16.高級レストランはキャンセルで

 リシャールの仕事が仕上がるにつれて、アリスターの帰国の日が近付いてくる。帰国前にアリスターをフランス料理の一流レストランに連れて行こうとリシャールは決めていた。

 ドレスコードのあるそのレストランは、リシャールも数回しか行ったことはない。格好付けてアリスターをエスコートしたいだけなのだ。


 仕事が翌日休みの日に、早く上がらせてもらってコンドミニアムに戻るとアリスターは準備して待っていてくれた。

 金色の髪を撫でつけて、緑色の目も凛々しく、黒いスーツがよく似合う。

 惚れ惚れとしていると、アリスターに小さく呟かれた。


「外食よりもその後が気になる……」

「その後って?」

「リシャールを……抱きたい」


 白い頬を紅潮させて小さく呟くアリスターにリシャールはぞくぞくとしてくるのが分かった。こんなにはっきり言われたら、今すぐにでもアリスターとベッドに行きたくなってしまう。


 フランスの観光地を案内しようとしたときもだったが、リシャールばかり格好を付けようと考えてしまって、アリスターの要望をきちんと聞いていなかった気がする。

 せっかくフランスまで来てくれたのだからアリスターを精一杯もてなすつもりでいたのだが、アリスターはそんなことよりもリシャールとの時間を望んでくれている気がする。

 アリスターの手に指を絡めて引き寄せると、抵抗なく腕の中に納まってしまう。

 口付けるとアリスターの表情が甘く蕩けた。


「スーツ、このために誂えたのに、行かないでいいの?」

「リシャールが行きたいなら行くよ」

「僕は……」


 決定権をリシャールに受け渡されて、リシャールは少し考えてしまう。

 このまま高級レストランに行くか、それともアリスターと二人だけの甘い夜を過ごすか。

 幸い、リシャールはアリスターが帰った後もコンドミニアムに滞在するので、料理の材料は冷蔵庫に入っている。


「レストラン、キャンセルする。その代わり、シャンパンでも買ってこようか? アリスター、シャンパンは好き?」

「アルコールはあまり飲まないけど、シャンパンくらいなら飲める」

「それじゃ、すぐに戻る。そのまま、待ってて」

「え!? このまま!?」

「僕の前でそのスーツ、脱いでほしい」


 低く甘い囁きを耳元ですると、アリスターが顔を赤らめているのが分かる。初めてのとき以来アリスターはまだリシャールを抱いていないので、高級レストランよりもそっちを選んでくれたことがリシャールにとっては嬉しかった。


 シャンパンとラヴィオリとローストビーフを買って、リシャールはコンドミニアムに戻った。夕飯はラヴィオリのチーズソースとローストビーフにマッシュポテトを添えて、シャンパンと一緒にいただく。

 シャンパンを飲んでいるとアリスターの視線がリシャールの胸元や首筋に向いているのを感じる。


「僕も着ようかな」

「それなら、写真を撮らないか?」

「僕とアリスターで? いいよ。格好良くしないといけないね」


 食べ終わるとシャワーを浴びてリシャールは自分のスーツを着た。アリスターに抱かれるのだから準備をするのに少し時間がかかってしまったが、その間もアリスターはソファに座って大人しく待っていてくれたようだ。

 三つ揃いのスーツを着ているリシャールにアリスターがぼーっとリシャールを見上げている。


「アリスターのスマホ出してよ。ソファで座って撮る?」

「座っても撮る。立っても撮る」


 スマートフォンの画面が顔認証で開くと、壁紙を見たことがあるような気がしてリシャールが覗き込む前にアリスターが慌ててカメラに切り替えた。

 カメラでリシャールのことを撮っているが、撮られることにリシャールは慣れているもののこうではないのではないかと思ってしまう。


「アリスター、一緒に撮ろうよ。僕もスマホ持ってくる」


 ソファに並んで座ってカメラを切り替えて腕を伸ばしてツーショット写真を撮ると、アリスターも負けじとツーショット写真を撮る。

 立ってツーショット写真を撮って、ふざけてリシャールがアリスターを姫抱きにしたところも撮ってもらって、リシャールとアリスターは笑い転げていた。


「リシャール、俺のこと抱き上げられるのか?」

「これくらいできるよ。無駄に鍛えてないからね」

「俺もリシャールを……」

「無理だよ、アリスターが折れちゃう」


 細身のアリスターはリシャールを持ち上げられずに悔しがっていたから、ソファに座ったアリスターの膝の上にリシャールが跨る。その状態で写真を撮ると、際どい感じがして、誰にも見せられない写真になってしまった。


