第33話
柊揶の物言いに、最初父親の柾揶は驚きに目を丸くしていたが、すぐに表情を緩めた。
「初めてだな。お前がそのように我を通すのは。生まれた時から、病弱で高熱を出した時も弱音ひとつ吐かず、苦い薬も嫌な顔もせず飲んでいた。年齢に似合わず大人びていて、何か欲しいものはないかと、問うても黙って首を振るばかりだったのに」
「我が儘を言ったところで、辛さが和らぐわけではありませんでしたし、既に父上達には多大な心労を掛けていましたから」
それを聞いて、杷佳は感嘆した。
杷佳でさえ、幼い頃熱を出した時には祖父や香苗に甘えていた。飴玉や甘いものをいつも以上にをせがんだ。たまに熱を出してさえ、そんな風なのに、彼はそれすらしなかったのか。
「心配せずとも、杷佳さんが望まないなら室生に帰すことはしない。是非にと招いたのはこちらだ。突いたり引いたり、こちらの都合で振り回すことはしない。安心しなさい」
柾揶の言葉を聞いて、杷佳の肩がほっと緩んだ。
「ほら、言ったとおりだろう? 当主の父上の言葉なら信じてくれるか?」
「す、すみません…疑っていたわけでは…」
「それより、その浴衣、杷佳さんが縫ったものだろう? よく似合っているな」
「そうでしょう? 私の嫁は気立ても良く美人で、縫い物も上手だ」
「そ、そんな…」
褒められ慣れていない杷佳は、ぽっと頬を赤くし俯いた。
「すまない、そろそろ出掛けなくては」
懐から懐中時計を取り出して柾揶が言った。
「すみません、お引き止めして」
「いや、大丈夫だ。お前が熱を出した、倒れたと聞く度に、足止めされたことを思えば、こんなことは何でもない」
「ご心配をおかけしました」
「病が平癒したなら、これから追々お前にも、我が家の事業を手伝ってもらうことにもなるだろうが、今はまだ体を労りなさい」
「ありがとうございます。ご期待に添えるよう、頑張ります」
息子の言葉を聞いて、柾揶は満足げに頷いた。
「杷佳さんも、何か不足があれば常磐に言いなさい。遠慮はいらない。着物でも装飾品でも、何なら行商を呼ぶように言おう」
「それはいい。杷佳が綺麗に着飾る所をみたい」
「いえ、私は…そ、そんな…必要ありま」
「遠慮せずとも、この前は柊揶の反物しか見なかっようだし、せっかくだから普段着もいくつか必要だろう」
「ではそのように、常磐に頼みます」
必要ないという杷佳の言葉は、二人によって却下されてしまった。
柾揶は遅くなるから帰りは待つ必要はないと言って出かけていき、二人で元の部屋に戻った。
「これで安心したか?」
部屋に戻り、柊揶がそう尋ねた。
「お気遣いいただき、ありがとうございます」
「花嫁の憂いを失くすのも、夫の勤めだ」
「柊揶様」
柊揶がそっと杷佳を抱き寄せ、頬に手を添える。
昨夜の口づけが不意に脳裏に蘇り、杷佳の心臓が跳ねた。
「あ、あの…そ、そう言えば…じゅ、術というのは…私に効かないというのは、どういうことでしょうか」
気恥ずかしくなり、思いついたままさっき聞いたことについて、疑問に思っていたことを口にした。
「そのままの意味だ。常磐の話を聞いただろう? それから父上も、私が病に伏していたことは覚えているが、一度仮死状態だったことも、『冥婚』のことも忘れている…というか、初めからなかったことになっている」
「で、でも」
反論しかけて、先ほど柊揶が柾揶の前で一度も「冥婚」という言葉を使わなかったことに思い至った。
「昨晩、関係者全員に、私は一時的に仮死だったことを忘れさせ、薬が効いて奇跡的に病が回復したという記憶にすり替えた」
常磐もそのようなことを口にしていた。柾揶の様子から、彼も同じように思っていたのだろうと、想像できる。
「ど、どうしてそのようなことを…術などとはそのようやものを、なぜ使えるのですか? なぜ私は覚えているのですか?」
「仮死状態から生き返るより、そのほうが自然だろう? 術については、私には使えるとだけ言っておこう。君が覚えている理由は、こちらが知りたいくらいだ。なぜだ? 君は何者だ?」
逆に問い返されたが、そのような術があることも知らなかった。そんな自分が理由を知るはずも無い。
「そ、そんなこと…わかりません。私は…見た目は奇抜でも、中身は普通の人間です」
怪しい術とは無縁の生活をしていた杷佳には、「冥婚」自体も初めて聞いたくらいだ。
術がどうとか言われても、何も分からない。
「そういえば、父親は誰か分からないのだったな」
「はい。母は二十歳の頃、神社の秋祭りに友人と出かけた際行方知れずになり、一年後同じ神社の境内で倒れていました。その際私を身籠っていましたが、相手の男性についてどころか、自分が何処で何をしていたのかも覚えておりませんでした」
そして生まれた杷佳の髪を見て、世間は鬼か妖怪の類いに孕まされたのだと陰口を囁いた。
それよりは、異人に手籠めにされたと考える方が、余程現実的だろうが、結局は何も情報がないまま、今に至っている。
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