第29話 修学旅行前編⑵

「では、これからホテルに荷物を置きに行きます!着いてきてくださーい!」


『はーい』


 どうやらここからは徒歩で移動するらしく、10月とは考えられない炎天下の中、俺たちは長袖を捲し上げてホテルまでの道のりを進んだ。


「ねぇ、不知火くん」


「ん、何だよ、美波」


 珍しいな、美波が俺に話しかけてくるなんて。文化祭で練習の時少し話したくらいだけど。


「ねぇ、不知火くんは、どっちが本命?」


「……へ?」


 も、もしかして、こいつ俺が春宮と相浦のことが好きなのを知ってるのか!?


 なんか目付きもいやらしいし、鼻息も荒いし……。


 いや、目付きに関しては俺の言えたことじゃ無いんだけど!


「い、言えない……」


「そうだよね!二人の関係を壊したくないもんね!それ故に打ち明けられない思い……!熱い!熱すぎる!これからも、三人のこと応援してるから!男子同士の儚い恋の物語!」


 そうか、応援してくれるか……!よし、俺も頑張って春宮に告白……、ん?男子同士?


「待て、なんか勘違いしてないか?」


「え?だって、榎原くんと西川くんのこと、好きなんでしょ?飛行機でずっと手を握ってたの、見てたんだけど」


 あの視線こいつだったのか!そう確信したところで、ホテルにたどり着く。


 おー、結構リゾートホテルっぽい。リゾートホテルなんだけど。


 てか今はそんなことどうでもいい!こいつをどうにかしないと!


「しかも六人同じ部屋!何も起こらぬはずもなく……!」


「起こらんわ!」


 そう反論したところで、何やら島崎がグイッと美波の首根っこを捕まえた。そしてズルズルと引き摺っていく。


「はいはーい、行くよー、愛美。ごめんね、不知火くん。この子腐ってるから」


「ま、待ってよー!広がる禁断の花園!ぜひひと目でもお目にかかりたいー!」


「禁断の花園は見てはいけないから禁断の花園なんだよー、だってそれはあなたの偶像が作りあげた幻だから。見たら消えてなくなっちゃうよ?」


「つまり花園は私の中にのみ存在する!?あぁ、榎原くん!不知火くんにそんなこと!え、西川くんはそんなプレイを!?留まることないエクスタシー!」


「ありゃ救えんな……」


 なにやら一人で盛り上がっている美波を見つめ、西川が身震いをする。


 そのまま美波はエレベーターに引き摺り込まれ、扉が締まる。ありがとう、島崎。この恩は忘れない。


 俺たちはホテルの部屋にやってきた。そこにキャリーケースをドカッとおろし、そこにあったソファーに腰かける。


「おー、これがアイランドキッチン!?」


「いや、違うよ。南の島にあるキッチンがアイランドキッチンって訳じゃないからな」


「ほーん、そなんだ。初めて知ったわ」


 檜山について、少し檜山さんの言ったことを思い出す。


 こいつは、中学の頃までは頭が良かったらしい。


 しかし、今のこいつからはあまりにも……、その、知的印象は受けない。役を演じ切っているのか。


 それなら、俺もこいつの道化を楽しむとするか……。


「てかさっき、美波さんとなんか話してたじゃん!なになに禁断の花園って!もしかして女子部屋?覗きに行っちゃう!?」


「素晴らしい提案だけど後にしてくれ」


「お?不知火もやっぱ気になる系?」


「そりゃな……」


 まぁでも、春宮と一緒に寝た以上、なんというか……。


 それはそうとして、女子同士が集まるいい香りの空間というのも気になる。


 何せ、今まで許されることのなかった、それこそ男子にとっての禁断の花園なのだ。


 それに、なんかこうやって男子同士で侵入とか試みようとするのって、青春っぽい。


「全く、檜山も不知火も助平だなぁ、橘?」


「本当そうですわねぇ、正樹さん?」


「お前らはどうなんだよ!お前の心は叫んじゃねえか!女子部屋に行きたいと!」


『行きたい!』


 涙を流しながら、橘と正樹が叫ぶ。あぁ、これが魂の叫びか。


「それに、こっちには協力者もいる!」


 そう言うと檜山は、スマートフォンをこちらに向ける。そこに映し出されたのは、美波のものと思われるLINEアカウント。


「こっちでちょっと一緒に遊ぶ代わりに、女子に取り次いでくれるらしい。そして、職員室にあった職員用予定表に見張りが風呂に行き、フリーになる時間も明記されていた!つまり俺たちの計画は完璧ってなわけよ!」


「嘘だろ、こいつ……」


「知将だ!知将檜山だ!」


 まぁ、美波の魂胆は丸見えだが、遊ぶくらいならば別にいいだろう。あいつが変なことをして来なければ。


 すると、また檜山がスマホを触り出す。俺達もそれを覗き込んだ。


「お、連絡来た。なになに?え、今から来るって!さらにゲストも!?」


「ゲスト!?」


 その時、インターホンが鳴らされた。ドアの近くにいた榎原が、ドアスコープから外を覗き、そして鍵を開ける。


「やっほー!来たよー!」


「禁断の花園ー!」


 勢いよく入ってきたのは、相浦と美波だ。その後ろから、ささっと春宮と那月、島崎が入ってくる。


「ごめんねー、煩くしちゃって。二人ともー、煩くしすぎるとバレるよー?」


「大丈夫、夜間の注意点のところに異性の部屋への出入り禁止って書いてあったでしょ?今は日中、なんの問題もない!」


「まさに法の抜け穴ね」


「まさか那月ちゃんまで来るとは!」


「ほんとほんと!」


「えー、私だって年頃の女の子だし、男子の部屋って気になっちゃって!」


「年頃の女の子って言い方、なんかえ……ん?」


 にやけヅラで変なことを口走りそうになる檜山を、西川が引っぱたく。


 でも、力が足りない。あぁ、彼氏としていいとこを見せようとしてるのか。可愛いとこあるな。


「腐のオーラ!」


 ……こいつ、もう嗅ぎ付けたのか。嗅覚は確かなようだけど、それはそれで迷惑だ……。


 いや、だからこそ迷惑だ。そんな彼氏の奮闘も露知らず、那月はベランダに出る。外には、海が広がっていた。


「きれー、女子部屋だと、山と街しか見えないのよねー。羨ましいかも」


「おー、そうなんだ。行ってみたいなぁ……?」


 今までテンションの高かった女性陣が、一気に渋い顔をする。


 まぁ、そうだよな。ただでさえ男子を入れるのもはばかられる上に、バレたら怒られるどころじゃ済まない可能性もある。そんなリスクは、犯したくないよな。


 協力者であった美波も、周りの反応を見て苦笑いを浮かべている。


「私はいいけど……、みんなは?」


 そんな中、まさかの檜山に最初に助け舟を出したのは、春宮だった。


 こいつ、もしかして俺と一緒に居すぎて男子への警戒が解けてるんじゃないか?それに続き、「私もいいと思うよ!」と美波が声を上げる。


「私も!なんか楽しそー!」


「確かに、教師に内緒で異性を部屋に連れ込むのって、青春じゃん?島崎さんも、いいでしょ?」


「ぐぬぬ……、少しなら……」


 ついに那月のキラキラとした目と圧倒的多数の圧力によって、島崎も折れる。


 こうして、俺たちは禁断の花園への切符を手に入れたわけだ。

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