ブルー電波スプリング

大山 吟太

私の夏休み

私が高校2年生の頃の夏休み、当時の私はネットで人と話しながら作業をする、いわゆる作業通話が趣味だった。その中で紆余曲折あり、かなり心身を消耗していた。その頃は気づいていなかったが、今思えばあの頃の私はおかしかった。


朝起きて、まず枕の横にあるスマホを持ち上げて、通話や作業内容を共有できるサーバーのページを開く。そこには新しく私のいるサーバーに入ってきた人が表示されていて、その人達にまずは挨拶をする。その時からが私が起きた時間だった。


顔を洗うこともなく、まず部屋を出て台所へ向かう。電子レンジの中には母親が作ってくれたヨーグルトとパンが入っていて、炊飯器の横に置いてあるバナナを1本ちぎってから、リビングの机に置いてから、小分けバターをレンジで30秒。


砂から作られた頑丈な皿は、全く割れる様子を見せない。私が産まれる前からあるような古い平皿だが、顔色一つ変えずに朝の光とバターを受け止めている。


朝日は少し傾いて私を照らそうとするが、カーテンに遮られて落ちる日差しは白くて可愛らしい。足元に猫がよってきて、私の脛に頭を擦り付けると、それだけで満足したのかソファへ戻った。


パンはバターのおかげで味がついているが、幼少期の私ならその生地の甘さを認識し、何も付けずに食べていた。今では贅沢を知ってしまったらしい。ヨーグルトは時間が経っていて水っぽいが、メープルシロップを少しかければ生暖かいのすら気にならなくなる。皮を取って捨てたバナナの身を咥えながらキッチンに溜まった水につけておく。


部屋に戻り、レースカーテンだけを閉めて、遮光カーテンを横に追いやると、窓側のワーキングチェアに深く腰掛けてから5秒くらいため息。そして椅子を机と反対側に回し、15分ほど壁を見つめる。椅子の向きを直して、机上に充電器を外しながらスマホを持ってくる。木目の机にガタイのいスマホケースは不似合いだが、子供っぽさがして良いと言い訳して、再びサーバーページを開く。


サーバー掲示板の表示を上げてから、1回スマホを閉じて、昨日端に寄せて皺のついた紙を広げてみる。やっぱり未完成だな、右下のやつは可愛いんだけどその上が思いつかない。左側ももう少しやれるんじゃないかな。


とりあえずペンを持って、赴くままに隙間を埋めてみる。隙間にそってさらに何か空間があって、その線を少しなぞっていると、既視感のある形になって、ふとここにこれって存在できるのではと思って、描いてみる。それが思った他上手くいくのだ。


腕が疲れ始めた頃、ふと腹の虫が騒いだ。レースカーテンを見て日の傾きを確認すると、ため息と共に立ち上がる。財布の小銭入れを見ると、114円が寂しげに散らばっている。部屋を出て、リビングと廊下を繋ぐ道の途中にある収納を開ける。そこにある親の貯金箱に手を伸ばし、100円を拝借して、引き戸を閉める。半袖の運動着に手を伸ばして、パジャマから着替える。


外は少し陽炎がイラつく程度、さっきまで冷房にあたりっぱなしの人間には日光は効かない。皮膚温度と外気の気温差にある少し不思議な感触を無視して100m先の自動販売機まで歩く。その途中には公園で遊ぶ子供がいる。今日は少し多い。そういや日曜日だったかな、歩きながら薄いポケットからスマホをとって確認する。自分の曜日感覚がかなり狂っていることを再認識した。


自販機の前には、混血っぽい顔立ちのコーカソイド男女の子供2人がいる。レモンスカッシュを2人で買うと、自販機の脇で分け合っている。微笑ましい出来事だが、今笑ったら私ははただの不審者になるだろう。半ば無視するように200円を入れて、自販機の上段左から2番目を押し、落ちてきた缶を取ると、少し足を早めて来た道をもどる。そろそろ暑くなってきたか。


家に帰る頃には、首元と前髪は汗をかいていた。せっかくなので、シャワーを浴びてみる。自室に缶を置き、シャワーの水を出してから、服を脱ぐ、夏休みで怠けた体は、かつて真夏の運動部で地獄を見たとは思えない。浴室に入って、シャワーを浴びると、まだ少し冷たい。水はすぐに暖かくなり、全身を流して、浴室を出る。体を重点的に拭いて、2枚目のタオルで髪を乾燥させる。2枚目のタオルを首にかけたまま椅子に戻る。


シャワーを浴びて少し脱力感を覚えた私は、部屋の机に置いてある缶に手を伸ばして、プルタブを起こして、二度寝させる。口から喉に落ちる少し強めの炭酸は、味よりも出しゃばってくる。1回缶から口を離し、野菜のような後味がしてくる。あまり美味しいとは言えない。


