鏡の自分には、気になるところがたくさんあった。細い目、不恰好な口元、ゴワゴワした髪質。でも今こうして見てみると、たいした事じゃないように思える。これはこれで可愛いじゃないか、と思った。まだ暗い朝の雰囲気が良くて、そう思ったのかな。



その日は配信をしない1日だった。こんなに早く起きてしまって、あてどない気持ちだった。なにも無いところで迷子になってしまったみたいな気持ち。

やっておかないといけない事務作業はいくつかあったけど、今やる気は一切ない。



で、急に泣きたくなって、そのまま涙を流す。高校に入ったばかりの時、ある新しい友達とボカロの話をたくさんした。『Ur-Style』はいいよね。『Chaining Intention』はどう? 『天ノ弱』は? 『FRRELY TOMORROW』聴いた?

通信制で、にぎやかな夜のなかを制服で歩いた。それまでは絵を描いていたから漫画家になる予定だったけど、インターネットの世界が大好きになって、それならボカロPに成ろうかな、と思った。そのあとすぐ声優に変えたけど。あの頃のわたしにとっては、実はどれも大差ない存在だった。

あの頃の自分が成りたかったのは、まさに今の自分そのものだったのだ。成りたい自分とはこれだった。そのことに気がついて泣いた。


嬉しいからじゃない。


成りたい自分に成れる、ということが、とても悲しいことだったのだ。


・・・


・・・


気持ちも落ち着いて、夜、こころちゃんとチナツちゃんと遊びに出ている。2人とも(自分も)酔って、顔全体が赤くなっていた。肌がてかてかしている。チナツちゃんは酔うとフザけるようになって、配信ではまぁしないゲヒンな爆笑でゆらゆら道路を進んでいる。こころちゃんはあまり変わらず、いつものようににこにこしている。

朝に思い出したような風景だな、と思った。初音ミク達の話をしながら歩いた夜のなかを、今、自分達の話をしながら歩いていた。自分達以上の話題はない。

この宇宙がどれだけ広くても、それでも届かないような果てしない彼方に、初音ミクとかIAとかは居るんだ、なんて思っていた。今、そのオンラインの世界に居るのが、まさかこの自分達とは。自分達の方が、この宇宙よりも広かったということになる。



いつもの銭湯にひとりで居る。

もう風呂上がりで、休憩所のところで座っていた。テレビには天使ミオが写っていたけど、あまり興味が持てなかった。

若い男の人と一回り年上の人が、そこの椅子で喋っている。テレビに映っている天使ミオが一体何なのか、よく分かってない感じだった。つまりわたしと同じだった。


天使ミオ、霧雨ココノ、大地ナツはインターネットの世界の存在で、ここには居ない。ここに居るのはただダルい全身を引きずっているだけの女だ。最近は外食とかばっかりだったので、体が重い。銭湯に来ても元に戻らなかった。たぶん野菜が足りていないのだ。



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