第28話

 それから三日経った。

 浴衣の作成は順調に進み、昨夜の内に出来上がっていた。

 杷佳が思ったとおり、常磐は午後は浴衣作りに専念してもいいかと聞くと、あっさり認めてくれた。

 何なら、掃除もしなくていいと言ってくれた。

 それはさすがに気が引けると、断った。


(あれは、夢だったのかしら)


 夢と呼ぶには現実的過ぎた。

 そもそも夢であってほしいと思っているのだろうか。

 いきなり現れた男性と奇妙な頭をした子供(?)たち。

 あの夜以来、三人は現れていない。


 彼らのことは、常磐にも誰にも言っていない。

 杷佳自身、どう説明したらいいかわからないからだ。

 最初被り物だと思っていたが、どうもそうではなさそうだったし、男の方は「冥婚」のことを良く思っていないようだった。

 なので北辰家の人たちには言い辛いこともあった。


 浴衣は出来上がったが、これを柊椰に着てもらうことは出来るかわからない。

 常磐は何とかしてみると言っていたが、柊椰の母、楓が自分をよく思っていないこともわかっている。

 嫁とも認めていない者が縫った物を、大事な我が子に着せたいと思うだろか。

 

(無駄になってしまうかしら)


 出来上がった浴衣は、一針一針、会ったことも無い彼を思って縫った。

 一度作ったことがあるからか、我ながら良く出来ていると自画自賛する。


「麻希さんのお陰ね」


 彼女に感謝する日が来ようとは、思わなかった。

 北辰家の暮らしは、杷佳の身も心も穏やかにしてくれ、室生家での日々を思い出しても怯えることもなくなってきていた。


「杷佳さん、旦那様がお呼びです」


 浴衣の縫い目に綻びがないか、今一度確認していると、常磐がやって来た。

 常磐は彼女を「杷佳さん」と呼ぶようになっていた。

 お嬢様呼びはやめてほしいと、杷佳が頼んだ結果だ。


「旦那様が?」


 彼とは祝言の翌日に会って以来だ。


「常磐に聞いた。柊椰のために浴衣を縫ってくれたそうだね」

「はい」


 彼の待つ部屋に行くと、そう言われた。


「ご迷惑だったでしょうか」

「迷惑などと、そんなことはない。お礼を言いたいくらいだ。息子のためにありがとう」


 柾椰が自分に頭を下げた。

「どうか頭を上げてください」


 杷佳がそう言うと、頭を上げてくれたが、目にはうっすらと涙も見える。


「それで、楓にも話したのだが、もし、浴衣が出来上がったら、是非柊椰に着せてやりたいと言っている」

「よろしいのですか?」

「ああ。ただ、会うのは…」


 言い辛そうに言葉を濁す柾椰の様子に、浴衣は良いが杷佳は駄目だと言いたいのがわかった。


「すまない。せっかく柊椰のために頑張ってくれたのに」

「いえ、良いのです。お気になさらないでください。浴衣を受け取ってもらえるだけで私は満足です」

「杷佳さんの気持ち、嬉しく思う。そんな杷佳さんに死んだ息子に代わって、私からお礼を言う」

「私の方こそ、私を北辰家に迎え入れてくださり、ありがとうございます。そのお礼を込めて縫いました」


 二人で交互にお礼を言い合う。


「では、こちらをどうぞ」


 柾椰と話をしている間に、常磐が部屋から風呂敷に包んだ浴衣を運んできてくれていて、それを差し出した。


「これを三日で」


 結び目を開いて、綺麗に折り畳んだ浴衣を見て、柾椰が感心する。


「本当に縫い目もお美しく、これを羽織った柊椰様の姿を想像してしまいました」


 常磐も褒め称え、柾椰もそうだなと強く頷いた。

 麻希にはまあまあだとしか言われなかった。それをそんな風に褒められ、褒められ慣れていない杷佳は頬を染めた。


「本当に、これを着た柊椰を見たら、きっと楓も杷佳さんが素晴らしい嫁だと思い直してくれるだろう」

「私もそう思います」


 柾椰の言葉に、常磐も賛同する。

 それを聞いて杷佳は、そうであればいいと思いながら、人の気持ちはそう思い通りに行かないこともわかっていて、期待はしないでおこうと心の中で思った。

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