第36話 修学旅行中編⑷

 さて、春宮はというと、眠ったまま港まで戻り、那月が着替えさせてそのままホテルに連れ帰った。大丈夫だろうか、春宮…。遂には、夕飯にも姿を見せなかった。

 俺は売店で買った小瓶に星の砂を詰め、売店の前の休憩スペースで、それを見つめる。あいつが来るとしたら…、やはりここだろうか。お腹を空かせて、ふらりと。風呂に入り、火照り気味の身体を冷ますように、10月の店内の空気が身を包んだ。

 もしくは、気を利かせた相浦や那月が、代わりに買いに来るかもしれない。そうしたら、春宮の容態を聞いてみるか。

「よ、不知火」

「榎原…あっ」

 俺はサッと、星の砂を隠す。まぁ、もう意味は無いと思うが。

「春宮、大変だったんだってな。相浦から聞いたよ」

「あぁ、うん。まだ目を覚まさないんだってさ。大丈夫だとは思うけど…」

「そうか。で、その瓶はなんだ?」

 やはり、バレてたか。下手に隠すとボロが出るからな…。俺はポケットから星の砂を取り出す。

「これか。星の砂だよ。しろはがご所望で、もう一個は自分用…」

「なるほどな。しろはちゃん、こういうの好きなんだな。お前も、星の砂とかロマンチックなものが好きだなんて、驚きだな」

 誰に渡すかまではバレてないのだから。まぁ、しろはのことだ。渡せばきっと喜んでくれるだろうが。

「あ、相浦だ」

「おっ」

「おや、榎原くんにシロイヌくんじゃないか。どしたの、こんなとこで」

「たしかに、なんでお前こんなとこにいたんだ?」

 おっと、痛いとこを突かれた…。春宮や相浦達のことを待ってただなんて言えるわけが…。ってか、相浦!?朝の出来事があって、よく俺に話しかける気になれたな…!いや、これが相浦のいい所か。面倒くさいこと抜きにして、ちゃんと向き合ってくれる。俺みたいに、逃げたりしない。

「あ、えっと。実は…、風呂入ったら、ぼーっとして…」

「そうなのか。まぁ、いい湯だったからなー」

「あ、確かにねー、江戸っ子御用達のアツアツだったからねー」

「女子風呂も?」

「風呂の温度は大差ないんじゃないかにゃ?」

「そうなのか?」

 こうやって話してると、まるで朝のことなんて無かったようだ。俺は、相浦のことを、振ってしまったというのに…。

「って、あれ!」

 相浦が、売店の方向を指さす。その先には、お腹を押えてお菓子をカゴに詰めた春宮がいた。

「あ、春宮だ。目、覚めたんだな。それに、あんなスナック菓子ばっかり買って…」

「どんだけ食べるんだろうね…」

 2人はそんなことを言っているが、俺は反射的に会計を済ませた春宮の元へ走って行った。その時、視界の端に映った相浦の横顔は、「あーあ」とでも言いそうな顔だった。

「春宮!」

「ん、シロイヌ」

 良かった、いつも通りの春宮だ…。そう安心した瞬間、春宮の腹からぐぅー、と轟音が鳴り響いた。ほんと、こいつは…。

「ぷっ!あははは!」

 安心と、可笑しさから、俺は腹を抱えて笑ってしまう。そんな俺を、春宮は俺の頬を引っ張って抗議した。

「わ、笑わないでよ!」

「悪い、でも、元気そうでよかった。てかお前、そんなんで腹膨らますなよ。体に悪いぞ」

「でも売店はほとんどお土産用のおやつしかないし…」

「たしかにな…、それなら、今からコンビニ行くか。ほら、ホテルから空港の間にあっただろ?」

「うん…、それなら、一緒に行く?」

 春宮が、俺の手をぎゅっと掴み、上目遣いで誘ってくる。あぁ、もう。ズルいな。こうすれば、きっとこいつは俺が断らないと知ってるんだ。

「お、おう…」

 こうして、俺たちは裏口からこっそりと、ホテルを抜け出した。いつの間にか、相浦と榎原は売店の前から姿を消していた。

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