第33話 修学旅行中編⑴
10月12日。修学旅行2日目。
さて、運命の日だ。今日の午後、美ら海水族館で告白する。ここで、俺の今後が大きく変わる…、なんて大それたことを言ってると思われるかもしれないが、それほど、俺にとってはこの一日が、これから起こりうる一瞬が、大切なのだ。
そんな決意を固めるように、俺はプレゼントの入った箱を、手に取りじっと見つめる。今は起床時間の30分前、六時半。青空がまだ白く霞む早朝、俺は1人で屋上にいた。ここにはきっと誰も来ない。来るはずもない。屋上は自分たちには解放されていないのだ。しかしまぁ、こうやって1人で考え事をするのなら、これ以上に条件のいい場所はない。
その時だ。ガチャりと背後のドアが開いた。俺は驚き、柵に手をかけていたため、プレゼントを落としそうになるが、何とか両手で捉えることに成功した。
誰だ?あぁ、一般客の方か…。そりゃそうだな、解放されていないのは俺たち修学旅行生だけなんだから…。
「おや、シロイヌくんじゃないか。奇遇だね」
ん?聞き覚えのある声だ。まさかと思い、ドアの方向を確認すると、そこにはジャージ姿の相浦が!
「相浦?なんでこんなとこに!?」
「しー!私たち共犯者、バレちゃまずいでしょ。あ、私はこれ」
勝手に共犯者にされてしまった。そんな相浦が取りだしたのは、スマホだ。そして、『ラジオ体操』と検索し、動画を再生しようとする。
「ラジオ体操第一!」
「いやまずいだろ!バレるだろ、音楽流すと!」
「んー、確かに。なら、サイレントラジオ体操第一だ!シロイヌくんも一緒にやるべ!」
「お、おう!」
こうして、俺たちはラジオ体操を始めた。音を消し、動画だけを流してそれに合わせて体操をする。やがて第一が終わり、一息つこうとしたが、有無も言わさず第二が始まった!
「え、まだ続くの!?」
「当たり前だよ!ほら、続けて続けてー!」
まさかの続投、こんなことになるとは。そして何とか、第二も踊りきる。あぁ、疲れた…。体力の衰えを感じる…。高二のセリフじゃないけど…。
「さてと!終わりだね!」
「これ、毎朝やってるのか…?」
「うん!」
相浦が心地のよくかいた汗を煌めかせ、笑う。その姿を見て、俺は確信した。自分の心の移り気を…。
「そっか。継続は力なりって言うしな。相浦のそうやって努力し続けられるとこ、俺は凄く、憧れるな」
「…そっか。憧れかぁ。嬉しいな。シロイヌくんに憧れてもらっちゃって!」
「本当に凄いよ。努力し続けられる人って、尊敬してる」
「うん。ありがとう。シロイヌくん」
そう言って笑う相浦は、とても可愛らしく、儚く見えた…。
「相浦…、ごめんな」
「な、何を謝るのさ!」
「傷付けちゃっただろ。多分さ…。言ってくれよ。ちゃんと謝りたいから…」
「やだよ…、言っちゃったら、溢れちゃうじゃん。表面張力ギリギリでさ。ずっと耐えてたんだよ。溢れないよう、漏れないよう。それなのにさ、揺らさないでよ。私の心を…」
相浦は背を向け、俺を見ようともしない…。心を揺らす…?溢れ出す?言葉のピースを填めて、ひとつの答えを出してみる。それは今更で、今更すぎて、気がつくのが遅すぎた答えだった。
「相浦…、間違ってたらごめん。ただの想像で、違うんだったらそれでいいんだけど…、相浦って、もしかして俺の事、好きでいてくれてる?」
「…うん」
「それは…付き合いたいって意味で…?」
「気がつくのが遅すぎるよ…、全く、鈍感なんだからさ」
そうか…、相浦は、俺のことが…。ほんの少しの勇気があれば、あと少し先に気がつくのが早ければ。相浦が、望む未来があったのだろう…。
「ごめんな。相浦。俺も、お前が好きだった。でも、勇気がなかったんだ」
「いいよ。勇気がなかったのは、私も同じ。でも、良かった。見つけたんだね。勇気が出せる人」
「…うん」
相浦の視線は、俺が後ろポケットに隠したプレゼントに移る。その視線は、すごく優しく、哀愁が漂っていた。あぁ、相浦は気がついていたんだ。もう、俺が春宮のことを好きになってしまっていたことに。
「そっか…、頑張りたまえよ!他人を夢中にさせちゃう力が、君にはあるんだから!当たって撃ち抜け!砕けた時は、治してあげる!」
「相浦…、おう!って、もうこんな時間!あいつら起きる前に戻らないと!」
「私はもうちょっと風に吹かれてるよ。じゃあ、朝ごはんの時にね!あー、青空が、目に染みるぜ!こんなに綺麗なのは、沖縄だからだね!」
「あぁ、後でな」
そう言って、俺は屋上を去る。もう、ここに来ることもないだろう…。あと相浦、きっと、空はどこも同じだ。見え方が違うのだとすれば、それは見る本人のフィルターによるものなんだと、俺は思うぞ。
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