第32話
「教えてくれ。なぜ悲しそうな顔をするのだ」
「わ、私は…母がどこの誰とも知れない相手と通じて出来た子です。しかも、赤い髪をして生まれたことで、小さい頃から『鬼子』と呼ばれてきました」
促されるまま、杷佳はポツポツと胸の内を語った。
「うん、見越や父上達が私の側でそのように話していたのを聞いていた」
「聞こえて…いらっしゃったのですか?」
「今は私のことより、杷佳のことだ。それで?」
微妙にはぐらかされた気もするが、杷佳は気を取り直して先ほどの話を続けた。
「ですので、そのような私にまさか縁談が来るなどとは、夢にも思いませんでした。でも、その縁談が『冥婚』と聞いて、その話が私に来たのだと、納得しました」
「訳ありだからな。腹が立っただろう」
「そんな、戸惑いや驚きはありましたが、怒りなど…生まれた時から病床に身を置いて、若くして命を落とした我が子に対する、ご両親の深い愛だと思いました。せめて我が子に花向けをと考えた二人の役に立ったのです」
柊揶は杷佳の言葉に一瞬目を瞠り、次いでふっと顔の力を緩めて笑った。
「ありがとう。そんな風に思ってもらえて嬉しい。父はあの通りだし、母も…君のその考えを知れば、きっと良い嫁を貰ったと思うだろう」
「そうなら、いいのですが…でももしそうならなくても、恨んだりしません。柾揶様や常磐さんだけでも認めてくれただけで…」
「もちろん私も、花嫁が杷佳で良かったと思っている。優しくて美しくて、最高の花嫁だ」
その言葉だけで、杷佳はここ数年で一番心が温かくなった。
「でも、あなたが生きているなら、『冥婚』は無効です。あなたは普通の花嫁を迎えることが出来る。私は…もう…必要ない」
ここを追い出されたら、自分はまた室生に戻される。ほんの束の間の幸せだった。
「そんなことを考えていたのか。いや、そう考えるのも仕方がないな」
杷佳の表情が曇った原因を知り、柊揶はそう言った。
「あの、勝手なお願いですが、下働きでいいのです。私を雇って」
「悪いが、ここでの君の役割はもう決まっている。誰が何と言おうと、君は私の花嫁。それ以外の役割はない」
杷佳がすべてを言い切る前に、柊揶がそれを遮った。
「で、でも…」
しかしその言葉を、杷佳はすぐには信じられないようだった。
「私の言葉が信じられないか?」
「信じたいです。ですが…」
「そうだな。では私と一緒について来い」
「え、あ、あの、と、柊耶様?」
不意に立ち上がると、柊揶は杷佳の腕を掴んで、部屋を出て廊下を奥へと進んで行った。
「あ、あの、どこへ」
柊揶は杷佳の手を握ったまま、廊下へと進む。
転びそうになりながら、杷佳は何とかそれについて行った。
「柊揶様、杷佳さんも、どうされましたか?」
「常磐、父上は?」
廊下の途中で常磐に会い、彼が尋ねた。
「旦那様は、只今お出かけになられるところで」
「ありがとう」
皆まで聞かず、お礼だけ言うとそのまま玄関に向かって歩いて行く。
「父上」
玄関で靴を履いて、帽子とステッキを受け取ろうとしている柾揶を見つけ、柊揶は父を呼んだ。
「どうした、柊揶。杷佳さんも。見送りに来てくれたのかな」
柾揶は近づいてくる柊揶と、彼に手を引かれて来た杷佳を見て言った。
柾揶が彼を柊揶と認めた。
「少しよろしいですか。すぐにすみますので」
上がり框の下と上で向き合い、柊揶がそう前置きする。
「構わない。ああ、君、車で待っていてくれ」
玄関先に立っていた運転手らしき男性にそう声をかける。彼はわかりましたと言って、門の方へ歩いて行った。
「用件は?」
「杷佳のことです」
「杷佳さん?」
「ええ。私の花嫁は彼女だけです。私は彼女以外を妻にするつもりはありません。ですので、私の意見を無視して彼女をここから追い出さないでください」
「と、柊揶様」
柊揶は改まってそう言った。
「なんだ、藪から棒に」
「杷佳が不安がっています。家に帰されるのではと。私が実は生きていたから、『冥婚』は無効ではないかと。そうしたら、自分のような者は私の花嫁として相応しくないとね」
「そうなのか?」
柾揶は柊揶から杷佳へと視線を移す。
自分に親切にしてくれた柾揶だが、それでも室生家の日々が人と正面きって向き合うと、まだ少し震える。
「その、わ、私は…このような姿ですし、と、柊揶様がお元気になられたのなら、私は…」
「だからそのような心配は無用だ。一度三三九度を交わしたからには、私の花嫁は杷佳だけだ。そうですよね、父上」
柊揶は顔を突き出し父親に詰め寄る。その勢いに柾揶は背中を少し逸らす。
「落ち着け柊揶。そのように興奮しなくても」
戸惑いつつも柾揶はそう言った。
「あの、柊揶様、お父上が戸惑っておられます」
「だが、大事なことだ。父上、約束してください。杷佳は実家で辛い目にあってきた。あの叔父夫婦達の所へは帰せません」
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