「あー、最高。コンドミニアムでもアリスターと一緒だと最高の時間が過ごせるね」

「俺も最高の気分だ。リシャール、ありがとう」


 そっと触れるだけの口付けをされて、リシャールはそれでは足りなくてアリスターを引き寄せて深い口付けをする。アリスターの手からスマートフォンが滑り落ちてソファの下に敷かれているラグの上に柔らかく受け止められた。

 リシャールもスマートフォンを投げ出して、アリスターの首に腕を回す。

 何度も角度を変えて口付けすると、アリスターの普段は鋭い緑の目が甘く蕩ける。


「アリスター、『キスをして』」

「んっ……」


 ネクタイを引き抜き、ジャケットを脱いで、ベストとシャツのボタンを外して首筋に、胸に指をさして指示をすると、アリスターがリシャールの肌に口付けていく。


「『触って』」

「リシャール、俺も脱ぎたい」

「いいよ。『脱いで』」


 リビングのソファは広いので大柄な男性二人が絡み合っても問題はない。それでも、アリスターとの行為は大事にしたかったので、下着姿になったアリスターの脱いだものを手早くハンガーにかけて、自分の脱いだものもハンガーにかけて、リシャールはアリスターをベッドまで導いた。


「どうしたい? 前みたいに全部僕主導でいい?」

「俺も、リシャールに触れたい。リシャールを翻弄したい!」


 ベッドの上にアリスターを座らせるとそのまま押し倒しそうになるリシャールに、アリスターが必死に言う。

 体勢を入れ替えて、リシャールがベッドに横たわる形になって、両腕を広げた。


「いいよ、『おいで』」


 覆い被さってくるアリスターをリシャールは受け入れた。


 翌日はアリスターの帰る前日だった。

 ベッドで満足した顔をして眠っているアリスターの顔を覗き込んで、リシャールは内緒でアリスターの寝顔を写真に撮った。パスワードの必要なファイルに写真は隠して、アリスターが起きる前にシャワーを浴びて朝食を作っておく。

 目が覚めたアリスターはリシャールがベッドにいないことに気付いて、リビングに出てきていた。


「おはよう、アリスター。もうすぐ朝食ができるから、シャワーを浴びておいで」

「ん」


 短く答えたアリスターはまだ完全に目が覚めていないようだ。

 金色の前髪を上げて額に口付けると、額を押さえてバスルームに入って行った。


 行為の後にはすぐにシャワーを浴びないとなんとなく気持ち悪い気分になるリシャールだったが、アリスターとの行為の後は洗い流すのがもったいないような気がして、疲れて眠ってしまったアリスターの寝顔を見ながらリシャールも眠ってしまった。

 リシャールは仕事があるのでアリスターは跡を全く付けなかったが、リシャールはこっそりとアリスターの鎖骨の辺りに吸い跡を付けている。独占欲の表れと言えばそうなのだが、アリスターはバスルームでそれに気付くだろうか。


「朝食を食べ終わったら、たっぷりアフターケアをしようね」

「お、おう」


 バスルームから出てきたアリスターにリシャールは笑顔で告げた。


 アフターケアはプレイ後に行う療養やご褒美のようなもので、それをしないとどれだけ優しいプレイであってもSubに負担がかかってしまう。

 特にリシャールは自分が強いDom性を持っていると分かっているので、どれだけ優しいコマンドでもアリスターに負担をかけているか分からない。

 朝食の後でアリスターを膝の上に抱き締めてリシャールは真っすぐな金色の髪を撫でる。


「昨日は『上手』だったね。とても『いい子』だよ」

「リシャール……なんかくすぐったい」

「アフターケアは大事なんだから、ちゃんとさせてよね」

「アフターケアが必要なほど強いコマンドは使われていないよ」


 そういえばリシャールのDom性が強いのに、アリスターはプレイの途中で話をしたり、言葉を挟んだり、リシャールに完全に従うだけではなくて自分の意思も伝えてくる。

 もしかするとアリスターのSub性も強い方なのかもしれない。

 それならばリシャールとの相性は抜群ではないかとリシャールは嬉しくなってしまうのだった。

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