第37話 修学旅行中編⑸

 ホテルから出て、徒歩5分。俺たちはコンビニにやってきた。


 にしても、あのホテルもホテルだ。お土産以外に食べ物がないとは……。レストランはもう閉まってるし。


「ぐぬぬ……」


 春宮は、少なくなってしまったコンビニの食品コーナーの棚の中を吟味し、塩昆布味のおにぎりをふたつと、水を一本買った。


「それでいいのか?」


「仕方ない。本当は鮭とかおかかが欲しかったけど」


 それらは人気だから、もうなかったって訳だ……。まぁ確かに、不服そうではあった。


 俺たちは夜風に吹かれ、まだ夏の名残の残る夜を歩いた。


「はむっ……」


 海辺のベンチで、黙々と春宮がおにぎりを食べる。複雑そうな顔だ。やはり、塩昆布は苦手なのか。


「やっぱり、鮭が良かった……」


「俺は結構好きだけどな。塩昆布」


「ふーん……ぷはっ」


 コンビニで買った水を飲み干し、ゴミを分別して捨てる。ふむ、感心感心。


 さて……、そろそろか。ムーディな雰囲気、月明かりの下、波打ち際。


 これ以上に無いシチュエーションだ。昨日の森の薄暗さとは違い、満天の星と月が優しく照らした。こんな夜は、星が落ちて来そうだ。


 春宮に告白するのなら、今だ。


「……なぁ、春宮」


「……ん?」


 ベンチに座り直し、脚をぶらぶらと遊ばせていた春宮に、声をかける。


 春宮は足を止め、その黒真珠のように漆黒の瞳で、俺を見つめた。


「あのな。これを、お前に受け取って欲しいんだ」


 俺は星の砂と、ラッピングされたプレゼントを春宮に差し出す。


 春宮は少し驚きつつも、「ありがと……」と言ってプレゼントを受け取ってくれた。


「この星の砂な、実は昼に俺たちが流された島に沢山あったんだ」


「ほんと!?起きとけばよかった……」


「勿体ないことしたな。あと、それと……」


「……!」


 俺は頬をポリポリと掻きながら、明後日の方向をチラチラと見る。


 春宮も、俺の態度を見て察したのか、恥ずかしそうにモジモジとしながら、星の砂をただただ見つめる。


「春宮!」


「ひゃい!」


 春宮の声が、かなり裏返る。てか、そんなこと気にしてる場合じゃない……!伝えるんだ!今!


「俺の、星の砂になってくれ!どんな時も、守るから!」


「ほ、星の砂……?」


 キョトンとした顔をする春宮。ま、まずい!恥ずかしいから比喩表現を使って伝えようとしたんだが……!


「あ、あのこれは……、その、つまり……!」


「ぷふふ……、あはは!」


 ワタワタとする俺に反して、春宮は今までに見せたことの無いほど、腹を抱えてバカ笑いをした。


 キモがられたのではと思ったが、笑うならどちらかと言うと受けたらしい。


「わ、笑うなよ……」


「ご、ごめん……、ちょっとキザすぎて……!」


「うん、その点は自分でも後悔してる……」


「そっか……!ひぃ……。なら、ちゃんと言って。今度は、笑わないから」


 微笑を称え、春宮は俺の事を見つめる。全く、こいつは……。


「もう、分かってるだろ」


「ん?なんの事?全然わかんないよ?ほら、言って?」


 こいつは、本当に意地悪だな……。


 しかし、そんな彼女を見ていると、俺もいつものように、日常会話のように、伝えられる気がした。春宮に、この思いを。


「春宮。俺は、お前が好きだ。俺と付き合って欲しい」


 俺は遂に、春宮に告白した。なんのひねりもない、定型文のような告白。でも、これでよかった。よかったんだ。


 しかしながら、先程から春宮の反応がない。ただただ、こちらを見つめているだけだ。


「……春宮?」


 すると、ハッとした春宮が、まるでロケットのように俺のみぞおちに突撃してきた!


「がはっ!?」


 な、なんで……!俺はそのまま、砂浜にぶっ倒れる。


「は、ごめん、嬉しくて……!」


「いてて……、いや、別にいいよ。風呂、入り直しだな……」


 俺は砂浜に座り、背中と頭に着いた砂をはらう。


「あ、返事だね」


「お、おう」


 俺の膝の足の上から退き、春宮はにこりと微笑む。そして……、


「はい、喜んで。不束者ですが、よろしくお願いします」


 と、言った。それはつまり……、成就ってことか!


「はぁ、良かった……、じゃあ、これからもよろしくな」


「うん、よろしくね。これからも」


 春宮が俺の手を優しく握る。俺もそれに答えるように、ぎゅっと握り返した。


「じゃ、そろそろ帰ろうか」


「おう」


 パラパラと砂が体から落ちるが、そんなことも気にならない。


 何故なら、俺は全神経が手に集中していたからだ。小さな春宮の歩幅に合わせ、手を繋ぎながらホテルに向かう。


 さて、ホテルには着いたが、ここからが問題だ。中西先生に見つからずに、各々の部屋に戻らなければならない。


 俺は榎原、春宮は相浦達に連絡を取り、一応部屋の玄関で待機してもらうように言ってある。


 というのも、インターホンなんて鳴らそうものなら即バレ必至だからだ。


 故に、俺たちはノックで中に合図を送る。


「おっけ、誰もいないみたいだ」


「がってん、隠密行動開始……」


 ささっと薄暗い廊下を駆け抜け、階段を駆け上がり、部屋のある三階までやってくる。


「こっからは単身行動だ。好運を祈る……」


「うん、士郎くんも。グッドラック」


 俺と春宮は拳を突き合わせ、俺が左、春宮が右に駆け出す。


 そして、部屋のドアをノックして、中に合図を送る。すると、中から鍵が開けられた。榎原か。


「助かったよ、榎原。何とかバレずに……」


「ふむ、誰にバレたらまずいんだ?」


 俺は、砂の若干入った靴と砂の着いた靴下も脱ぎ、浴室に向かおうとする……。


 ん?榎原ってこんな声……?


「そりゃもう中西先せ……い!?」


 おそるおそる顔を上げると、玄関に中西先生がいた!


 奥の方では、申し訳なさそうに全員が正座している!


「よう、不知火。随分と砂まみれで、楽しめたそうじゃないか」


「あはは、それはもう……」


 この後、めちゃくちゃ説教された。幸い、明日の自由時間は削られなかったが……。


 これもまた青春と言うべきか……。

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