第17話 起眞高校文化祭⑺

 全てが終わり、片付けを済ませ、空になった教室を見つめる。文芸部の方もちょくちょくと顔を出していたのだが、昼頃にはもう過半数が掃けていた。

「ふむ…」

 すっかり秋の空気になり、半袖では肌寒くなる。日も短くなっており、夕日の茜色が、教室を満たした。

「おーい、もう帰るわよ。私、今日日直なんだから。鍵かけないと」

「あぁ、済まないな」

 鍵を手に持つ那月に急かされ、俺は教室を出る。そういえば、もう下校時刻か。今日は部活はもうない事だし、帰るとしよう。俺は鍵をかける那月を尻目に、教室を後にした。

「少し待って。話があるから」

「分かった」

 話か。どうせまた俺に適当な罵詈雑言でも浴びせるのだろう。しかし、それが俺はそこまで嫌いではない。それは、嘘偽りのない言葉なのだから。

「おまたせ」

 クルクルと髪を指で遊びながら、那月が職員室から出てくる。

「あんた、何ぼうっとしてんのよ」

 ぼうっとしてる、か。確かに、俺は少し懐古に浸っていたのかもしれない。

「少しな。何せ俺は今まで、俺の物語が形になったことは無かった。それが、嬉しかったんだ」

「そう。なら、この約束も覚えてる?」

「約束?」

「賭けよ。私たち、やってたでしょ?」

 賭け…。まさか…!

「お前!あれはドラマ化とかの話だろ!」

「私はあんたの脚本でヒロイン役で出たらって言ったの。何も、ドラマや映画に限定したつもりは無いわ」

「…確かにそうかもしれないが!ったく…、わかった。あんまりなのはやめろよ?」

 と言っても、こいつはどうせとんでもない要求をしてくるんだろうな…。こいつが俺を脚本に推薦した時点で勘づくべきだったか。どうせなにかニヤニヤとしてるんだろうな…、と俺は思っていた。しかし、彼女はとても顔を赤くしていた。

「どうしたんだよ…」

「あ、あのえっと、その…!わ、私と!」

「お前と?」

「つ、つつ…!付き合いなさい!」

 …は?付き合う?いや、確かに吝かではないが…。そもそも、こいつからこんな言葉がとび出てくるとは…。

「拒否権は無いから!」

「横暴だな…、わかった。拒否権がないなら、し、仕方ないな…」

「うん…、ほら、帰るわよ!」

 そう言いながら、那月が俺の尻を軽く蹴る。にしても、ひとつ聞きたいことが…。

「なんで俺に告白なんてしたんだ?お前の容姿なら、選り取りみどりだろ」

「謙遜は、必ずしも美徳とは限らないわよ。行き過ぎた謙遜は、卑屈というの」

「答えろよ…」

 確かに、その道理は分かるが、俺の質問への答えにはなっていない。

「貴方のことが好きだからよ?西川蓮…。私が好きになるほど、貴方は魅力的で、可愛らしいの!だから、自信を持ちなさい!」

 ぶわりと、全身の毛が逆立つ。前にこの感覚を感じたのは、胡桃と出会った時だろうか。でも、あの時とは少し違う。あぁ、これが恋か。小説で書いてはいるが、俺は恋を初めて知れた。

「那月…、いや、陽菜!」

「な、何よ」

「俺も、お前が好きだ!」

 すると、陽菜は目を丸くした。そして、少し恥ずかしそうにはにかみ、「そっか」と呟いた。

「にしても、可愛らしいはないだろ!俺は男だぞ?」

「だったら少しくらい男らしくなりなさい?」

「うーん…」

 確かに、自分で言うのもなんだが、俺は男らしさとはかけ離れている。いや、確かに、この髪型は母の髪型を模しているのだから、女らしく見えるのは仕方ないのかもしれないが…。

