こうやって自動販売機でコーヒーを買ったり、携帯を忘れたり、駅で迷ったりしている一日が、バーチャルの世界の異世界の果てにある答えだってことを、わたしは認めるしかなかった。ソシャゲ世界や異世界アニメの向こう側に、まぎれもなくわたしは暮らしていた。



星空を見上げた。星は動いていない。鈍い色の雲がゆったりとある。完璧にそれだけだった。なんの奇跡も起こさないまま、夜空は平然と、上に広がっていた。


風は涼しくて、嫌なことは何一つない。



向こうの方にはラブホテルの明かりが幾つかある。こっち側には街灯が等間隔にある。



・・・



例えば電車から出て、周りの人が歩くのに任せて同じように歩いたりしている。自動販売機で飲み物を買って、歩いて、赤信号を待つ。


どれだけ生きても、何処にも辿り着くことはなかった。


高速道路を車が進んでいる。わたしはそれを見ていた。




何処か違う世界に行きたいなんてことは、わたしはもう思っていなかった。その感覚だけをコンパスに、今まで生きてきたようなものなのに。自分の部屋にあるペットボトルや、キーボードや、いくつかの書類が目に入っても、もう違和感はなかった。リアルの醜さはきれいに無くなっていた。まぎれもなく、わたしはこの世に暮らしていた。



六歳のとき、おばあちゃんの家にひとりで泊まった。大きな広い家だった。庭にでて座って、夕焼けに溶けだす街を、釘づけになって見た。セミはあちこちで鳴いていて、わたしは自分自身のことを考えた。


そのとき思ったのだ。こんなものは全て要らない、と。思い出も、自分も、家族も街も要らない。なにか、別の所がいい。別の世界がいい、何処か違う世界に行きたいと。




おばあちゃんの家と、天使ミオの配信部屋。これはひとつの人生のなかにある二点だった。そして矛盾した二点だった。どちらかを、心の中から捨ててしまわないといけなかった。



PCの電源を切った。部屋は一気に暗くなって、ほとんど光がなくなっていく。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る