第31話 修学旅行前編⑷

 さて、気を取り直して。俺たちはソワソワとしながら、時間を待つ。


 檜山……、いや、美波の合図を待っているのだ。


「ねぇ、まだかな?まだかな?」


「そんなせかせかしても先生の入浴時間は変わらないだろ」


「来た!」


 ビクンと男子全員が跳ねた。なんだ、榎原も気になってるんじゃないか。


「ほら、行くぞ!ミッションインポッシブルよ!」


『おー!』


 ゆっくりと檜山がドアを開け、隙間から外の様子を鏡を使って伺う。


 まるでスパイ映画のようだ。


 そして、安全が確認できたのか、クイクイとハンドサインを送る。そして檜山に続き、俺たちも走り出す。


 その時、俺の袖がズイッと引かれる。あれ?これまさか憑いてきてる……?あの森から?


 叫び出しそうになるも、直ぐに手に人肌の温かさを感じた……。


 振り返ると、下階に降りる薄暗い階段からこちらに手を伸ばす春宮がいた。


「あー、ごめんな。俺、トイレ行くわ」


「何よ、不知火。ビビってんの?あ、部屋のスペアキー渡しとくわ」


「ちげーっての」


 不思議そうに俺を見つめる榎原も、春宮のことを確認できたのか、「はーん」とでも言うような顔をして、「じゃ、先行くかー」と言って檜山たちを引き連れて女子部屋に向かった。


 ある程度離れたのを見届け、俺は春宮の方に向き直る。


「で?何だよ」


「ちょっと怖いから、一緒にいて欲しい」


「ちょっと、ねぇ……」


 さっきからずっとがたがたと震えている。


 そんなこいつは、ちょっと怖いなんて様子じゃない。もう見るからにめちゃくちゃ怖がっていた。


「とりあえず、部屋行くか。あいつら、今居ないから」


「ん、そうする……」


 まぁ、アイツらもいた方が良かっただろうか。賑やかな方が、怖さも和らぐだろう。今更止めるつもりもないが……。


 俺は部屋に戻り、敷かれた布団を整える。直しもせずに行くとは……。もっと意識をだな……。


「潔癖症」


「俺にとっては褒め言葉だ。ところでお前、なんで一人であんな薄暗い場所にいたんだ?」


「実は、一階の売店でココアを買ってたら、階段の電気が切れてて……」


「まぁ、もう10時だからな」


「消灯時間……ね」


 ずずっと、膝を揃えて上品に座り、春宮が俺の布団の上で飲む。


「お前、よく男子の布団の上で寛げるなぁ」


「シロイヌの布団の上だから、だよ?」


「なんで俺の布団って言い切れる?」


「だって、綺麗だったから。一つだけ。きっと、潔癖症のシロイヌだから、ここだって思った」


 そう言いながら、春宮は左手で布団を摩った。少し、照れくさくなる。


 その時だ。慌ただしい足音が、廊下から向かってくるのが聞こえた!


「アイツら、帰ってきたのか!は、春宮、とりあえず!」


「……ん!」


 春宮は机にココアを置いてから俺の布団の中にスポンと収まり、俺も布団に体を滑り込ませた!


 その結果……、布団の中で、俺たちの体が密着してしまう!


 追い出そうにも、檜山がすごい形相で帰ってきてるし!


「くっそー!中西先生ってはや風呂だったのか!」


「お前たち、変なこと考えないでちゃんと寝ろ!」


『はーい』


 どうやら侵入作戦は失敗したらしい……、じゃなくて!


 俺は、春宮と自分の鼓動がどんどんと早くなっていくのを、体で感じていた。

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