缶を飲み干すと、机の右側に置いてから、スマホを取り出して、サーバーの様子を見て、ボイスチャットに入る。通話募集をかけてみると、すぐに誰か入ってきた。1つ下の後輩、レン。もちろん本名や会ったことは無いが、顔は知っている。この人と知り合って1〜2年くらいになるから、もはや現実の友達よりも仲が良い。


「リックさん作業?」「うん、レンは?」「課題やわ、まじで終わらん」私がネットで使うネームはリック。この名前も、本名より呼ばれたんじゃなかろうか。レンとの話題は、ネットミームや最近の流行り、学校での事情など様々だ。相手は関西人で、こっちは関東人。少しズレのある話の仕方や常識があることを知り、互いに興味深く話している。


「そういやリックさん」「ん?」「けむりんさんって最近来ないよな」けむりん、私はその名前をなるべく忘れたかった。夏休みの始まる頃、けむりんという私の一つ下の女子高生は、サーバーに入ってくるなり様々な人と話をして場を盛り上げる話し上手な人だった。中でも私は彼女に興味を持たれたようだった。


夏休みの中頃、人々は実家に帰省したり遊び呆けてる時、サーバーで作業をする人は少なくなる。しかし、私とレンとけむりんの3人だけは、毎日朝から晩までそのサーバーで作業をしていた。次第にサーバーの他メンバーから「通話に入りずらい」と言われる程に。仕方なく、私たちはレンとけむりんと私だけのサーバーを作った。


私たちは、そこで作業やら前のサーバーでは出来ない話などをした。ある時、レンは「親と実家に帰るから数日ほど作業に参加出来ない」と言われて、ついにけむりんと私だけが、朝から作業をしていた。その時、けむりんから「もう個人通話にしませんか?」と言われ、私は快諾した。


個人通話の作業が進む午前0時半、私とけむりんの2人は、そろそろ寝ようかと思う頃すら通話をしていた。このままだと寝落ちてしまいそうな時、けむりんから声をかけられた「リックさん、その、今って布団の中ですか?」「いや、布団の上に座ってるよ」「あの、、、すごく聞きづらいんだけど、リックさんってさ、その、オナニー、、、って、する?」


衝撃が走った。普段は後輩の元気で明るい声が、恥ずかしさと性欲の高まりを抑えきれないメスの声になっていた。この時の男というのは実に単純なもので、脳裏には「死ぬほど可愛い」という文言のみがあった。


「、、、」「あ、いや、そのすみません!つい出来心で」「ごめんその今のですごくしたわ」「、、、その、リックさんさえよければ、オナ電しませんか?」「、、、しよっか」


顔から火が吹きでそうなくらい暑かった。それと同時に私の男は、久しぶりに活力を見せ始めたようだ。




スマホにイヤホンを付けると、電話の向こうで衣擦れの音がする。相手から聞こえてくる息遣い、相手の遠くから来る物音全てが、けむりんの人間としての動きを想起させる。


「リックさん」「ん?どしたの」「準備、まだしないで」「わかった」


なんの意図があるのか分からないが、音に集中できそうだ。

「シャツからズボン、下着の順で脱ぐね」向こうからは軽い布が擦れ合って、大きな布団に落とされる音が聞こえる。なんだか焦らされてるようで心臓が飛び跳ねている。段々と布団に落ちる物の音が軽くなると、


「どう?興奮した?」「、、、うん」


普段は向けているはずの私の様々な視線が、今この1つの電波に集中しているのを感じる。


「リックさん、私と同じ順にゆっくり脱いで」「、、わかった」


ポリエステルのTシャツは、いつもより忙しなく、静かに音を立てながら私の体を離れた。軽くて動きやすいズボンをゆっくりと脱ぐと、私の下着が露になった。下着はいつもよりも脱ぐ時の重みが違った、なんだか覚悟が決まったようだった。


「脱いだよ」「ありがとう、、リックさん、今私カメラ付けてるんだけどさ、リックさんだけカメラオフにして見てくれない?」


私はカメラに映らないようにビデオをオフにして、画面を見る。そこには綺麗な黒髪のポニーテールに、綺麗な丸目の女の子の体があった。手のひらで撫でて触って可愛がりたいほどに綺麗なボディライン。その上側についた2つの小さなポイントは、外の世界に怖がって尖っている。その背景には白い壁と黄色いベッド、それにけむりんの付けたピンクの髪飾りがよく映えてとても美しかった。


「どう、、かな?私」「すごく綺麗だ、私は初めてあなたの顔や体を見たけれど、本当に可愛い。叶うなら今すぐにけむりんを抱きしめたい。」「ふふ、ありがとう。すごく嬉しい」


