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カフェの店員さんに、好きになられたかもしれない。
よく昼食を食べている道路沿いのカフェに、いつもの店員さんがいる。だんだん挨拶を交わすようになった。話しやすくて、人当たりが良かった。店員さんの休憩時間にボーカロイドの話をしたりして、ふと、話題がバーチャルライバーに移った。霧雨ココノをよく観ている、と、店員さんはおそるおそる言った。
わたしも変に油断して、配信の時のような声で喋ってたかもしれない。
急いで昼食を食べ終わって、白い皿が空っぽになる。
ライバーの話から逃げるように、途端に外へ出てしまった。自分でも不自然だった。天使ミオをやっているのがわたしだと店員さんにバレたところで、別に何か実害があるわけではない。活動について、何人も他に知っている人はいる。
あの人は言いふらすような事もしないだろう。
空の水色が重苦しい。鮮やかなものを見たくない気持ちだ。一歩一歩と歩いて自室へ戻るのが面倒すぎて、立ち止まりたかった。バッグも何もかもそこら辺に捨てたい気分だった。
部屋へ戻って、とりあえず電気をつける。
まずはしないといけないことを済ませようと思って、軽く掃除をしたり、歯を磨いたりいろいろした。
配信の前に、チナツと少し話す。「うん。今日もわたしはカフェに行っただけ」チナツが一瞬店員さんに触れて、ドキッとした。関係ない話題だったけど、自分の恐ろしいところを突かれた気分がした。
こころちゃんは今、配信中だった。会話しなくて済んでむしろ安心だ。話せば、自分でも気づいていない気持ちを引き出されていたかもしれない。
カフェの店員さんに、自分が天使ミオの『魂』だということを気づかれたかもしれない。それだけのことが、どうしても頭から離れない。店員さんの興味が、単なる興味ではないと感づいたから? それもあるけど、それだけじゃない。店員さんの気になるのが『天使ミオ』なのか『わたし』なのか、考えざるをえなくなってしまったからだ。今までに、友達以上の関係になった人は1人もいなかった。自分の心に何かの魔が差しているのが分かる。
その日は配信を休みにした。
銭湯で服を脱ぎながら、時計を見た。針は何時何分とあって、秒針が一秒に一つずつ動いていた。靴下まで全部脱ぐ。
そして風呂上がりの窓には、夜があった。なにもやらない一日を、どうにか過ごし切ったみたいだ。
休憩所のところに入ると、いつもの若い男の人と一回り年上の人がゆっくりしていて、こちらに会釈する。わたしも上の空で返事をした。
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