オンラインガール

白象作品



駅のいちばん大きな広告看板で、わたしが歌っている。キャラクターの方のわたしが。そのわたしのことを、喜びながら写真を撮ったりしている人もいる。

それをじっと眺めて、自己満足の感覚に浸ろうとしても、なぜかうまくいかない。

自分はただ、スタジオでの配信を終えて、自室へ戻るだけだった。


帰りのスーパーで弁当と備品を買って出て、同じバーチャルライバー仲間のこころちゃんとチナツちゃんとSNSで話をする。ほんの一瞬、好きに雑談をすると、信じられない程の人達がすぐさま大量の反応をくれる。

揺れるバスは満員になってきて、杖のお年寄りが立っていた。「どうぞ」と言って席を立つと、「どうも」と言ってその人は座った。わたしはゴムのてすりにつかまる。危ないので携帯をしまう。


わたしのキャラクターのコスプレをした人が居て、通行人の関心を集めていた。


日はギリギリに落ちかかっていて、近所の森は夕日にじんわりとしていた。チナツちゃんのキャラクターの世界観、世界樹のある森の世界を思い浮かべる。



マンションのエレベーターは自分しかいない。とても静かだった。


鍵を開けて部屋へ入る。


取っ手の冷たいのにギョッとする。


靴を脱いで、買ってきた弁当を食べながら、友達のこころちゃんとチナツちゃんの配信をぼんやり眺める。霧雨ココノ、大地ナツ、という名前で2人ともやっているけれど、最近に会う時にはもうキャラクターの名前では呼び合わなくなった。仲良くなったのだ。

しばらくして、何かおかしいと感じた。もう夜になってきたのに、電気をつけていない。

立ってつけよう、と思っても、面倒で動く気がしなかった。とりあえず手元のライトだけつける。



パソコンの隣に、フィギュアが置いてある。天使ミオ。それがわたしのキャラクターだった。

もう5年以上やっていて、数百万人のフォロワーがいる。毎日の配信をてんやわんやにやっていたら、気づいたらこんなことになってしまっていた。

自分はそれほどの人間ではなかった。いくらなんでも分かる。アイドルオーディションの一次審査に二回落ち、コンセプトカフェのバイトでもこれといって芳しくない成績だった。バーチャルライバーとしての『才能』がわたしに秘められていた、なんて思い込むほどおめでたくはない。だいたい、1人の人間が何百万人に支持されるということ自体ありえない。そんなことに正気で耐えられる人は誰もいない。


世の中に、何か変わった事が起きているんだろうなぁ、と思った。自分の人生とは関係のないところで。それが良い事だったら良いなぁと、ぼんやり思っていると、その日はそのまま眠ってしまった。


・・・


おぼろげな中、一瞬だけ目が覚める。窓から入っている街の明かりが、天井に、キラキラと揺れていた。




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