第27話

 夜中に怪しい子供と共に忍んできた男は、杷佳が北辰家にどういう立場に居るかを知っていた。

 そして、死人の花嫁にされた彼女の境遇について、彼の方が怒りを見せた。


「こんな…とは、その髪色のことを言っているのか?」


 男は杷佳の髪をひと房掬い上げる。


「はい。赤いこの髪のこともあって、奇異な目で見られていた私を、ここの方々は快く迎え入れてくれて、とても大事にしてくださいます。感謝しても、怒ることなどありません」

「は、お人好しにも程がある。生け贄みたいなものだぞ」


 怒りを通り越し、呆れた様子で男が言う。


「でも、私でいいと思ってくれたのなら、その気持ちに応えたいと思います」

「ちゃんと生きた男と出逢い、一緒になる道もあると言うのに、そんな望みはないのか」


 言い方は少し乱暴だが、初対面の男は杷佳の境遇に心を痛め、心配して言ってくれているのだとわかる。

 なぜ見ず知らずなのに、ここまで心配してくれるのか。


「変に思われるかもしれませんが…」


 死んだ男との結婚を受け入れている自分は、他人から見れば十分奇妙だと思う。


「私のことを心配してくれた人が、最近この世からいなくなりました」


 彼女は香苗が現れた夜のことを思い出していた。


「その人が夢枕に立って言ってきたのです。『自分との縁は切れたけど、新しい縁が結ばれる』と」

「それが、北辰家、北辰柊椰との『冥婚』だと言うのか?」

「わかりません。でも、彼女が亡くなって、彼女を弔うために訪れたお寺で出逢った方にいただいた御縁です。偶然だとは思えません」


 布団の上に倒され、上から覆い被さられていると言うのに、不思議と彼に対する恐怖心は消えていた。

 これも奇妙なことだと、頭の隅で思う。

 初めて会うのに、そうでないような。彼が今夜ここを訪れたのもまた、奇妙な「縁」だと思った。

 室生家にあのまま居たら、この出会いもなかったことだ。


「死人に言われて、死人の花嫁になるのか」

「死人ではありません。彼女も、そして柊椰様も、私にとっては大事な方です」

「死人には違いないだろ。その死んだ彼女は知り合いだろうご、顔も知らない男に、そこまで気を遣う必要があるのか」


 男は柊椰との婚姻を受け入れた杷佳に、どうしても物申したいらしい。何故かと思い、ひとつの仮説が浮かんだ。


「もしかして、あなたは柊椰様をご存知なのですか?」


 その質問に、男が一瞬眉を動かした。


「…良く知っている」


 少し躊躇った後、男はそう言った。


「まあ、そうなのですね。どのようなお知り合いなのですか」


 彼女は勢いよく起き上がり、彼に顔を近づけた。

 すぐ目の前に顔が近づき、男は驚いて体を引いた。


「ち、近い」

「す、すみません」


 言われて彼女も少し身を引いた。そしてこんな風に年の近い男性と身近に接したことが、これまでなかったことに気づいた。


「柊椰様は、お生まれになってからずっとお体が弱かったと聞いております。一体どのように」

「そんなことはどうでもいい。とにかく、君は死んだ男の花嫁になったことを、後悔していないのだな」


 男は杷佳の質問を遮り、質問を返してきた。

 少しでも柊椰のことを知りたいと思ってつい、積極的になったが、いつにない自分の行動に、彼女自身驚いていた。

 室生家では、何をどう言われてもとにかく下を向いて黙って耐えていた。

 誰かと視線を合わせることも、滅多になかった。

 それが、不審者同然の男と夜に二人きりでいて、言葉を交わしている。

 香苗を失った日から、次々と色々なことが自分の周りで起こっていることに、これも彼女の言う「縁」なのだろうかと思った。


「私は今のここでの暮らしを、続けたいと思っています」

「そうか。ところで、これは?」


 不意に男は、枕元にあった反物について質問した。


「あ、そ、それは、柊椰様の、ゆ、浴衣を」

「死人のために浴衣を?」

「死人ではありません。頭がおかしいと思われても」

「別にそこまでは思っていない」


 これまで散々死人に嫁ぐなどどうかしていると言っておきながら、男は彼女の言葉を否定した。


「これは、どれくらいで出来る?」


 反物を手に取り、その手触りを確かて男が尋ねた。


「二日程で」


 麻希に押しつけられた時も二日で仕上げた。それも昼間は他の仕事をしながら。

 男物を縫うのは初めてだが、解いた柊椰の古い浴衣から彼の体型が華奢だとわかったので、それほど縫う時間は変わらないだろう。

 午前中は今日と同じ掃除をしたとして、きっと常磐ならこちらの方を優先したいと言えば許してくれるだろう。


「二日か」


 それを聞いて男は少し考え込む。


「では、三日後。また来る」

「え?」


 立ち上がって男はさっさと障子を開けて出て行こうとする。

 満月に近い月の光が、男の輪郭を浮かび上がらせる。

 男はこちらを振り返る。


「それから、その髪、きれいだと思うぞ」

「え…」


 男の言葉に、杷佳は驚いて目を見開く。


「その浴衣、きちんと仕上げて待っていろ。牛頭、馬頭、待たせたな」

「あ、あの」


 杷佳は男を追って縁側に出た。

 しかし、彼女が見たのは明るい月に照らされた庭だけで、男の姿も奇妙な牛と馬の頭をした子供の姿もそこにはなかった。

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