けむりんは後ろのベッドに腰掛ける


「じゃあ、、しよっか」「一生忘れないようにするわ」


けむりんは足を開き、とても綺麗な肌色の股の下を指でそっと触れる。触れると同時に少し声が漏れた。カメラだと少し離れているが、相手と繋がったイヤホンのマイクから聞こえる声はとても可愛くてたまらない。


「んっ、、んあっ、、ん、、、」


気づいたら自分の男根を握っていた。普段の自慰とは違う、とてつもない背徳感と快感に包まれるものだった。カメラの向こうでは、けむりんは腰をビクつかせながら頑張ってこちらを向いている。下唇を少し噛みながら、1つまた1つと繰り返される「ん」という言葉とその表情はとてもそそられるものだった。


「リックさんのタイミングでいいから、、

んっ、あっ、、」


普段は声を出さない私だが、流石の興奮につい声が漏れるようになり始める。実際に交合うっているような感覚に陥った。


体感1分程、私の精力は絶頂を欲し始めた。


「やばいっ、イきそう、、、」

「リックさんも、、、イく?」

「うん、、、やばいわ」

「私も、、イックイグゥッッッ」


けむりんは喉で粗く喘ぎ始めた。私もそろそろ限界になりそうだ。


「いっしょにイこ?リックさん」「うん、、イきたい」「リックさん.リックさん,リックさんん」


名前を呼ばれている、この夏、他人との会話のほぼ全てに使った、ほぼ一心同体の名前で、呼ばれている


「リックさんんっ、好き..好き...!」


快楽が襲ってきた、背骨から魂を吸い取られたように。体の節々が脱力し、同時に人生で初めて好きと言われた衝撃に、脳みそはショート寸前だった。


「はぁ...ふぅ...はぁ...リックさん体力すごいね」

「え?...」

「私、リックさんが1回イくまでに3回はイっちゃったよ、、、」


その時ようやく、けむりんに誘われてから40分が経っていることに気づいた。

その後、リックとけむりんは互いに何度も絶頂に達し、8回目でようやく終わった。

2人は元の通話に戻り、布団に潜りながら話し始めた。


「リックさん」「どうしたの?」「私、幸せだ、リックさんが居て」「〜〜ッ!...私も幸せだ、けむりん」「うん!」「とても、すごく幸せだ」「そうですね!ふあぁ、何回もしたから疲れちゃった、リックさん、このまま寝ません?」「そうだね、寝よっか」


朝日も見えて来そうな時、けむりんは眠りについた。


「すぅ...すぅ...」「やっぱすごく可愛いなけむりん」


その寝息に誘われ、私は寝てしまった。




夏休み中頃に突入した。

レンが帰ってきて、それと同時に前サーバーでの問題が解決し、作業を元のサーバーで行うようになった。しかし、次第にけむりんと通話をする機会が減っていって、しまいには全く来なくなってしまった。


「けむりんどうしたんやろね〜、リックさ〜ん、けむりんから何か聞いてる?」「あぁ、いや何も聞いてないな、わからない。」「そっか〜、まぁ元気にしてりゃええか!」

その瞬間、わたしは少し吐き気がした。

「すまん、少しトイレ行ってくるわ」

目の前を緑と青と黄色、紫の混ざりあった変な物体が支配して、私の視界とバランス感覚を遮っている。壁に体をぶつけながらもトイレのドアを開けて便座に顔を向けた瞬間、口から大量の胃液が出てきた。なかなかな量だった。



なぜ吐くのかには心当たりがある。まず、あの行為の時、私は確かにけむりんに「好き」と言われた、その言葉の衝撃はとても大きく、私には抱えきれないほど眩しくて嬉しかった。故に彼女に依存してしまったのだろう。しかし、その行為の次週ほどから、けむりんは来なくなってしまった。とても愛していた依存先を失った私は、内面を病み、まともな量の食事が喉を通らなくなった。


その上、最近は電話をしていない時間でも、絵を描いているとなんだか声が聞こえる、私の他に誰かと誰かが話しているのだ。もちろんスマホを見ても通話状態では無いし、家には猫以外誰もいない。この症状が出始めて、段々と体を動かすことにさらに体力を使うようになり、自己嫌悪が増えた。愛した拠り所を失った男は、とても寂しかったのだ。


なぜだ、あの時愛してると!互いに幸せだと!感情と言葉を重ね合わせたではないか!...

そんな人に私は、捨てられるのか、いとも容易く簡単に、、、追うにも追えず、私はそんな現状を飲み込んで、けむりんの名前を忘れようとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ブルー電波スプリング 大山 吟太 @ginta_ooyama

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