 俺はそれから、筋トレを始めた。時間は作ろうとせずとも、あるのだから。

 クラスの連中は今頃、後夜祭で盛り上がっているのだろうが、俺は別にいい。俺は、椅子に座って揺れる那月を見ながら、思った。

 翌週。振替休日を挟み、俺は学校で不知火に勝負をしかけた。

「不知火、腕相撲をしよう」

「へ?お前が?やめとけよ、まずは春宮…、いや、しろはからだな…」

「いいから!」

 筋トレの成果を、見せるのだ。あいつを見返してやる。

「では、不肖この私相浦が、レフェリーを務めさせていただきます!レディー…ゴー!」

「ふぬぬぬぬ…」

「お…?」

 よ、よし!押してるぞ!これなら勝てるのでは…!って、あれ?どんどん腕が戻されて…。

「おりゃ」

 一瞬で形勢逆転され、俺の手は机に付かされる。叩きつけられるでも、勢い任せでもなく、ただただゆっくりと純粋な力の差を見せつけられた。

「結構力付いたな。春宮位はあるんじゃないか?」

「ほんと?西川くん、やろ!」

「おう…」

 机に置かれた春宮の手を握ろうとした瞬間、ぞくりと背筋が凍った。那月が、じとりとした目で俺を見ていたからだ。彼氏なのに、なにほかの女子の手を取ろうとしてるのとでも言いたげだ。

「いや、やめとく。実は、さっきので力を使い尽くして、もう本領発揮できそうにないんだ」

「ふぬ、そっか。なら今度ね」

 ふぅ、回避だ。あのまま気が付かずに腕相撲をしてたら、あいつになんて言われるか。俺の席に戻ると、「ねぇ」と那月が話しかけてきた。

「何だよ」

「私が相手してあげる。ほら、こっち来て」

「…わかった」

 時間はあるし、少しくらいならいいだろう。俺は那月の手を握り、その手の上に那月が手を置く。

「レディー…ゴー」

 俺は腕にこれでもかと力を入れ、陽菜を押し倒そうとする。しかし、なかなか倒れない。それどころか、これまたゆっくりと倒されていく。

「はい、私の勝ち」

「くそー、勝てると思ったんだがな…」

「これから毎日、続けるからね?」

「毎日!?それになんの意味がある!」

 すると、陽菜が何やら顔を赤くして、小さく呟いた。

「そしたら、毎日手を握れるでしょ」

「…」

「は、恥ずかしいこと言ったわね!忘れてちょうだい…」

「いや…」

 とは言っても、気にするなと言ったところで「はい気にしません」とはならないよな…。それなら…。

「そんなことせずとも、手を繋いで登下校くらい、やってやるよ」

「…!」

 それ以上に恥ずかしい言葉を言ったら、気にしなくなると思ったんだが、逆効果だったか…。顔がまるで茹でダコのように赤く染まり、クラクラと今にも倒れそうだ。

「いやならいいんだ…、むしろ、忘れてくれ」

「忘れない…、し、嫌じゃない」

「なら…手を繋ぐか」

「うん…、さっきの蓮、少しだけ、カッコよかった」

 さっき、とは手を繋いで登下校くらいしてやると言った所だろうか。そりゃ、格好付けたからな。陽菜は、「ほんの少しだけだからね!」と赤面して付け足す。

「あぁ、分かってる」

 それから、俺と陽菜は手を繋いで帰ることになったものの、なにぶん読モということもあって、人目の少ない下校時間15分前ほどに、出ていくことにした。幸い、俺は格好だけは女子のようなものなので、傍らから見たら女子が二人で帰っている絵面にはなるだろう。

「ごめんね、私のせいで」

「いいさ。それに俺、案外この時間好きなんだ」

「そっか。私も、好き」

 薄暗い中、陽菜の手の熱が、俺の手に伝わる。その手の温もりが離れたら、少し寂しくなった。風呂の熱よりも、何よりも、熱い温度。きっとそれは、陽菜に恋をしているからだろう。陽菜も、俺の熱を感じてくれているのだろうか。そうだと、嬉しい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る