第57話 トリック・オブ・ドリーム⑴
10月29日、土曜日。
被服準備室を本陣に据えた俺たちは、ついに衣装作りを完遂させた。しかし、なるほど。これは結構…、その。
「露出高くね?」
「ま、まぁね!でも、そこまでいやらしくはないでしょ?」
「それもそうだけど」
短めのスカートに、へそ出しルック。そして、まるでヴェールのように纏わせたレース。
最後に佳奈が相浦から貰ってきた魔法使いの帽子。
優美な雰囲気を出しながら、所々のフリルがガーリッシュさを強調。それでいて、羽織ったレースが清楚さを醸し出している。
「ふぃー、間に合って良かったですー」
ぐでーっと、檜山さんが隣で突っ伏す。一番後に参加して居ながら、一番この作業に貢献してたからな。
俺も手伝ったが、大半は檜山さんが担当していた。
それも、この衣装は女子のものということで、スカートやトップスなどは檜山さんに作ってもらいたいという小島直々の願いがあったからだ。俺が担当したのは、レースとフリルをつけることくらい。
「ありがとう、みんな。絶対、二人をギャフンと言わせるわね。あ、それに当たってなんだけど、不知火くん、春宮さん、少しいい?」
「ん?」
「どうかしたの?」
「二人には、私の親衛隊になって欲しいの」
『親衛隊?』
親衛隊って言うと、あれか。専用の制服とかに身を包んで、登りとか持ってハチマキとか巻いてる、その人の直属のボディーガードみたいなもの…、って、ん?
「俺らも特攻服を!?」
「いやいや、そうじゃなくて、まぁ、でもハチマキみたいなのは欲しいかもね。運動会のやつ、まだ持ってる?」
「あるけど…」
「私もー」
「それなら、そのハチマキに『小島 命』とか何とか書いて、ステージに上がって」
「ステージに!?」
いやいや、ただでさえそんなの恥ずかしいのに、ステージって!
「お願い!あらゆる手を使わないと、那月さんには勝てないの!それと、前々からそういうのには憧れてたってのもあるけど……」
「それ後者が大半だろ!」
「あ、スーツにグラサンでもいいけど」
「それもうメン・イン・ブラ〇クだろ。……わかった、間をとって制服にサングラスにしよう。それで登壇すればいいのか?」
「えぇ。春宮さんも、お願い出来る?」
「ん、まかせて 」
佳奈の言葉に、少し不安になる。いや、確かに体育祭の時の「んっ」はかなり頼りがいはあったし、センスもかなりいい方だと思うのだが。
なんなら、普通のサングラスをデパートなんかで買えばいいだけなのだが。
「では、お願いするわね。みんな、あの二人に目に物見せてやりましょう!」
『おー!』
全員が拳を上げ、一体感が生まれる。動悸や過去がどうであり、今の小島には、俺たちを本気にさせる一生懸命さと、それ以上に協力したいと思える彼女自身の本気さが伝わってきた。
さて、もうお開きとのことだし、親衛隊のコスチュームを買いに行くとしよう。
「じゃ、俺らはサングラス買いに行くか……」
「一人で行く」
「いやいや、一緒に行くくらいいいだろ……」
「絶対に嫌!」
断固とした様子で、佳奈が俺を一括し、「ふしゃー!」と威嚇する。
そ、そんな……、俺嫌われた!?
佳奈は俺に顔を向けて威嚇したまま後退りし、後ろ手にドアを開けてそのまま被服準備室を出て行った。パタパタと走る音と、「廊下を走るなよー」と注意される声が聞こえる。
「なんでしょ、さっきの」
「さぁね……」
「俺、嫌われたのかな……」
「あはは、そんなことないと思いますよ…。きっと、そのくらい自分で出来るってことを見せたいんですよ。はじめてのおつかいみたいなものです」
「そうかな……、たく、俺も行こうと思ったのに。あいつどうせ、デパート行くだろうし、どこか別の場所……」
どうせ鉢合わせしても、怒ってしまうだろうしな。それなら、あいつが来ることの無い場所に買いに行くのが賢明だ。
そんな俺に、「あの……」と、檜山さんが声をかけてくる。
「先輩、私、サングラスの売られてる穴場のスポット知ってますよ。春宮先輩は、来ることは無いと思います」
「まじ?なら、案内頼めるかな?」
「喜んで!では早速行きましょうか!」
ぐいっと、檜山さんが俺の手を引く。慌てて立ち上がり、その勢いで椅子が倒れてしまう。
「ちょ、檜山さん!?しろは、先に帰っててな!」
「うん、行ってらっしゃい……」
……おかしいな、いつもなら元気よく送り出すどころか、そのままくっついてきそうな勢いなのに。
そういや、今日のしろははかなり物静か、むしろ暗い印象すら受けていた。
お腹でも痛いのかと思ったが、それならトイレに行くだろうし……。
何かあったのか、聞く暇もなく、檜山さんに連れられて廊下を駆け抜けた。
佳奈同様、廊下を歩いている先生に注意され、『すみません!』と二人して叫んだ。
「怒られちゃいましたね」
「檜山さんが引っ張るから……」
「いいじゃないですか。廊下を走る。青春ですよ」
「青春か?」
「はい、青春ですよ。でも、多分それは、先輩と一緒に走るから、青春なんです」
「……そっか」
詳しくは、聞かなかった。自意識過剰ではあるかもしれないが、この子は、まだ俺に未練があるのかもしれない。
ここは、佳奈と付き合ったって伝えるか?
いや、でもきっとしろはから伝わってるはずだし、これ以上突きつける訳にも……。
考えてみろ、佳奈がもしも榎原と付き合ったとして、そのことを異様にアピールしてきたら、俺はきっと逃げ出すだろう。しばらく距離だって取る。
「じゃ、行きますか!」
「お、おう!」
仕切り直すように、檜山さんが笑顔を作る。彼女は、きっと辛いほど笑顔を作り、取り繕う。
告白を断った時も、この前も、そうだった。
もっと早く知っていれば、そう考えたが、彼女はきっと、同情などして欲しくないのだろう。
だから、気丈に振る舞う。でも、分かりやすすぎる。明らかに、笑顔がひきつっているのだ。
「今から行く場所は、衣装作りの生地なんかを買いに行くところです。小道具なんかもあるんですよ」
「なるほどな……」
痛々しい傷を必死に隠すように、笑い続ける檜山さんを、俺は後ろ姿でも見ることは出来なかった。
出来ることならば、その変に上擦った声からも耳を塞ぎたかった。
でも、繋いだ手が、それを許さない。
「ちゃんと受け入れてください、先輩が傷つけたんですよ」
そんな事言わないと分かっているが、彼女の背中が、そう語っているようにしか思えない。
どれだけ言い聞かせても、これは俺の罪悪感の見せる幻影なのだから、それはいつまでも消えない。
彼女に「そんなこと思ってない」と言われようとも、きっと、消えない。
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