロピカーナ王国連邦と隣国ロートリア王国の計六カ国の要人が集まる。


 六カ国だけで“世界”を名乗るのはこれらの国に勝てる国が存在しないからであり、この会議で決まったことは則ち世界の方針となるわけだからだ。


 傲慢な貴族が考えそうな、傲慢な内容。


 考えるだけで辟易へきえきする。


 しかし、やるべき事はこなさなければいけないのだから仕方がない。


 昨日まで貴族で賑わっていた大広間は会議室へと変わり、各国の要人を迎え入れる準備が着々と進んでいた。


「兄様。クロムウェル帝国連邦についてですが」


 ハンスの声色から大体のことはわかる。


「来ていないのだろう。そして連絡も無しといったところか」


「いかにも。どうしましょうか」


 考えられるのは大きく二通り。


 一つは以前の報告通りに主街道どうしを結ぶ接続道の雪崩で動けていない可能性。


 もう一つは......45年前と同様、農賀祭期間中のクロムウェル帝国連邦による他国侵略の可能性。


 前者の場合は大した問題ではない。会議は三日もあるのだから重要な決議を遅らせて行えばいいだけ。


 後者の場合は......考えたくもない。農賀祭期間中のハプロフ王国の軍隊配置では侵略された国への援軍は到底間に合わない。


 それこそ45年前、資料で見ただけだが農賀祭期間中でなければ降伏する前に我が国の援軍が隣国の力になれたと結論付けられていた。


 もしも今、私たちが知らない間に何処かが戦場となっていたら......。


 いや、大丈夫に決まっている。


 45年前のことを警戒し続けていては前に進むことができない。彼らを信じるのが先決だろう。


「接続道へ国境警備隊を派遣してくれ。必要なら救助を行わせるように」


「了解しました」


 ハンスは足早に去っていく。


 私も仕事の続きに戻るとするかな。



 軽い昼食を皆で食べ終わった頃、エミリ様やナタリア様が辺境伯邸へとお戻りになった。


 ふたりは明らかに寝不足そうな顔をしており、昨日の夜何があったのか聞くと顔を赤くして黙り込んでしまわれる。


 ......ホリーにはエリノアからキツく言わせた方が良さそうだな。


 それにしてもふと中庭を見ると、アリスの影を探してしまう。


 いるわけもないのに、私はどうしてしまったのだろうか......そう言えば、忘れかけていた。花壇に水やりをしなければ。




 従者に頼めば水やりは欠かさずしてくれるだろうに、どうしてアリスはこの花壇へ自分で水をまいていたのだろう。


 姿形を見るに特殊な植物というわけではなさそうだ。


 まだ小さい蕾が、太陽に向かって精一杯広がっている葉っぱが、水と日の光を浴びてキラキラと光っている。


 そうか。アリスはこの景色を見ていたのか。


 騒がしい足音も鬱陶しい話し声も気にならない。


 次はアリスと一緒に見たいな。


「ウィリアム様! ウィリアム様!」


 我に返った時には、私のまわりに騎士数人が集まり私に向かって呼びかけていた。


「すまない。要件は」


「大至急、陛下がお呼びでございます」


 何故だ? 思い当たる節が......舞踏会か。



 屋敷の中へと戻り大広間への道中、やけに多くの騎士たちとすれ違う。所属もばらばらで、貴族の宿泊地からの送迎にしては数が多い。


 大広間に近づくにつれて何か厄介ごとが起きた時のような、どことなく張り詰めた空気感が私にも伝わってくる。


 その原因は、大広間の扉が開くのと同時にわかった。わかってしまった。



 十二人がけの円卓に座るのは国王陛下、第一宰相、辺境伯五家のうち私を抜いた四家の辺境伯、第一と第二近衛騎士団のそれぞれ団長と副団長。


 空いた十二番目の椅子に座るのは......私だ。


 ハプロフ王国戦争指導者会議。


 王国が戦争へ参加する際に招集されるとは聞いていたが、何故このタイミングで?


 わざわざ世界会議の前日に『王の円卓』まで引っ張り出すなんて......だから騎士が動員されていたってところか。


 陛下と対面する席へと腰を下ろす。


「お揃いのようですな。時間がないため挨拶を省き単刀直入に話します。先ほど王都より届いた伝書によると、クロムウェル帝国連邦が我が国へ侵略を開始したようです」


 嘘、だろ?


 まさか本気で、45年前と同じ農賀祭期間中に......しかもハプロフ王国に攻め込むとは。宰相様はあくまでも冷静に話しているが、声が震えていた。


 五大国家第一位による侵略はすなわちハプロフ王国が存亡の危機に瀕していることを意味する。要するにこの状況で焦らない方が難しいということだ。




 宰相様のお話は、王国の実情が私の想像を遥かに超えて危険であることをまじまじと知らしめた。


 ハプロフ王国とクロムウェル帝国連邦の国境線沿いの大半には数十年かけて建造された大要塞線である『ギガント線』が南北に走っている。


 そのギガント線唯一の穴、人は絶対に通り抜けることもできないはずの『黒の森』を奴らは超えてきたのだとか。


 黒の森から王都へは最速で四日。


 あとは王都で留守番をしている第三近衛騎士団と他の辺境伯騎士団がどのくらい足止めをすることができるか......。


「最後に、ウィリアム・ヴェトレール。貴官にはこの戦争の最高責任者として王都防衛並びに反転攻勢の作戦指揮をするように」


 宰相様の締めくくりの言葉に私は絶句した。


 無理だ。無茶苦茶だ。


 負ければ終わりという国の一大事。相手は軍事大国のクロムウェル帝国連邦なわけで、実戦の経験が乏しい私をなぜ指揮官に指名する? 


