第39話

 話すと言ったが、柊椰はすぐには口を開かなかった。


「今から話すことを聞いて、杷佳がどう思ったか、後で正直に話してくれるか?」

「わかりました」

「もし全てを聞いて、ここにはいられないと思ったら、北辰家を出てもいい。もちろん室生家に帰すことはしない。父上に頼んで、新しく杷佳が暮らせる場所を探してもいい」

「それは、私を追い出すということですか?」

「そうではない。ただ、今夜のようなことがまたあるかも知れないのだ。そう聞けば、理由はわかるだろう」

「今夜の…」


 今さっき見た亡者達の姿を思いだし、杷佳の体に悪寒が走り抜けた。

 鼻の奥に、彼らから漂ってきた腐臭が残っている。

 出来れば二度と見たくない。


「柊椰様は、あんなこと、初めてではないのですね」


 淡々と処理をしていた姿に、彼が手慣れていることがわかる。

 動転していて聞き逃しそうになったが「これで百体」だと、彼は言った。


「ああ」


 思った答えだったので、驚かなかった。しかし、次の言葉には驚く他なかった。


「私も、あと少しであのようになる筈だった」

「な、何ですって!」

「正確に言えば、一度三途の川を渡った。私は死に戻りだ」

「……死に、戻り?」

「仮死状態だったのではない。私は本当に、君が嫁ぐ前に一度死んでいた」

「死ん…だ? 柊椰様が?」


 杷佳の言葉に、柊椰は頷いた。


「死んで戻ってくるなど、そんなこと、あり得るのですか?」

「普通はない。生まれ変わることはあっても、それは死に戻りではない。すべて忘れて新しく生まれ変わるということだから」

「では、どうして柊椰様は、戻って来られたのですか?」

「死んで、一度泰広王の裁きの場に出た時、『冥婚』が、私をこの世に引き戻した」

「『冥婚』が?」


 自分との「冥婚」が、彼のこの世に引き戻した。彼岸に行った死者を、再び現世に引き戻すほど、「冥婚」の効力はすさまじいものなのだろうか。


「『冥婚』が、死者をあの世から呼び戻すなら、死んだ人を生き返らせたいと思っている誰もが、こぞってその手法に手を出してもおかしくありません。でも、そんなことが本当にあるのでしょうか」


 「冥婚」で死者が生き返ったなど、聞いたこともない。それとも、ただ単に自分が知らないだけか。しかし、そうなら世間はもっと騒いでいるはずだ。興得寺の住職からも、そんなこと一言も聞いたことがない。

 だが、目の前に生きた証人がいるのだから、否定も出来ない。


「それはわからない。ただ、倶生神が何か言う前に、私は秦広王から『閻魔大王』の所へ行けと言って、彼の元へ飛ばされた」

「閻魔…様?」

「そうだ。そしてそこで家族が『冥婚』を行ったことを聞かされ、戻りたいかと尋ねた」

「あなたは、『戻りたい』と言ったのですか?」


 しかし、その問いに柊揶は首を振った。


「はっきり言って、生まれてからずっと生きていることが辛かった。息も苦しく、体は鉛のように重い。熱を出せば何日も続き、苦い薬も何度も飲んだが、一向に効きはしない。あの日々がまた続くと思ったら、『冥婚』までしてくれた家族には申し訳なかったが、これで楽になるならそれでいいと、断った」


 生きていることの方が辛いと思う気持ちは、杷佳にも理解できる。何のために生きるのか意味を見出だせず、訪れた死を救いと受け止め、新しく生き直す方がいいと、柊揶が考えたとしても誰にも責める権利はない。

 周りがどう思おうと、最終的にそれを決めるのは彼自身なのだから。


「でも、あなたは生き返ったわ。その願いを閻魔様は聞き入れてくれなかったということなのですか?」


 柊揶は生き返ることを拒んだ。しかし、今彼はここにいる。


「断った私に、もし、病と無縁の体があったら、それでも戻らないかと、大王は尋ねた」

「それはつまり」

「病が治った体があるなら、戻ると言った」

「それで、その条件を…」

「呑んでくれる代わりに、別の条件を提示された。地獄から抜け出したり、この世に留まり続ける亡者を狩る。そして、裁きの場や元の地獄に返す。それが大王の交換条件だった」

「それが、毎晩柊揶様が出かけていく理由なのですか?」


 地獄から這い出してきた亡者の姿が、杷佳の脳裏に再び蘇った。


「牛頭達は、その補佐兼監視役として遣わされた。彼らは影から影に移動し、捕らえた亡者やこの世に未練を残し悪鬼と化した亡者を、正しき場所に導く」


 

 


 




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