第28話 修学旅行前編⑴

 10月11日。修学旅行一日目。


 ゆらりと揺られ、空の旅。俺たちは沖縄に向けて、出発した。したのだが……。


「こ、こわ……!」


「意外な弱点だな……」


 俺は、西川の手を握り、平静を保っていた。何とか、何とかだ。


 少しでも揺れると、飛びつきそうだ。うぅ、飛行機なんて初めてだから……。


「手、離すなよ……!」


「手がベタつく……。榎原、変わってくれ」

「了解、ほれ、手!」


 少し嫌な顔をしつつ、ハンカチで手を拭う西川。


 その隣に座っていた榎原が、俺の隣の席にやってきた。俺はその手をぎゅっと握った。


 てか、他の奴らは大丈夫なのかよ。


 ちょっと確認してみたところ、相浦はお菓子を頬張り、西川と那月は談笑をしているようだ。


 春宮は…、寝てる。それはきっと、昔イギリスから日本まで飛行機でやってきたことがあったからだろうか。


「どうやらこの近くでビビってるのはお前だけみたいだな」


「うっせ……」


「たはは、悪い悪い」


 たく、からかわないで欲しい。沖縄は楽しみだが、こんなにも俺が高所恐怖症だったとは……!早く沖縄に着いてくれー!


「俺、ハブとマングースの戦いを見たいんだよねー!」


「なんかそれ動物愛護法の改定で無くなったらしいぞ」


「へー、あ、あとちんすこう食べたい!」


「え、ちん……なんて?おいもっかい言ってくれよー」


「やめろよー!」


 そんなバカ話ができるほどの余裕が、檜山たちにはあるらしい。羨ましい限りだ……。


「榎原……!」


「ほいほい、頼れる友達第一号、榎原辰馬ですよー」


 優しく慰めるように、榎原が俺の頭を撫でる。すると、何やら視線を感じた。


 いや、確かにこの状況、少し変わってるよな……。


 男子が男子に頭を撫でられる、なんて滅多にない事だ。高校生ともなれば尚更だ。


 でもなんか……、熱い視線だったような……。


「もう少しで着くので、みんなシートベルトしっかりねー!」


「不知火、辛抱しろ、漏らすなよー、着陸の衝撃があるからなー」


「うん、頑張るよ……!」


「口調まで変になってるぞ!ほら、頑張れー」


 ぎゅっと榎原の手を強く握る。その時、ガクンと衝撃が走った。


 ふわりとした浮遊感が、全身を包む。やがて機内が少し揺れて、停止する。あぁ、やっと着いた……!


 その衝撃で、春宮が「ふかっ」と声を上げた。どうやら目が覚めたようだ。


 俺は、恐る恐る窓から外を眺める。地面が近い。飛行機も停止している。はぁ、落ち着く……。


「榎原、ありがとな……」


「別にいいよ。こんな不知火、初めて見たからな。あれだな、なんか可愛いな」


「やめろ、それはキモイ……」


「心外だなー、キモイだなんてさ。ほら、立てるか?」


「おう……」


 俺は榎原の手を取り、立ち上がる。足はまだガクガクしてるが、何とか歩ける。


 ゆっくりと足を勧め、何とか沖縄の大地を踏みしめることに成功した。


「めんそーれー!」


「相浦さん、それいらっしゃいませって意味よ。こんにちはは『はいさい』って言うみたい」


「おー、そうなの?」


「ところでなんで今挨拶しようとしたの?」


「沖縄の大地に向けて挨拶をしたの!」


 相浦は相変わらずだ。むしろ、沖縄の陽気と相まって、さらに明るくなってるかもしれない。


 そんな相浦に、島崎が振り回されている。まぁ、二人はかなり仲良さげだからな。


 クラスメイトとほぼ同等に接している相浦だが、休み時間は俺や榎原たちを除くと彼女と一緒にいることが多い。


「らいじょぶ?」


「お、おう、何とかな。てか、呂律回ってないぞ」


「寝てたから……ふぁー」


 大欠伸をしながら、のそのそと春宮が飛行機を降りていく。余裕そうで羨ましい……。

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