 負けてもいいというのか......。


「はっはっは......宰相殿も冗談がキツい。22歳の若造に国の命運を任せるなど愚の骨頂。ここは黒の森を領地に含み、先の内乱でも陛下のために尽力した我セルベントこそ最高指揮官にふさわしいかと」


 声を上げたのはセルベント辺境伯。他の辺境伯も頷いているし、悔しいが私も閣下の言う通りだと思わざるを得ない。


 しかし国王陛下は目を細め、くだらないと言わんばかりの顔をしていた。


「冗談か。しかし残念だが陛下のお言葉に冗談はない。これは提案ではなく伝達だ。従わぬのなら貴様であっても規律違反で拘束する」


 宰相様の気迫にセルベント辺境伯が後退る。


 本気......なんだ。国王陛下は私に何かどんでん返しを期待していらっしゃる。


 しかも期待に応えられるか応えられないかを聞いているのではなく、期待に応えろと命令しているのだ。


 拒否権は、ないらしい。



 明日、私はヴェトレール辺境伯騎士団や第二近衛騎士団を率いてトリノを発つ。


 出立式は辺境伯広場で、民衆の目の前で正式にクロムウェル帝国連邦への宣戦布告を行うのだとか。


 その後は率いている軍団すべてにマナを供給し続け、一切止まることなく行軍。一週間程度で王都へと到着する予定だ。


 しかし問題は山積みで、敵との兵力差はもちろんの事この一週間でいったいどこまで侵攻されるのかもわからない。


 それに、私がいない間も続く農賀祭でアリスをどうやって隠し通すのかだって......。


「辺境伯様、これをお召しになってください」


 様々な所属の騎士たちが忙しなく準備をしている部屋の中で、私が手渡されたのは袖口が赤染めされた白のマント。王国で最も名誉ある騎士たちが羽織る第一近衛騎士団の制服だ。


 私にとってはもう捨てた役職に、もう一度つかなければいけないらしい。


 いや、無駄な考え事は後にしようか。すべては平穏な日常を守るために、私は全身全霊をかけて戦わなければいけない。


 受け取ったマントを羽織る。覚悟は決まった。


 陛下の、いや全国民の期待に応える。ハプロフ王国を守り切ってみせる!



「ここは関係者以外立ち入り禁止です! 止まってください...ちょっ! いくら高位の貴族様方でも通せませ――」

「邪魔じゃ邪魔じゃ! 辺境伯に会わせんか」

「こっちは一大事なのだ」

「お前! わしに触るな汚らしい」


 勢いよく開かれた扉から、軽く二桁はいそうな貴族たちがぞろぞろと私の方へとすごい剣幕で近づいてくる。


「おい若造。我らは宮中伯であり、ここにいるどの貴族よりも陛下と親密な関係にある。我が言わんとすることはわかるな?」


 少し年老いた貴族の言葉からは、彼らが何を言いたいのかよくわからなかった。


「すみません。初対面ですのでよくわからないのですが、お教え願いますか」


 ここで声を荒げるのは得策ではない。穏便に済ませようとする私に対して、さっきより迫力と唾を増して宮中伯が答える。


「王都についたら、我らの私財の保護を最優先としろ! 貴様ら騎士がどんな努力をしようが爪先ひとつ分買えない財宝を、守る名誉を与えてやると言っているのだ!」


 部屋の中にいる騎士たちの視線が痛い。今から国を守ろうとしている騎士に向かって、なぜ馬鹿にするような発言ができるのだろうか。


 そしてあなた方の財宝に、本当に守る価値があるのだろうか。


「申し訳ないが王都では民衆の避難を最優先で行う予定です。皆様の私財はその後に――」


「阿呆か! 我らの私財は愚民とは比較にならぬほど価値の高いものだ。そもそも、愚民は死んでも勝手に増えるが奪われた富は増えん。どちらを守るべきかは明白であろう」


 傲慢を具現化したようなお方だ。穏便に済ませたかったのだが、これで私が彼らに言い返さなければ私に従う騎士にも、民衆にも面目が立たない。


「阿呆なのはあなただ。戦って散る命も、戦いに巻き込まれて散る命も、失われた者が戻ってくることは決してない。命の価値それもわからない方々と話すことはないです。お引き取りください」


「なっ......」


 現状を理解できていないのか呆気に取られたような情けない声を出し、宮中伯たちが固まる。


「か、金だろ? 成功報酬には色をつけるから、ケチくさいこと言わないでさ」


「俺は金貨600枚出すぞ」

「わしは800」

「俺は1000出せる」


 宮中伯の誰かが言ったのを皮切りに、成功報酬やら手付金やらの言い合いが始まった。お金を払えば何でも解決するのだと、本気でそう思っているのだろう。


 こんなやつらが国の未来を決めていると考えただけで気分が悪い。


「お金があるのなら自ら傭兵を雇ってください。我々は王国の騎士団であり、あなた方の騎士団ではないのですから」


 その一言で全員が黙った。


 ......最初からこう言えばよかったかも。


 すごい勢いで押しかけてきた宮中伯たちは、露骨に肩を落として部屋を出て行く。


 一方で一連の問答を聞いていた騎士たちからは私に向かって拍手が巻き起こった。


「さすがは我らが団長殿!」


 まだ聞きわかりのいい方々でよかったと思う。騎士たちの士気も上がったし、貴族への牽制にもつながった。一石二鳥というやつだ。


 さてと。私も準備の続きに戻らなければ。

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