第56話 君の傷⑺

 話がある、そう言われてあたしは佑香ちゃんに呼び出された。心当たりが無いわけじゃない……。


「あのことだろうな……」


 1か月前。あたしは佑香ちゃんを呼び出した。要件はこうだ。


「お兄ちゃんのことで、少し話がある」


 きっかけは、相浦さんと話したこと。きっと、彼女はお兄ちゃんに告白することは無い。あれだけ釘を刺したんだ。


 しかし、彼女の気持ちは確かめ、へし折ったが、兄の気持ちにまだ確信が持てない。


 そこで、誰かに協力してもらい、お兄ちゃんが本当に春宮さんが好きなのか確かめなくてはならない。


 お兄ちゃんとある程度の親密度でありながら、あたしも頼みやすい人物……。


 そこで、佑香ちゃんに白羽の矢が、いやしろはの矢が立ったのだ。


「何かな、しろはちゃん」


「あぁ、佑香ちゃん。あたしね、お兄ちゃんと佳奈ちゃんっていいなぁって思ったの。佑香ちゃんもそう思うよね?」


「……うん。そうだね。私も、お似合いだなって思うよ」


「だよね!そこで、佑香ちゃんにも作戦に協力、基共犯になって欲しいの!嫌なら、いいんだけど……」


 二人の関係を、歪なんて言ったあたしが、こんなことをするなんてバチが当たる。


 だから、強要はしたくない。佑香ちゃんも、少し考えているようだ。


「あの、それで私は何を?」


「そうだなぁ……、佑香ちゃん、ちょっと無理言っていい?」


「無理?」


「うん。お兄ちゃんに、告白して欲しい」


「こ、告白!?」


「そう、嫌ならいいんだけど」


 まぁ、多分、いや確実に断られるだろうが。佑香ちゃんも、顔を赤くして黙り込んでしまった。……やっぱり、無理か。


「あはは、本気にした?冗だ……」


「やる!告白する!」


 ……驚いた。本当に協力してくれるとは。


「そ、そっか!で、告白した後だけど、万一受け入れられたら、修学旅行までに振ってね。なるべく激しく。そこで、春宮さんにお兄ちゃんを慰めてもらって、そのままくっつけるって感じ。振られたなら、その理由を聞き出す。お兄ちゃんは優しいから、佑香ちゃんを否定するようなことは言わない。必然的に、『好きな人がいる』ってことになると思う。そこで誰の名前が出るか、それが知りたいの。紗霧さんの名前が出たら、それとなく彼女を下げるような言葉を。春宮さんの名前が出たら、お似合いって旨を伝える。これでどう?」


 我ながら、とんでもないことを言っていると思うが、彼女が乗り気なら良かった。話が早くて、助かる。


「……わかった。明日でいい……かな」


「うん、明日ね。あたしも、影から見てるからね」


 そんなことがあり、あたし達は作戦を実行した。結果としては、概ね良好。理由かは聞き出せなかったが、どうやら修学旅行で告白は成功したらしい。


 さて、そろそろ時間だ。佑香ちゃんも、もう来てる。


「おーい、佑香ちゃーん」


「あ、しろはちゃん……」


「お疲れ様ー、いやー、小島さんの衣装の件もそうだけど、何よりお兄ちゃんと春宮さんが付き合うことになってよかった……」


「しろはちゃん。ひとつ聞いてもいいかな…」

「……ん?」


 労って欲しい訳では無いのか。それなら、なぜ……。


「しろはちゃんはさ。先輩と、私が付き合うことになったら、祝福してくれた?」


「え?だからそれは、ただのプロセス。プランでしょ。修学旅行までに別れるって……」


「私はね、プランCの可能性に賭けたの。先輩が、私の事を『離さない』って、そう言ってくれる可能性に……」


「な、なんで?佑香ちゃん、そんな無理しなくても良かったんだよ?そりゃ、振られたってなると傷つくけど、私と春宮さんがフォローするし……」


「しろはちゃん、私の恋心はさ、偽物なんかじゃないよ」


 ……全てが繋がった。


 その瞬間、あたしは全身の血が引いたのを感じた。心臓だけが、うるさく脈を打つ。


「そんな……、知らなかったの……。あたし、そんなこと……」


「無理もないよ、必死に隠してたんだもん。でもきっと、あのまま何もしなくても、春宮さんは、先輩と付き合ってた。だから、しろはちゃんの作戦に乗っかって告白できたのは、良かったと思う。お互い、利用してたって訳」

「そう、なんだ……」


 今更、利用されたなんてどうでもいい。あたしは、とんでもないことをした。


 佑香ちゃんの心中も知らないで、残酷な事ばかりさせた。恨まれこそされるべきなんだ。


「でも、ふたりはさ、ふたりはとっても幸せそう。だから、私も、それでいいかって思ってる。でも、しろはちゃんにはわかって欲しかった。私の苦しみが……」


「うん。ごめんね……」


「いいよ。さっきも言ったでしょ。こっちも利用させてもらったって」


 そう言いながら、佑香ちゃんは早足でこの場を離れようとする。


 あたしは、その背中に「ねぇ!」と声をかけた。


「いつから、好きだったの?」


「4月。一目惚れだった。悪い人じゃないし、ちょっと怖がられるだけだ。私だけが、あの人だけの良さを知ってるって思うと、優越感に浸れた。でもきっと、バチが当たったんだよね。嘘つきすぎたんだから」


「それって?」


「あなたには関係ないよ」


 そう言い、佑香ちゃんは人混みに消えた。再び動き出すのに、あたしは5分かかった。

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