第17話
(なんだか変な祝言ね)
そう杷佳は思った。もちろん口には出さないし、綿帽子を被っているので、表情を見られることもない。
それに#変な__・__#とは思っても、普通の祝言がどんなものなのか、まるで知識がない上に見たこともないので、何が変なのかと具体的に上げることもできない。
「これより北辰柊椰と室生杷佳の祝言を執り行う」
北辰家現当主柾椰の発言とともに、襖が開いて祝いの膳が運ばれてきて、それぞれの前に置かれた。
黒い漆塗りの膳の上には、赤い塗りの小皿や椀、陶器の小鉢などが乗り、お頭付きの焼き小鯛や、青菜のおひたし、煮物にお造りなどが並べられていられる。
(すごいご馳走)
祖父が亡くなってからの杷佳の食事は緩いお粥とたくあん、それから野菜の切れ端などを放り込んだ味噌汁が主だった。
叔父たちはもちろん白く輝く白米に、焼き魚や卵焼き、時には肉などを食べていた。
(食べていいのかしら?)
そっと向こう側に座る柾椰の方を盗み見ると、見越と酒を酌み交わしながら、時折膳のものを口にしている。
しかし、隣にいる自分の夫となる柊椰は、食べるつもりはないのか、動く気配がなかった。
というより、さっきからまったく動いていない気がする。
その上、聞こえてくる筈の息遣いも、何ひとつ聞こえてこないのだ。
手を伸ばせばすぐ触れるほど近くにいるのに、呼吸すら聞こえない。
どれほど息を押し殺せば、そうなるのだろう。
「若様、どうぞ」
常磐が隣に声をかけ、小盆に乗せた金杯に酒を注いだ。
しかし柊椰は杯に手を伸ばすどころか、返事すらしない。
(どうして返事をしないの?)
ありがとうのひと言もないことに、杷佳は柊揶の態度を増々不審に思った。意気揚々とおしゃべりをされても困るが、返事くらいはするべきではないのか。
(もしかして、言葉がご不自由なのかしら)
話したくても話せないというなら、合点が行く。
(もしそうなら、私を花嫁にというのも納得だわ)
所謂#訳あり__・__#。いくら財力があって、名家の御曹司と言えど、体のどこかに何かなけれぱ杷佳を花嫁にとは思わないだろう。
鬼子と言われる杷佳なら、娶るだけで有り難いと思い、たとえ相手に何かあったとしても、文句は言わないだろう。
そういうことなのかも知れない。
(そういうことなら、納得だわ)
杷佳はこの話がどうして自分に来たのか、話を聞いたときから思っていた。
何かの間違いだろうとも思ったが、見越や常磐、それに当主の柾椰の態度から、そうではないことが窺える。
なら、なぜ? と思っていたが、そういうことなら、それはそれで少しほっとした。
「どうぞ、お嬢様」
そんなことを考えていると、常磐が杷佳の前に金杯を乗せた盆を置いた。
「えっと…」
「両手で持って胸の辺りまで持ち上げてください」
柊椰が何もしなかったので、作法がわからず戸惑っていると、常磐が指示を出した。
「す、すみません」
「大丈夫ですよ」
謝る杷佳に、常磐は目くじらも立てず微笑んだ。
「初めてなんだから、仕方がない」
「そうですよ」
柾椰も見越も笑ってくれた。
これが室生家ならどんなきつい言葉浴びせらたかからない。
「お酒…」
杯に注がれたのは透明な液体を見て、杷佳が呟いた。
酒などこれまで口にしたことがない。
自分が飲める体質なのかもわからない。
ただ独特な香りが彼女の鼻に漂ってきたきた。
隣の柊椰はまったく手を付けなかったので、自分も飲まないということが出来るのではと思ったが、彼と自分は立場が違う。
祝いの酒を口にしなかったとなれば、この祝言に不満があるのかと思われるかも知れない。
そう考えて、彼女は恐る恐る杯を口元に引き寄せ、口に含んだ。
初めての酒は舌にピリリとして、冷たいのに喉を通ってお腹に入ると、途端に体がかっと火照った。
(これがお酒…)
叔父が良く好んで口にしていたし、「うまい」と舌鼓を打っていたので、そこそこ美味しいのだろうと思っていたが、とても美味しいとは思えない。
しかし出されたものは残しては申し訳ないと、何とか頑張って残りを飲み干した。
「ほう、杷佳さんはいける口かな」
柾椰がそれを見て言った。
「いえ…」
「形式だから、少し口を付けるだけで良かったのに、飲みきったのですね」
「え、そ、そうなのですか? す、すみません。私…よく存じませんで…」
見越の言葉に、杷佳は自分の無知を恥ずかしく思った。
慌てて頭を下げて謝った。
さすがに今回は怒られるのを覚悟した。
「いい、いい、他に人もいないし、気にすることはない」
柾椰はそう言って笑い飛ばした。
「で、でも…」
怒られると思っていたのに、今回も違ったことに杷佳はまたもや戸惑う。
しかし、いきなり頭を下げたのが悪かったのか、くらりと目眩がして、杷佳の体は右隣の柊椰の方へ傾いだ。
「あ…!」
「杷佳さん!」
「お嬢様」
驚いた常磐や柾揶たちが声を上げた。
杷佳も咄嗟に手をつこうとしたが、目が霞んで目標を見失った杷佳は、そのまま右隣に倒れ込んだ。
「す、すみませ…え?」
ぐにゃりと何か柔らかいものの上に、自分の体が受け止められたのがわかった。
「………!!!」
顔を上げた杷佳は、自分が何の上に倒れたのかを知って、驚きに目を瞠った。
自分の隣に鎮座していたのは、自分の夫となる北辰柊椰ではなく、紋付き袴を身に纏った人形だった。
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